シネマトゥデイ

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レオナルド・ディカプリオ
『華麗なるギャツビー』
僕たちは小説を、数え切れないほど読み返した
『華麗なるギャツビー』レオナルド・ディカプリオ 単独インタビュー

取材・文:編集部・市川遥

文学史にさんぜんと輝くF・スコット・フィッツジェラルドの傑作小説「華麗なるギャツビー」を、映画『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマン監督が豪華絢爛(けんらん)なファッションと音楽で3D映画化。アメリカ文学を代表する同作はこれまでに4度、映像化されている。そんな作品になぜ、そしてどのように挑んだのか、主演のレオナルド・ディカプリオが語った。

■ギャツビーを演じると決めた理由

Q:本作はあなたにとって『タイタニック』(1997年)以来のラブストーリーといえると思いますが、これまでラブストーリーに出演しなかったのは意識してのことなのですか?

ロマンスやラブストーリーを避けているのかってよく聞かれるんだけど、全くそんなことはないよ。作品選びの唯一の条件は、キャラクターに深みがあるかどうかってこと。深みがなければ、僕はただの退屈な役者になってしまうからね。僕にとってギャツビーは、今まで読んだ中でも最高に人の心をつかんで離さない興味深い役柄だった。なぜなら、全てが微妙で繊細だから。15歳のときに初めて原作を読んだことを覚えているけど、当時はデイジーが何を象徴する存在なのか認識していなかった。過去を引きずり、とりこになり、途方に暮れる人物になってしまったのが、どれだけギャツビーにとって悲劇だったかがわからなかった。デイジーという幻想にしがみ付いていることが、どんなに悲劇かをね。今では本作はいろいろな意味で、ラブストーリーという枠で片付けられるものではないと思っているよ。

Q:誰もが知るキャラクターに挑戦することへのためらいはありませんでしたか?

ああ、もちろんあったさ。正直に言って、これはかなり危険なプロジェクトだ。誰もが自分のイメージする「ギャツビー」像を抱いている。どれだけ多くの人が僕のもとにやってきて、「この本が一番好きな作品だ」と伝えてくるか信じられないほどだよ(笑)。そんなプロジェクトに関わってしまったんだ。多くの人が、自分たちの思い描く小説を劇的に観ることを期待している。難しいのは、映画を作る際には全てを具体的に、そして明確にしなくてはならないということ。人々はその限定されたイメージに同意しないかもしれない。決意する前はかなり懐疑的だったよ。

Q:では、何があなたを決意させたのでしょう?

本作をやると決めたのには二つの理由があるんだ。第1の理由は、この本を読み返してみて、ギャツビーのキャラクターに改めて魅了されたこと。スクリーンでこのキャラクターを演じる必要性を感じたんだ。そして第2の理由は、トビー(・マグワイア)(注:ニック・キャラウェイ役)とバズ(・ラーマン監督)との関係だね。20年来の信頼できる仕事仲間、そしてお互いに正直でいられる間柄で本作を製作できるということ。映画としてこれをどういう形で描写するにしても、できる限り小説に忠実に、この小説を偉大なものにしているエッセンスを抽出することができたら素晴らしいと思った。確かにためらいはあったけど、パートナーとの絆と信頼に支えられたんだ。

■ギャツビーの“類いまれなほほ笑み”誕生秘話

Q:ニックと初めて会ったときに見せる“類いまれなほほ笑み”が素晴らしかったです。このほほ笑みはギャツビーのキャラクターを特徴付ける重要なものだと思いますが、どうやって生み出したのですか?

