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水川あさみ&木村文乃
『太陽の坐る場所』
無駄なことをそぎ落として、最後に何が残るか
『太陽の坐る場所』水川あさみ&木村文乃 単独インタビュー

取材・文:編集部 森田真帆 写真:高野広美

直木賞作家・辻村深月の同名小説を『ストロベリーショートケイクス』などで、女性のありのままの姿を描くことに定評のある矢崎仁司監督が映画化した『太陽の坐る場所』。笑顔の裏に悪意を隠した女子高校生たちと大人になった彼女たちの現在が交錯するさまが、痛々しくもリアルに描かれる。かつて学園の女王として君臨し、現在は地元で過去にとらわれたまま生きる響子を演じた水川あさみと、影のような存在だったが東京で女優として成功を収めた今日子を演じた木村文乃が、対照的な二人の「キョウコ」を語った。

■思い出す、学生時代のヒリヒリ感

Q:映画に出てくるような女の子同士の複雑な人間関係は、女性だったら誰でも一度は経験したことがあると思います。

水川あさみ(以下、水川):そうですよね。みんなどこかしらで経験していると思います。わたしは高校のときに関西から上京したんです。出てきたばかりの頃は(東京の人にとっては)言葉が強かったみたい。それに言いたいこともすぐ言っちゃうし、何を言っていいか、何を言ってはいけないのかの区別がまだついていない時期だったから、東京の人にはあの人うるさいねって思われがちでしたね。

木村文乃(以下、木村):わたしは逆にどこにも属さないタイプというか。人が興味あることにあまり興味なかったりとか、輪に入ることの意味がわからなかったりとかしていたので、不思議ちゃん扱いでしたね。東京の人ってやっぱりみんなでっていう意識が強いから、異端な感じであまり受け入れてもらえなかった。ちょっと苦手って思っていた人の方がきっと多かったと思います。

水川:周りに受け入れてもらえていなかったのは、わたしもそうかな。関西と東京は表現の仕方がそもそも違うし。外国から来た人みたいな(笑)。それに高校は芸能系の学校だったから、少なからずライバル心や嫉妬心などがあったと思います。劇中にもあるような女子特有の裏の面を目の当たりにした実感はありました。でも、一人でいることも勇気が要るんじゃない?

木村:わたしにとっては周りに合わせることのほうが大変で……。ドラマも音楽も興味なくて。男の子からも女子扱いされるのが嫌で、対等に話せるようにって頑張りすぎて変に空回りしていましたね。

■理解するのが難しかった、二人の「キョウコ」

Q:お二人はそれぞれの役の生き方についてどのように感じられましたか?

水川:あそこまで高校時代にとらわれているのは、すごく悲しいなと思いますね。響子のようにあの頃の思い出から抜け出したいけど、別に抜け出さなくても良いと諦めて、あのときから1ミリも成長してないっていうのが女性としてすごくむなしさを覚えたりはしました。演じていても悲しいなと思った。

木村:わたしも正直今日子のことはわからなかった。彼女の場合、言っていることが全部だから。言っていることもやっていることも良い意味で裏がない人なので、別に響子のことも過去にとらわれているから助けてあげようとしたとか、そういうことでも……。

水川・木村:ない(笑)。

木村:セリフでもありますけど、『これまであなたのためにしたことなんて一つもないわ』って響子に言うんです。でも、結果的には救っていることにもなるんですけど……っていうのが、もうわからないです。学生時代のほうが人間っぽかったですよね。大人になるにつれてもっと物事を達観するようになっているというか。 わたしはそれを全部見ているみたいなね。

水川:わかっているみたいなね。神様みたいなところがあるんだよね!

■女優になると知り合いが急増する!?

Q:同窓会のシーンは大人になった登場人物たちの嫉妬や劣等感が渦巻いていてすごく苦しかったです。お二人は同窓会に行かれたりしますか?

