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今週のクローズアップ 伝説のスター、リヴァー・フェニックス特集

 23歳という若さで逝った伝説的スター、リヴァー・フェニックス。彼の幻の遺作『ダーク・ブラッド』『アメリカンレガシー』の2本が、没後20年の時を経て日本で公開された。彼が、世界に遺(のこ)し、伝えたかった思いは何だったのか? あまりに短かった人生を振り返りながら、リヴァーその人の真実に迫る。

ハリウッドの夜に響いた、弟ホアキンの叫び声

 「兄が発作を起こしています。お願いです、来てください!」、弟のホアキン・フェニックスから911に電話があったのは、1993年10月30日の真夜中すぎ。「彼はいくつですか?」という救急隊員の質問に「23歳です」と答え、「そのまま電話をつなげておいて。落ち着いてください」という言葉に一度は「落ち着いている」と言ったホアキンだったが、次の瞬間には目の前で発作を起こす兄の姿に「ここに来てくれ! 頼むから! 死んでしまう! お願いだよ!」と泣き叫んでいた。

 
リヴァーが亡くなった翌日のヴァイパールーム前
Michael Ochs Archives/Getty Images

 ジョニー・デップが共同経営するクラブ「ヴァイパー・ルーム」で悲劇は起きた。人々が音楽に酔いしれていた0時45分すぎ、当時のガールフレンドであるサマンサ・マシスや弟のホアキン、友人たちと共にここを訪れていた人気俳優のリヴァー・フェニックスは突然苦しみ始め嘔吐、外に出た途端に倒れて発作を起こした。だが、倒れるスターを目の前に、人々はパニック状態となり約5分もの間、誰も何もできなかったという。そして、当時19歳のホアキンが救急車を呼び、親友であるレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーやサマンサらが付き添った。10月31日1時51分、リヴァーは23年という短い生涯を閉じた。

 

弟のホアキンは現在も俳優として活躍している
Dave Kotinsky / WireImage

 ハリウッドではどのパーティーに行ってもスターである彼にはまるで“ごほうび”のような形でドラッグが回ってきた。だが、友人と共に音楽を作っている間は、ドラッグも酒もやめて、リヴァーが音楽作りに没頭していたとリヴァーの死後、彼の親友たちは証言している。リヴァーの心を本当に癒やしていたのは、ドラッグではなく、彼が愛していた音楽だった。

 遺作となった映画『ダーク・ブラッド』の撮影に戻る1週間前、息子がハリウッドの悪習にむしばまれていることを知って、リヴァーの父は「1年でいいから休みを取ってくれ」と頼み込んでいたというエピソードもある。





「パパラッチしないで。そっとしておいてくれ」
~リヴァー・フェニックス 最後の言葉
 

音楽を心から愛していたリヴァー
Time Life Pictures / Getty Images

尽きることのなかった、作品への愛情

 幼少期から妹たちと共に舞台で歌っていたリヴァーは、1977年に家族でロサンゼルスへ移住。本格的に俳優としてのキャリアをスタートさせた。CMやテレビの仕事を経験後、1985年の映画『エクスプロラーズ』でスクリーンデビュー。翌1986年には、少年たちを主人公にした青春映画の名作『スタンド・バイ・ミー』で正義感の強いクリスを好演し、人気を集めた。

 

モリー・リングウォルドと共演した1985年放送のドラマ「サバイビング:ファミリークライシス(原題)」出演時のリヴァー(最前列左)
ABC via Getty Images

 10代のリヴァー作品では、やはり映画『スタンド・バイ・ミー』での演技が一番に取り上げられるが、リヴァー自身は、ハリソン・フォードと親子役で初共演した映画『モスキート・コースト』(1986)が最も気に入っていると後に語っている。「あの映画が大きなヒットにならなかったのは知っているけれど、自分にとっては何よりも意味のある作品だった。あの映画では最高の仕事ができたと思っているんだ」。

 

映画『スタンド・バイ・ミー』
Columbia Pictures/Photofest/MediaVast Japan

 ガス・ヴァン・サント監督の映画『マイ・プライベート・アイダホ』(1991)もリヴァーの役者人生に多大な影響を与えた作品の一つ。べネチア国際映画祭、全米映画批評家協会賞、インディペンデント・スピリット賞で、それぞれ主演男優賞を受賞したリヴァーは本作の撮影後「この作品に出演して以降、毎日、会話の最後はなぜかこの作品の話に戻っていくんだ。それほど、素晴らしい人生経験だった」と語っている。売春や同性愛、ドラッグなどショッキングなテーマを扱った本作は、青春スターとして人気上昇中のリヴァーのイメージを損ねるというエージェントの反対もあり、ほぼノーギャラで出演。だが、本作を通して、リヴァーはキアヌ・リーヴスという掛け替えのない親友を得、演技派俳優としての地位を確立したのだった。





