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INTERVIEW@big apple

今月は『ショーン・オブ・ザ・デッド』のイギリス人俳優サイモン・ペッグ&ニック・フロストが主演を務めた『ポール(原題) / Paul』、『トワイライト』シリーズで脚光を浴びた若手女優アシュリー・グリーン主演の『スケートランド(原題) / Skateland』、アイリッシュ・ダンサー、マイケル・フラットレーの3Dダンス映画を紹介します。

3月7日『ショーン・オブ・ザ・デッド』のイギリス人俳優コンビによる爆笑のQ&A(アップル・ストアにて)

映画 『ポール(原題) / Paul』

「エリア51」で60年間拘束されていた宇宙人ポールは、脱走に成功して逃亡した矢先、イギリス人観光客グレーム(サイモン・ペッグ)とクリーブ(ニック・フロスト)と出くわす。やがて、FBIの捜査官(ジェイソン・ベイトマン)に追われていたポールは、グレームとクリーブの助けを借りながら逃避行を繰り広げるというSFコメディー。監督は、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(日本未公開)のグレッグ・モットーラ。

サイモン・ペッグ、ニック・フロスト、グレッグ・モットーラ、ジェイソン・ベイトマン

『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』などで俳優、脚本家と多彩な才能を発揮するサイモン・ペッグ/左から、ニック・フロスト、サイモン・ペッグ、グレッグ・モットーラ監督、ジェイソン・ベイトマン

ユニバーサル・ピクチャーズのパブリシストから『ポール(原題) / Paul』の取材の連絡を受けた際、なんと監督やキャストを含めて3時間近くに及ぶ取材が予定されていた。この日、僕は同作以外に2作品の取材を抱えていたため、さらにこの長丁場に及ぶ取材をこなすのは無理だと思い、先に決まっていたほかの2作品の取材をしてから、夜に行われるアップル・ストアのイベントで『ポール(原題) / Paul』の取材をすれば、3作品をカバーできると判断。そこで、今回はユニバーサル・ピクチャーズがセッティングした取材を断ることに。ユニバーサル・ピクチャーズの取材に参加した友人記者の話によると、結局取材は4時間半に及んだ上に、ろくに写真を撮らせてもらえなかったそうだ。一方、アップル・ストアのイベントに参加した僕は、プレス用のフォトセッションで俳優と監督それぞれの撮影ができ、Q&Aは30分とコンパクト。1時間以内に取材を終わらせることができたので、超ラッキーだった。

このQ&Aの観客の構成は、ほとんどがサイモン・ペッグニック・フロストの男性ファンと、ジェイソン・ベイトマンの女性ファンに分かれていた。まずサイモンは、映画のリサーチのためにカリフォルニア州からコロラド州まで、ロードトリップを実際に行ったことを明かし、普段映画のプロモーションで出張する際は飛行機で移動しているので、車でアメリカを移動したのが新鮮だったと語っていた。ニックは、「アメリカでは僕らの過去の作品を口にすると観客から歓声が上がるけど、イギリスだと『うるさい、黙れ』と言われるよ!」とジョークを飛ばしていた。監督のグレッグは、脚本も担当したサイモンに「この映画をどのような内容にしたいか」と尋ねたら、「映画『リトル・ミス・サンシャイン』のようなインディペンデント系の作品で、(『リトル・ミス~』に出演していた)アラン・アーキンの代わりに、宇宙人がいる設定にしたい」とまじめに答えたらしい。ジェイソン・ベイトマンは、FBI捜査官を演じるにあたって『メン・イン・ブラック』のトミー・リー・ジョーンズを意識したそうだが出来上がった作品を観たら、ちっとも彼に似ていなくてガッカリしたそうだ。また、アメリカとイギリスでの製作の違いについて質問されると、サイモンはまずケータリングが違うと答え、「イギリスだとサンドイッチぐらいしか出ないのに、アメリカでは毎日バーベキューを食べられるよ!」と毒舌口調で観客を笑わせていた。サイモンとニックは彼らの映画と同様、終始観客を笑わせながらQ&Aを終えた。

3月14日『トワイライト』の若手女優が東北地方太平洋沖地震についてコメント(リージェンシー・ホテルにて)

映画 『スケートランド(原題) / Skateland』 

1983年、テキサスの田舎町で19歳のリッチー(シャイロー・フェルナンデス)はローラースケート場で働きながら仲間たちと青春を謳歌(おうか)していたが、自分の将来を案じていた矢先、同世代の女の子ミシェル(アシュリー・グリーン)と出会うというドラマ作品。ヒロインを演じるのは、『トワイライト』で人気を博したアシュリー・グリーン。

アシュリー・グリーン

『トワイライト』シリーズのヴァンパイア、アリス役でブレイクしたアシュリー・グリーン/東北地方太平洋沖地震の被災者たちのために、友人にも応援を促しているというアシュリー

世界中で大ヒットしている『トワイライト』シリーズの人気女優で、しかも人気グループ、ジョナス・ブラザーズのジョー・ジョナスと交際中のアシュリー・グリーンということもあって、取材も殺到するかと思っていたら、実際にはわずか10人程度の記者が集まっただけだった。しかし、その記者全員が一部屋に缶詰め状態で取材することに……。まず、アシュリーが部屋に入ってくる前にパブリシストが、プライベートな質問をしないでほしいとの警告をわれわれ記者に促した。要するに、恋人ジョー・ジョナスのことは一切聞くな! ということだ。僕の横に座っていたゴシップ誌People Magazineの女性記者は、それを聞いてうつむき加減で悔しがっていた(笑)。実はこの取材が、3月11日に日本で起きた東北地方太平洋沖地震後、最初の取材であったために、記者仲間から現在の日本の状況と家族について聞かれた。その際に僕は、記者たちに「日本の地震に関してアシュリーにコメントをもらうから」と断りを入れることに。彼らは当然のように快くその申し出を了承してくれた。

