シネマトゥデイ

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香山リカ、トム・ケイリン監督
『美しすぎる母』
母親を殺すことである意味自分を殺したのかもしれない
『美しすぎる母』香山リカ、トム・ケイリン監督 単独インタビュー

取材・文:シネマトゥデイ 写真:秋山泰彦

1970年代、実際に起きた息子による母親殺しの事件を題材に作られた禁断の作品『美しすぎる母』。タブーに鋭く切り込んだトム・ケイリン監督と、精神科医として有名な香山リカが、現代における家族関係の崩壊、そして本作に登場する人々の精神状態などを、さまざまな視点から対談形式で分析した。

■主人公の母と息子に悲劇的な結末を招いた要因とは?

香山:わたしは精神科医ですが、日本でも母親との関係で悩む少年や少女はとても多いんです。この作品は限定された時代、文化の話ですが、とても普遍的な話であって、現代にも通じる話だと思いました。監督は、母と子どもとの関係にかねてから関心を持たれていたのですか?

監督:ええ、もちろん。家族はこの映画の核となる重要な要素です。わたしは、家族間の関係を探求しようと思いました。1972年のアメリカでは、子どもが母を殺すというのは非常にまれなケースでしたから、とても興味を持ちました。

香山:劇中でのバーバラとアントニーの悲劇的な結末は、いったい何が原因で起こったと思いますか?

監督:子どもというのは親から離れて独立し、巣立つべきなんですよね。この映画の主人公である、母親のバーバラにとって、息子のアントニーは自分の人生の中心にある存在ではあったけど、自分から巣立つこと、大人になることを許さなかった。それは本来なら行われるべきことですよね。彼女は彼をいつも自分の近くに置き続けて、巣立つことを許さなかった、それが悲劇を招いたのだと思います。

■現代の精神医学を持ってすれば、親子は救えたのか?

香山:アントニーとバーバラは当時、何かしらの精神的な治療は受けなかったのでしょうか?

監督:アントニーも実際に心理学者に会いにいったそうなのですが、アメリカではまだそのころ、彼が抱えているような問題を語る言葉が普及していなかったんです。今だったら何かしら診断が下されるような症状が彼にはありましたし、バーバラにもさまざまな症例が見られます。当時、アントニーは母親から離れるべきだと医者は言ったそうなんです。ですがバーバラは表面的には美しくカリスマ性があって明晰(めいせき)だったので、はたから見ている人々は誰も彼らに何も言わなかったんです。

香山:あなたはこの病気っていう風に診断されて、適切な治療を受けていたら、こういった悲劇には至らなかったかもしれないですね。逆にそういった診断や治療がなかったからこそ、今お話してきたような古代から続く古典的なコンプレックスが、非常にクリアに見ることのできるケースになっています。だから、診断や治療がまだ確立していなかったのは、この人たちにとっては悲劇ですけれど、わたしたちにとってはむしろラッキー……というと言葉がおかしいですけど……。

監督:ええ、そう思います。古代ギリシャ演劇では、よく心の病気などを描いていることがあります。その古典劇の題材と思われているものは、エレクトラ・コンプレックス、子どもを殺す親、という症例であったりします。洗練された、現代的な心理学の言葉を使って、分析力でこういった事件を見直すというのは、非常に興味深い行為ではないかなと思います。もしもバーバラがきちんと精神科で治療を受けていたならば、まだ生きていたかもしれませんね。

■自分の死ではなく、母の死を選んだ青年の心情とは

香山:また、人は精神的な治療だけではなく、人とのつながりが必要なときもあると思います。バーバラはどうなんでしょう。自分の心を癒せたりだとか、相談する相手を持ったりはできなかったのでしょうか。

監督:バーバラは、自分の敵とも言える真逆の人間と結婚をしました。夫のブルックスは冷たくて、すべてを押さえ込んでしまう性格をしています。彼は彼女の社交的なカリスマ性に惹(ひ)かれているのですが、それは憎しみだったんですね。そしてサムというキャラクターが登場するころには、バーバラは誘惑を通して人間関係をキープするようになっていきます。彼女は、優しい心遣いなどではなく、性的なことでしか人間関係を築けなくなっているんです。そして話を聞いてくれたかもしれないサムすら、性的な関係に持ち込んだことによって離れていってしまうんです。だから、自分自身がプレッシャーを強める結果を招いたのではないでしょうか。

香山:この作品を観ていて感じたことなのですが、わたしは、息子も罪の意識にさいなまれたと思うんですね。そこで、息子自身が自殺をしてしまうという選択肢もあったと思うんです。攻撃が母親の方に向かってしまって、母親を殺すことである意味自分を殺したのかもしれませんが、その分かれ目というのはどこにあったのでしょうか。

監督:この題材の神秘的な部分というのは、息子が母親を殺すという部分だけを見ると、母親が息子を道具として自殺を図ったという見方もできることです。僕にとって、この映画のスタート地点はここなんです。殺人だったのか、自殺だったのか、あるいは両方だったのか。最後のシーンでも、アントニーが実際に刃を刺すところは見せていないんです。トニーがなぜ自殺をしなかったのか。これは非常に面白い観点ですね。わたしは、アントニーが、母のように自分が宇宙の中心なのだと信じることによって、生き長らえるという強さを持っていなかったと思うんですね。ですから、悲劇的な人間関係から逃れるために何故自分を殺さなかったのかという問いに、僕は答えることができません。

現代の親子関係はどこから変化してしまったのだろうか? 本作で母との子の関係に鋭くメスを入れたトム監督は、対談で「3世代家族の減少」について言及していた。昔のように、祖父母を敬いながら生活をすることが少なくなった現代人。家族間のつながりが希薄になった現代の日本には、孤独に悩む少年少女が後を立たない。香山先生のもとには、そんな悩みを抱えた現代人たちが多く訪れているという。家族間のかかわり方、人とのつながりについて、われわれは考えるべき時が来ているのかもしれない。

『美しすぎる母』は6月7日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国公開

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