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松雪泰子
『脳男』
まるで小さな箱に閉じ込められたような感覚
『脳男』松雪泰子 単独インタビュー

取材・文:斉藤博昭 撮影:本房哲治

知能と肉体は規格外。しかし、人間としての感情は一切持っていない。日本映画としては異例のダークヒーローに生田斗真が挑んだ『脳男』で、タイトルにもなった主人公の真相に迫っていく精神科医、鷲谷真梨子を演じたのが、松雪泰子だ。脳男の周辺で繰り広げられる衝撃の殺人劇に、真梨子が抱える深いトラウマも絡みながら、ノンストップで突き進んでいく『脳男』。その製作過程は、松雪にとっても新鮮だったようだ。自身の役へのアプローチや、独特だった現場のムードなどを彼女が振り返った。

■演じる上で「共感」は必ずしも重要ではない

Q:作品全体のテンションも独特な『脳男』で、どのように役にアプローチしたのでしょう。基本的な心構えから聞かせてください。

この作品は、全てのキャラクターが突出した信念を持っているので、演じる側としては進む方向が明確でした。ただ、(演じた)真梨子の過去の背景が表立って描かれるわけではありません。(「脳男」と呼ばれる)鈴木一郎と関わっていく中で、彼女のアイデンティティーが崩壊していく。そして自分を語らない鈴木一郎の心理を代弁していく。そのあたりを立体的に表現する作業が難しかったですね。ちょっとした表現の度合いで、伝わり方も変わると感じました。

Q:真梨子と鈴木一郎の関係がキーポイントになったわけですね。

最初は容疑者として対峙(たいじ)していたのが、だんだんえたいの知れない人物だとわかっていく。医者としての興味もあったわけですが、(精神鑑定中に)データ上であり得ない数値が出たことで、鈴木一郎に感情が「存在しない」と感じ、操作されたパーソナリティーなど背景を知るうちに、真梨子は自分の信念で彼を救えるはずだと動くんです。そこには彼女が、自分の悲しい過去と向き合ってセラピーの道に入り、成功してきたという確信があったのだと思います。

Q:真梨子が鈴木一郎に抱く感情には母性のような愛も感じられます。

もちろん単純な男女の愛とは違いますが、母性なのでしょうか……。共感していくうちに、自分が手を差し伸べれば、彼を「異化」させ、裏に隠れた感情が現れるんじゃないかと考える。確かにそれは愛情といえますが、一方でエゴでもありますよね。

Q:その愛とエゴは、「どんな人間にも善の心はある」と強く信じる真梨子の生き方にも絡んできます。ここまで善を信じる彼女の気持ちに共感できましたか?

役を演じる上で、自分が共感できるかどうかは、あまり考えません。自分の考えを投影したくないからです。ただ、「善があってほしい」という希望はあります。でも人間って、そんなに簡単じゃない。鈴木一郎は象徴的な例で、いくらこちらが信念を持っても簡単には崩せない。希望と理想だけでは語れないから犯罪も起きるわけで、それは悲しい現実ですよね。真梨子は、わたしには考えられないほどの覚悟を持った人で、自分自身も憎しみや悲しみも抱えた犠牲者でもある。だからこそ、極端に善を信じているのかもしれません。

■狭いストライクゾーンを狙う集中力

Q:精神科医という役について、何か準備をしましたか?

カウンセリングについて勉強したところ、相手によってアプローチもさまざまで、まったく相手の目を見ないでカウンセリングする人もいると知りました。リアルな反応を見せる相手の場合、あえて直視せず、反応を「感じて」鑑定するというのです。でも今回の場合、相手がまったく反応を見せないので、しっかりと相手を見据えて演じることを心掛けました。

Q:そのあたりは瀧本智行監督からの指示もあったのでしょうか。

特に作品の前半部分では、真梨子の感情をあからさまに表現しないように指示されました。無機質な空間で、よろいを着ているようなイメージです。わたし自身は脚本を読んだとき、相手に感情がないので、そんな彼に接したときの恐怖や焦り、苦闘を人間的に表現しようと思ったのですが、監督は作品の構造上、そういうふうには見せたくなかったようです。むしろ淡々と演じることで、真梨子と一郎の異様な緊張感、空気感が漂うのではないかと。でも演じる側としては、すごく狭いストライクゾーンをピンポイントで狙う感じで難しい(笑)。小さな箱に閉じ込められたような感覚でしたね。

Q:演じる中で真梨子の心の闇、精神的に追い詰められる感触をつかんでいったということでしょうか?