ああ、あのシーンは重要だ! それについては終わりがないくらい延々と、とことん話し合ったよ(笑)。言えるのは、僕たちは小説を何度も何度も、数え切れないほど読み返したということ。さらに「Trimalchio(トリマルキオ)」(注:これに手を加えて出版されたものが「華麗なるギャツビー」)も何度も読み返した。小説「華麗なるギャツビー」が素晴らしいのは、読者が好きなように解釈できる余地が残っている点だ。自分なりに理解できるから、ギャツビーは人の心をつかんで離さない文学となり、100年後でも、それぞれ自分自身とつながる部分を見いだした人々が、登場人物が自分にとって何者であるかを語り合える作品となったんだ。

だから僕たちは再度、小説を読んでみようと思った。小説のセリフを全て語らなくても、演じるときにそれは僕たちの潜在意識の中に残っている。そして、僕たちはフィッツジェラルドが達成しようとしたものを理解している。小説でははっきりとは説明されていない部分を、どうやってドラマチックに描くのか、それが重要だった。あのほほ笑みのシーンにしてもそうだ。デイジーと一緒にいることに神経を高ぶらせてナーバスになっているときも、彼が過去のことをあまりにもセンチメンタルに語るときも、ドラマチックに描くにはどうしたらいいかを研究するのが僕たちのやるべきことだった。才気あふれるフィッツジェラルドの文章が醸し出すニュアンスの全てを、どうやったら劇的に演出できるのか、僕たちは下調べを万全にして臨んだんだ。

■バズ・ラーマン監督はギャツビーに似ている?

Q:バズ・ラーマン監督とは1996年の映画『ロミオ&ジュリエット』以来となるタッグですね。ラーマン監督について教えてください。

バズはちょっとギャツビーに似ている。彼は自身の夢を体現した人物だ。ユニークなアーティストでいること、そして周りの世界をクリエイトすることに余念がない。そして、僕が今まで出会った中で、最も人に影響を与える監督の一人。偉大なアートを作り出そうという彼の熱意は、人に伝染していくんだ。バズと同じ部屋に居たら、嫌でも自分たちがクリエイトしようとしている世界へのノスタルジアを感じずにはいられない。今回、彼から脚本を渡された時点で「もうこれをやることになる」ということはわかっていた。これほど敬愛されている作品に手を出すことへのためらいはあったものの、ノーと言えるわけがない。バズと同じ部屋に居たら、それはもうどんなことがあっても避けることのできない企画となるんだ。アーティストであることへの彼の熱意といったらそれはすごい。バズ・ラーマンの世界に、ただただ引きずり込まれてしまう。彼と働く毎日が刺激的だった。仕事に対して彼ほど膨大なエネルギーと情熱を注ぐ監督を、僕は他に知らないよ。

Q:3Dでの撮影はいかがでしたか?

これまで僕は、『ヒューゴの不思議な発明』(マーティン・スコセッシ監督)は例外だけど、3Dは豪華なアクションシーンに観客を没頭させるために使われるものと思ってきた。だけど今回は、シアター風のプロダクションにするというアイデアの作品だ。それは僕にとって刺激的なことだった。小説「華麗なるギャツビー」は、登場人物と一緒にその部屋に居るような親密な気持ちにさせてくれるという点で優れている。漂う緊張感や人と人の距離感を想像しやすく、プラザホテルのシーンなんかは暑さを感じるよね。あの部屋に漂う葛藤は舞台演劇でも描写できることだ。だから、3Dでそのドラマ性を劇的に描写するのは、なんとエキサイティングなことだろう! バズはあのとんでもない緊張を、物語の後半でクリエイトしていった。彼は良い3Dの使い方をしたと思う。この映画は素晴らしいよ。

多くの人が強い思い入れを持つ作品だけに、レオナルドがギャツビーを演じると発表されたときには賛否両論が渦巻いたが、彼が誰よりも原作を真摯(しんし)に受け止め、フィッツジェラルドの美しい文章が醸し出すニュアンスを全身全霊で表現しようと努めたことは疑いようのない事実だろう。そんなレオナルドをして「ギャツビーに似ている」と言わしめたラーマン監督が、どのようにレオナルド版ギャツビーを演出したのかは必見! 熱気や葛藤まで伝わる3D映像を劇場の大スクリーンでぜひとも味わってほしい。

Armando Gallo / Retna Ltd / amanaimages
(C) 2013 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

映画『華麗なるギャツビー』は6月14日より丸の内ピカデリーほかにて全国公開

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