アシュリーが部屋に入ってきた瞬間、同じ映画(『トワイライト』シリーズ)に出演しているからなのか、前にインタビューしたクリステン・スチュワートと雰囲気が似ている気がした。ただ、目元のラインはアシュリーの方がもっときれいに見えた。この映画は2年前、2作の『トワイライト』シリーズの間に撮影されたものだったが、記者の「この映画はいつごろに撮ったのか」という質問に、アシュリーはだいぶ前のことですっかり忘れていたのか、後ろにいた自分のマネージャーに確認しながら質問に答えていたのがおかしかった。記者のほとんどは、最初はこの映画に関する質問をしていたが、予想通り途中から『トワイライト』シリーズの質問へシフトチェンジしていった。

そこで、ある黒人女性記者が『トワイライト』の最新作が、日本で起きた津波の影響で撮影休止になっていることについて質問したため、僕はさりげなく日本の地震についてコメントを促した。すると彼女は、自分だけでなく、友人にも日本を助けるために寄付するよう勧めていることを明かしてくれた。その後、アシュリーは学生時代に心理学を学んでいたことを話し、もっと心理学について学びたいとも言っていた。今、彼女はブロードウェイの舞台のオファーを受けていて、その脚本を読んでいる最中とのことで、近い将来舞台にも出演する可能性があることを示唆した。若手の人気女優はイメージを大切にするため、取材用の撮影を拒否することもあるが、彼女は快く引き受けてくれた。最後に、日本の地震に関するコメントを聞きやすいように橋渡しをしてくれた黒人女性記者に感謝したい。

3月14日前代未聞! 記者が自らインタビューを強制終了(リージェンシー・ホテルにて)

映画 『ロード・オブ・ザ・ダンス・イン・3D(原題) / Lord of the Dance in 3D』

世界中をとりこにしてきたアイリッシュ・ダンス・エンターテインメント『ロード・オブ・ザ・ダンス』のマイケル・フラットレーが、アイリッシュ・ダンスのルーツであるダブリンに戻り、数日間の公演を行ったものを3D撮影した作品。

マイケル・フラットレー、マーカス・ヴァイナー

映画『ロード・オブ・ザ・ダンス・イン・3D~』の監督を手掛けたマーカス・ヴァイナー/1990年代に世界を熱狂させたアイリッシュ・ダンサー、マイケル・フラットレー

実は今度の取材は、あまりダンスに関心のない男性記者たちのために、この映画を宣伝するパブリシティー・ファームは、あえてこの映画とアシュリー・グリーンの『スケートランド(原題) / Skateland』の2作の取材を、同じ日にセッティングしていた。つまり、アシュリーの取材をしたい人は、ほぼ義務的にこの映画の取材もせねばならないというわけだ。そんな状態だから、取材前の試写会でも、多くの男性記者たちが映画の途中で寝始めていた。そのため、取材会場にはほとんど作品の内容を覚えていない記者がたくさんいたが、これまで場数を踏んできた者ばかりで、いくらでも即興で質問できる強者ぞろいだった。ところが、思わぬ展開が……。

まず部屋に入ってきたのは、監督のマーカス・ヴァイナー。この映画はダンス公演を3Dで撮影したもので、最初にマイケルのインタビューが少しあっただけで、あとはすべてステージのダンスだけだった。要するに、バックダンサーのインタビューやバックステージの出来事、あるいはマイケル・フラットレーのダンスのルーツなどには一切触れておらず、映画に内容がないということだ。そのため、僕ら記者は無理やり質問しながら最初の20分間を過ごしていた。大概のラウンドテーブル・インタビュー(5、6人の複数の記者による合同取材)は、長くても30分程度で終わることが多いのだが、30分を過ぎてもパブリシストがインタビューの終了を知らせてこない。さすがに質問する内容が途切れ始めてきた記者たちは、少し焦り始めていた……。「おい、どんだけ質問すればいいんだよ」と思い始めていた矢先、僕の二つ横の席に座っていた記者が「That's it!(これで終わりだ!)」と言って強制終了させてしまった!  なんと、パブリシストの指示なしに無理やり終わらせてしまったのだ(笑)。こんな経験は、初めて。記者がインタビューの時間が少ないとパブリシストに文句を言うことはよくあるけれど、長過ぎて強制終了したのは前代未聞だった。

これでマイケルのインタビューが短くなるのではないかと懸念したが、マイケルのインタビューも50分程度設けられた。彼は、もともとアメリカ人だったため、アイルランドでアイリッシュ・ダンスを踊り始めた当初は、かなりアイルランド人に非難されたらしい。インタビュー中に気になったのは、マイケルの返答はすべてポジティブで、否定的な言葉を全く口にしないこと。かなり意識的に発言している感じにも見えた。現在彼は52歳だが、その活力はステージの上のダンスだけでなく、インタビューにもあふれ出ている気がした。最後に印象に残ったのは、彼が2002年のサッカーワールドカップでアイルランド、イギリスの選手を応援するために日本を訪れた際に、サッカースタジアムでチケットを女性の案内係に見せたら、後ろにかなり人が並んでいたにもかかわらず、その女性は親切にマイケルを席まで案内してくれたそうで、そんな優しさを通して、本当の日本の心を見た気がしたと語ってくれたことだった。彼には成功者のにおいが漂っているように感じられた。

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