作品評:『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』

文=森 直人

 モノクロ映像にアコースティックな音楽。ファーストショットの瞬間から、筆者の脳裏にはブルース・スプリングスティーンが1982年に発表した『ネブラスカ』(ジャケ写はモノクロで捉えた土地の風景)と本作が重なった。ネブラスカ州オマハ出身のアレクサンダー・ペイン監督が、わが故郷の“ご当地アルバム”を無視しているはずはない。『Citizen Ruth(原題)』(1996・日本未公開)、『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(1999)、『アバウト・シュミット』(2002)で同地を舞台にしてきた彼は、ついにひとつの決定版として、あの名盤のイメージの輪郭を借りてペイン版『ネブラスカ』を作ったのではないか‐‐そんな仮説を立ててみたくなる。

 『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』は、内容的には『アバウト・シュミット』のバリエーションという言い方もできそうだ。共に、年老いた“父”のロードムービー。『アバウト・シュミット』でジャック・ニコルソン扮(ふん)する定年退職した男が家族の異変をきっかけに旅立ったように、今作ではブルース・ダーン演じる田舎者の頑固じいさんが、100万ドルに当選した――というインチキな手紙にまんまとだまされ、モンタナからネブラスカ州リンカーンまで賞金を受け取りに行こうとする。ただしこちらは“父”を心配した息子が同行。ウィル・フォーテ演じる彼は恋人に振られたばかりのさえない中年男で、同監督の『サイドウェイ』(2004)のアラフォー恋愛模様に参加していそうなキャラクターである。

 ペインの映画ではいつも男は情けなく、女は強い。全作品そうだ。今作では、一家の母親を快(怪?)演するジューン・スキッブの毒舌ばあちゃんぶりが最高。もらってもいない賞金をたかりにくる親族や昔なじみの連中には、タフなシャウトでばしっと一喝。墓参りのシーンでは、夫の亡き身内たちに対し「この男はわたしのアソコを触ろうと狙っていたのよ」など身も蓋もない言葉で生前の姿を暴露して、「老い」や「死」の主題を絶妙なあんばいで笑いに変えていく。なんて見事な重さと軽さのバランス!

 かつて筆者は『アバウト・シュミット』について、ペイン自身が明言している通り、黒澤明の名作『生きる』(1952)の影響下にあるわけだが、むしろ結果的には小津安二郎のような枯淡の叙情が漂う、どこかシニカルなトーンの家族映画になっている、という意味のことを某誌に書いた。同様の印象は今作でさらに増している。人生の最後に「何かを残したい」と願う平凡な男を見つめる、諸行無常の喜劇化。小津的視座の導入は、間合いで笑いを誘発するセンスなど、小津チルドレンの一人であるジム・ジャームッシュにも通じる。ちなみにウィル・フォーテがアメリカ中西部を日本車のスバルで走り抜けていくのも、作品組成を示唆しているようで印象的だった。

 アカデミー賞に関して言うと、ペインの前作『ファミリー・ツリー』(2011)が主要5部門にノミネートされた時、筆者は何とかジョージ・クルーニーに主演男優賞を取ってほしかった。しかしかなわず、受賞は『サイドウェイ』の時と同じ脚色賞のみ。『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』も今回のノミネート作品の中で存在は地味かもしれない。しかし賞レースというギラギラした場において少し引いた立ち位置に居るのが、また愛すべき持ち味。ペインの映画にとって「地味」と「滋味」は同義なのである。

筆者プロフィール:

森 直人(もりなおと) / 映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)、『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「テレビブロス」「週刊文春」「週刊プレイボーイ」「メンズノンノ」「SWITCH」「クイック・ジャパン」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。