演技の上で迷いはなかったのですが、そこに向かう集中力が、肉体的にも精神的にもハードだったんです。真梨子のアイデンティティーが崩壊していく後半部分は、撮っていてもキツかったですね。アクションシーンを3日間、倉庫にこもって撮ったときは、時間の感覚も、自分がどこにいるのかもわからなくなりました。かなり追い詰められたせいか、3日目の夕方あたりには、原因不明の涙が流れてきて……。

■撮り終わった後も続いた異様な感覚

Q:鈴木一郎=脳男を演じた生田斗真さんのただならぬムードも、その涙の原因だったのでしょうか?

確かに斗真くんは異様なエネルギーを放っていて、集中力がものすごかったですね。今回の現場は、全員が集中力を維持するのが当たり前でした。

Q:そんな集中力の高い現場の場合、撮影が終わったときはどんな気分になるのでしょう。

ラストシーンを撮り終えて東京に戻ってきても、役から抜けきれず、しばらく「どうやって生きていけばいいのかわからない」という喪失感に包まれていました。気が付くとボーッと空を眺めていたりして……(笑)。

Q:それは達成感でもありますよね。出来上がった映像をどんな思いで観ましたか?

今までの日本映画にはなかった世界観が生まれていると感じました。エンターテインメント性もあり、胸をえぐられる部分もある。観る側が「体感」できる作品だと断言できます。何より、映像美に感動しましたね。今回の現場には、(データ管理やカラーマネージメントをする)DIT(=デジタル・イメージング・テクニシャン)の方がいて、その場で劇場上映用のクオリティーを確認できたのです。わたしも現場で完成作への期待を高めていました。

■次の作品では真逆の「大女優」役に挑戦!?

Q:「日本映画にはない世界観」という点で、真梨子と一郎=脳男は、少し『羊たちの沈黙』のレクター博士とFBI訓練生クラリスの関係を連想させますね。

わたしも『羊たちの沈黙』は頭をよぎりました。関係性はちょっと違うので、今回のアプローチの参考になるとは思わなかったのですが、実は撮影に入る前に改めて見直したんです。雰囲気を味わっておこうと思って……。『羊たちの沈黙』は何度観ても、いい映画でしたね(笑)。

Q:『羊たちの沈黙』は20年以上前の作品ですが、最近、この『脳男』も含め、善と悪の概念が混沌(こんとん)とした主人公が出てくる映画が増えていますよね。お好きな作品はありますか?

最近では『ドラゴン・タトゥーの女』ですかね。あの世界観、映像の質感にどっぷり浸りました。そんなことを言うとダークな作品が好きみたいですが、アクションからコメディーまで、映画は幅広いジャンルを観ていますよ。

Q:『脳男』に出演して、アクション映画に出演する欲求が高まったりは?

それはありますね。今回、斗真くんが激しいアクションに挑んでいるのを間近で見て、刺激を受けましたし。わたしには未知の領域ですけれど(笑)。

Q:次の映画『謝罪の王様』はコメディーですよね。『脳男』とは真逆の役を期待できそうですが……。

監督が水田伸生さんで脚本が宮藤官九郎さんというコンビなので、ぜひ楽しみにしてください。方向性を間違えて売れなくなった大女優という、かなりデコラティブな(大げさに飾り立てられた)役を演じています(笑)。わたしにとっても新鮮な体験でしたね。特に極端な役を演じようという意識はありませんが、作品が面白ければ、どんな役でもチャレンジしたい。そんな気持ちが最近は大きくなっているみたいです。

作品自体も過激な『脳男』だが、演じるキャストにとっても過酷な現場であったことを、素直に告白する松雪泰子。その「過酷さ」は、本人がマックスに努力した結果、生まれたものであり、ここまで肉体的、そして精神的にハードな状態になることは、逆に役者冥利(みょうり)に尽きるのではないだろうか。一つの質問に対し、じっくり考えながら、自分の言葉で丁寧に答えようとする松雪。その真摯(しんし)な姿は、『脳男』が女優人生の中でも重要な作品になったことを伝えるかのようだった。

(C) 2013 映画「脳男」製作委員会

映画『脳男』は2月9日より全国公開

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