水川:わたしは行ったことはないです。でもいまだに連絡をとって、大阪に帰ったらたまに会ったりする友達はいます。そういう友達は仕事の話とか聞かないし、たぶん大して興味がないんだと思います。それがすごく楽なんですよね。

木村:わたしはこの間、小中と一緒だった子たちの同窓会に行ったんです。なんとなく身構えていたんですけど、結構なんてことなくて、「木村~」っていう感じで迎え入れてくれて。あ、なんか知ってる人たちだ! みたいな。それってありがたいですよね。水川さんがおっしゃったように、仕事の話も一切してこないし。

Q:そう考えると、お二人とも東京で女優になった今日子と同じ立場ですね。劇中の高校の同級生・由希みたいに急に電話をかけてくる人はいますか?

水川:あー、いなくはないですよね。この仕事をすると、親戚が増えるって言うでしょ。それは目の当たりにしました。大阪時代の知らない人が事務所に電話をかけてきたりとか、そういうのはありました。面白いなぁと思って。

木村:そんなにお世話になった覚えはないのに、わたしがお世話してやったって言うタイプの人がよくいますね。飲みに連れて行ってもらった覚え、ないけどなぁみたいな。そう言ってくれるのも(ありがたい)ねって大人になった分思えるので。もちろん、今日子みたいに「かけてこないで」とか、声に出しては言わないですけど、心の中ではいろいろ言っています(笑)。

■ドキュメンタリーを撮るような監督の演出

Q:役づくりをするときにご自身との共通点は必要ですか?

水川:わたしは自分との共通点は要らないです。何か自分のフックに引っ掛かればできるって感じですかね。響子は何かにとらわれていることが多すぎて、100パーセントは理解することができない。でも誰もが何かにとらわれてしまうことってあると思うんです。それが過去のことでもいいし、恋愛とか仕事でもいいんですけど。そこに共感する部分があるかなって思いながら演じていました。

木村:役によりけりですよね。自分と似ているなって役もあれば、違うときもあって。特に今回演じた今日子は自分にあまり似ていないというか、そもそも今日子の人格がよくつかめていない部分もあって、100パーセントは理解できなかった。だから、監督の力を借りたりしながら、役をつくっていったところはありましたね。

Q:映画『ストロベリーショートケイクス』もそうですが、男性の監督であんなにも女性のありのままの姿を描けるのがすごいなと。矢崎監督はどのような演出をされたんですか?

水川:監督は、演者に求めるタイプでも、演出するタイプでもないです。お芝居をするというよりも、無駄なことをどんどんそぎ落として、最後に何が残るかっていうところを撮る監督。

木村:うんうん、まさにそう! 芝居をしているということを求めないですよね。 わたし、この直前まですごくアウトプットをする役だったんですよ。切り替えもあまりうまくできていなくて、若干その感覚をひきずりながら入ってしまったので、「そんなにやらなくていいです」って言われることがすごく多かったです。撮影中は、「もっと抜いていいです。もっと優しくていいです」ってずっと言われていました。

水川:監督は「キョウコ」というキャラクターを通した、水川あさみと、文乃ちゃんのドキュメンタリーを撮っているようなものだからって言っていたんです。だから、もうわからなくてもいいんだ、そのままそこに立っていようみたいな感じでした。

二人の「キョウコ」について、「理解することがとても難しかった」と正直な思いを打ち明けた水川と木村。二人に共通しているのは、女性として、女優として生き抜いてきた強さだ。現在を懸命に生きる彼女たちだからこそ、高校時代にとらわれた女性を理解することは難しかったのだろう。それでも、ヒロインたちを精いっぱい理解しようとしていたことはインタビューからも十分に伝わってきた。二人がもがきながらも作り上げていった女の痛みは、スクリーンにヒリヒリと焼き付いている。

映画『太陽の坐る場所』は10月4日より有楽町スバル座ほか全国公開(山梨で先行公開中)

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