作品評:『アメリカン・ハッスル』

文=山縣みどり

 1970年代後半にFBIが行ったおとり捜査による捕物「アブスキャム事件」にヒントを得た“実際にあったかもしれない物語”がこれ。昨年の賞レースをけん引した『アルゴ』(2012)『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012)がヒーローの活躍をドラマチックに描いたのとは異なり、本作は「今よりも少しだけいい人生を送る」ために違法行為に手を染めたアーヴィン&シドニーを軸に野心やだまし合い、友情、愛が交錯する上質のドラメディー(コメディー風味の人間ドラマ)に仕上がっている。

 冒頭、クリスチャン・ベイル演じる詐欺師アーヴィンが匠(たくみ)の技でハゲた頭頂を隠すシーンに意表を突かれる。しかもせっかく整えたヘアをブラッドリー・クーパー演じるFBI捜査官リッチーが台無しにし、2人のケンカの原因となったアーヴィンの愛人シドニー(エイミー・アダムス)が「髪には触っちゃダメ」と叫ぶ。これって爆笑コメディー? と思わせつつ、続くシーンでおとり捜査を明かし、ターゲットである市長とアーヴィンが親しくなるまでを一気呵成(かせい)に見せる。主要な登場人物の関係性で観客の興味を引いた後で、彼らの人となりを描き出すデヴィッド・O・ラッセル監督の手腕が鮮やかだ。そして「マジですか?」と突っ込みたくなる奇抜なおとり捜査に関わる人物たちが心の奥に抱え込んでいる不安や猜疑心、困惑や罪悪感を絶妙のタイミングであぶり出すストーリーテリングの妙味にもシビれる。アーヴィンとシドニーが事件を通して本当の自分と向き合い、愛を再確認していく過程には特に心動かされてしまった。『世界にひとつのプレイブック』(2012)で新機軸のロマンチック・コメディーを開拓したラッセル監督の、愛を信じる気持ちも伝わってくる。またネタばれになるので書くべきではないのだが、アーヴィンたちの必死のサバイバルは、やはり判官びいきの日本人にはしっくりくる。

 実在の人物にインスパイアされたキャラクターに、複雑な人間性を与えた役者陣の熱演は素晴らしく、アーヴィンといういかさま師を共感すべき憎めない存在に仕立てあげたベイルをはじめ、「自分じゃない誰かになるのが夢」と言って作り上げた架空の存在のもろさにおびえる愛人役のアダムス、功名心にかられて自身の能力を過大評価するFBI捜査官を滑稽すれすれに演じたクーパーの変幻自在ぶりに脱帽する。また市民を思っての行動で自らの首を絞めた市長役のジェレミー・レナーや予測不能の行動で事態を紛糾させる危うくもセクシーなアーヴィングの妻役でジェニファー・ローレンスが場面をかっさらい、物語にうれしい驚きを与えてくれる。ただでさえ芸達者な役者陣だが、彼らが能力を倍増できたのもラッセル監督の演出力あってこそ。監督と役者の最高のマリアージュはため息ものだ。

 そしてさらなる見どころが1970年代の見事な再現だ。奇抜なヘアスタイルをはじめ、女優陣が着こなすダイアンフォンファステンバーグやホルストンなどのドレス、ビージーズやドナ・サマーらのヒット曲が当時の空気感をビビッドによみがえらせる。エンドクレジットが出るころには多分、ウォーターゲート事件やベトナム戦争で精神的に疲弊していた当時のアメリカ人がだまし合いの果てに見つけたのは一体何だったのか、とも考えてしまうだろう。

筆者プロフィール:

山縣みどり(やまがたみどり) / ライター兼編集者。「an・an」や「ELLE」、「GQ JAPAN」「BRUTUS」などにインタビューや映画評、セレブ関連記事などを寄稿。ここ数年は趣味の観劇にいそしみ、年に2回ずつブロードウェイとウエストエンド詣でに精と貯金を使い果たしています。この10月にはユアン・マクレガーのブロードウェイ・デビューを見届ける気満々! 映画ではセス・マクファーレンの新作西部劇が楽しみ!