 「自分の映画を通して、たくさんの人たちと友達になれるということを考えると、素晴らしい気持ちになれるんだ」
~リヴァー・フェニックス
 

『マイ・プライベート・アイダホ』
Fine Line/Photofest/MediaVast Japan

23歳で散った夢、そして遺志を継ぐスターたち

 かつてリヴァーは「いつか子供が欲しいな。自分の家庭が持ちたいんだ。彼らと一緒に8年間田舎に住みたい。どんなおもちゃよりも、幸せな思い出のほうが大切だから」と語っていた。俳優としての将来を期待され、これからというときの死だった。急きょ、クリスチャン・スレイターが代役を務めた映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』は有名だが、映画『マイ・プライベート・アイダホ』のガス・ヴァン・サント監督は、ショーン・ペンがアカデミー賞主演男優賞を獲得した2008年の映画『ミルク』エミール・ハーシュが演じた役をリヴァーにオファーする予定だったことも明かしている。ほかにもレオナルド・ディカプリオ主演の映画『太陽と月に背いて』『バスケットボール・ダイアリーズ』などリヴァーが健在ならばオファーされるはずだった映画は数多くあったのだ。

 
映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』でリヴァーの代役を努めたクリスチャン・スレイター
Getty Images

 リヴァーはまた、10代のころから自然保護、動物愛護を強く訴えていた。「人間が生きるために、なぜ動物を殺さなければならないのか?」そんな疑問を両親に投げ掛け、彼はビーガン(徹底した菜食主義)となった。ガールフレンドと一緒にレストランで食事をしていたときも、彼女がカニを頼んだだけで泣きだしてしまったという。動物性の食事や化学物質を排除し、合成せっけんやシャンプーを使わず、革製品なども身に着けないという徹底ぶりは周囲から奇異な目で見られることもあった。繊細なリヴァーは動物だけではなく、自然そのもの、マイノリティーと地球上の苦境に生きる者全てに味方し、愛を与えていた。実際に自然保護・動物保護団体への寄付はもちろん、森林伐採を阻止するべくパナマとコスタリカの国境線に800エーカー(約100万坪)の森を購入している。映画『マイ・プライベート・アイダホ』ワールドプレミアは雲仙普賢岳の噴火で被災した人々へのチャリティーイベントも兼ねていた。

 
高いものを買うなら募金がしたいと、レッドカーペットも質素。
Barry King / WireImage

 そんな彼の遺志を継いだクリスチャン・スレイターは映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』で支払われた出演料全てをリヴァーが支援していたボランティア団体に寄付。レオもまた、慈善活動に力を注いでいる。ハリウッドのスターとして、彼が広めたかったこと、助けたかった人々は多かったはず。だが、そんな夢をかなえることもできず、リヴァーは逝ってしまった。何よりも悲しいのは、ブラッド・レンフローコーリー・モンテースなど、ドラッグで命を落とす若い俳優が今もなお後を絶たないことだ。





 「彼は僕の兄弟であり、彼を愛していた。あの日のことは、ひどい、ひどい間違えだった」
~リヴァーの親友だったR.E.Mのボーカル、マイケル・スタイプの言葉
 
ヘロインの過剰摂取により25歳でこの世を去ったブラッド・レンフロー
Kevin Winter / Getty Images
混合薬物中毒で亡くなったコーリーは、最後まで薬物依存症と戦い続けた 
Frazer Harrison / Getty Images
20年を経て、スクリーンでの再会

 リヴァーの死から20年、幻の遺作といわれていた映画『ダーク・ブラッド』が遂に日本での公開を迎えることとなった。これまで世界各国の映画祭を巡回していた本作だが、劇場公開の決定をいち早く決めたのは日本。「世界最速」での劇場公開となった。アメリカでは最近ライオンズゲート(Lionsgate)が配給権を獲得したが、リヴァーの熱烈なファンが多かった日本のほうが時期的に早くなった。生前、日本食が大好きで、来日するたびに日本の野菜をふんだんに使った料理を楽しんでいたリヴァーのこと、天国で喜んでいるのではないだろうか。

 
『ダーク・ブラッド』
(C) 2013 Sluizer Films BV

 また、『ダーク・ブラッド』を未完の遺作とすると、完結したもう一つの遺作となるのが亡くなる1年前に撮影された、俳優のサム・シェパード監督作『アメリカンレガシー』。日本では第6回東京国際映画祭で上映されたのみで劇場未公開のままビデオソフト化された。本作もまた、ファンの熱望かなって日本での上映が決定した。マイノリティーであるネイティブ・アメリカンの問題、環境問題、文明と自然との対決などを描いている本作は、活動家としての顔も持ち合わせていたリヴァーの遺志がそのままスクリーンに反映された作品だ。リヴァーを知っているファンはもちろんのこと、当時のリヴァーを知らない若いひとたちも夢半ばで夭逝(ようせい)した伝説的スターに相まみえる最高の機会となるだろう。





 「僕にはいくらかの名声がある。だからこそ、この世界に変化を起こすためにそれを使いたいと思っているんだ。本当の社会貢献は、僕が本心を打ち明けて、環境や文明に関する自分の考えを世界と共有することができることだと思うんだ」
~リヴァー・フェニックス
 
『アメリカンレガシー』

構成・文:シネマトゥデイ編集部 森田真帆


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