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永瀬正敏&坂井真紀
『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』
違和感がなかった夫婦役
『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』永瀬正敏&坂井真紀 単独インタビュー

取材・文:くれい響 写真:金井尭子

日本統治下の台湾代表として甲子園出場を果たし、決勝進出した“KANO”こと台南州立嘉義農林学校の実話を基に描いた『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』。『セデック・バレ』2部作などを手掛けたヒットメーカーのウェイ・ダーションが製作総指揮を務め、台湾で歴史的メガヒットを飛ばした本作で、弱小チームに奇跡をもたらす鬼監督・近藤を演じた永瀬正敏と、彼を陰で支える妻を演じた坂井真紀が、海外での映画製作を振り返る。

■『ユーリ ЮЛИИ』(1996)以来の共演

Q:台湾から出演オファーが来たときの心境は?

永瀬正敏(以下、永瀬):二十数年前、故エドワード・ヤン監督のチームにお世話になった後も何度か台湾の映画人の方には大変お世話になって、その交流はいまだに続いています。ただ今回は役者になって30年を迎えたということもあり、前もってスケジュールが決まっていたんですね。なので、台本を読む前はどうしようかと思ったのですが、台本を読むと、全く知らない事実の上、とても素晴らしいお話でしたので、大変なスケジュールになってもぜひやらせていただきたいと思いました。

坂井真紀(以下、坂井):わたしは以前からホウ・シャオシェン監督やツァイ・ミンリャン監督などが撮られた台湾映画が好きだったので、このお話はとてもうれしかったです。また、今回プロデューサーのウェイ・ダーション監督が撮られた『海角七号/君想う、国境の南』『セデック・バレ』なども観させてもらったことも大きかったですし、とにかく内容が素晴らしいなと。もちろん、久しぶりに永瀬さんとご一緒させていただきたい気持ちも強かったです。

Q:お二人の共演は『ユーリ ЮЛИИ』以来ですが、いかがでしたか?

永瀬:あのときは元恋人同士だったわけですが、今回はちゃんとした夫婦役ということで……(笑)。確かに久しぶりの共演ですが、坂井さんが隣にいらっしゃるだけですぐに夫婦になれましたし、そこにかわいい子役の子供たちを入れたら、家族になれた感じがしますし、僕としてはとてもありがたかったですね。

坂井:いやいや。わたしが永瀬さんに助けていただいたと思います。わたしは出演シーンが少ないので、皆さんのチームが出来上がっているところに入っていく感じの上、飛び飛びで参加させていただく状況でした。そんな中、永瀬さんが常に近藤監督でいらして、現場の雰囲気を作られていたことに助けられました。

永瀬:雰囲気の出来上がった現場に後から入っていくのは、役者にとって大変なことですよね。でも、坂井さんは今回そういったことを一切顔に出さず、常に笑顔だったのは素晴らしかったですね。

■シャイで、かわいすぎるKANOナイン

Q:それぞれの役づくりについては?

永瀬:実在の方を演じるときに気を付けているのですが、既に天国にいらっしゃってもその方を知っている人にとってはまだ確実に体温があると思うんですね。なのでうそがないよう誠実に演じようと心掛けます。撮影前実際に近藤監督に指導を受けた方たちに、人となりや練習方法についてお聞きしました。とにかく皆さん近藤監督の話が映画になることがうれしくてしょうがない感じでした。そのことだけでも監督を演じる際に参考になりました。監督はめったに笑顔を見せない方で、練習中はとにかく厳しかったらしいですが、先日監督のお嬢さんからお話を伺ったとき、生徒さんは卒業後ずいぶんたっても近藤監督のお家を訪ねられていたそうで。お嬢さんもかわいがってもらっていたという話を伺いました。ただ根性論を振りかざすスパルタだけの監督だったら、そこまで長い付き合いはなかったと思いますよ。

坂井:それはステキなお話ですね! 複雑な時代背景の中、近藤監督のような旦那さんと暮らすことは決して楽なことばかりではなかったし、大変なこともたくさんあっただろうなと思うんです。そこでわたしは、奥さんが良妻賢母や貞淑という感じだけではなく、その中で芯の強さを持っていたステキな女性であったことを心掛けて演じようと思いました。

Q:演技経験のある日本人3人のほかは、野球経験者ということで選ばれた素人で構成されたKANOナインとの撮影エピソードは?

永瀬:それこそ僕も彼らと同じで、30年前、全くお芝居をやったこともないのにポッと映画(『ションベン・ライダー』)に出たわけですよ(笑)。そういう自分と比べると、本当に素晴らしかったですよ。日本語でお芝居するだけでも大変なのに、今ではほとんど使われていない当時の台湾語をしゃべらなければならない。そういったことを彼らは全うしましたからね。

坂井:それにみんなかわいかったですよね。とってもシャイな感じとか……(笑)。

永瀬:坂井さんが現場にいらっしゃる日はみんな顔つきが変わり、ワクワクしている感じとかこっちに伝わってくるんですよ。それで、携帯で一緒に写真を撮りたいんだけど、シャイだからモジモジしているんです。僕はずっと横で「行けよ、行けよ」と言っていたんだけど、それはさっきまで険しい顔で演出していた監督も一緒。メイキングでの彼らを見てもらいたいですよ(笑)。

■野球の枠を超え、人々に伝わる熱や感動

Q:永瀬さんは『アジアン・ビート(台湾編)シャドー・オブ・ノクターン』から二十数年ぶり、坂井さんは初の台湾映画への出演になったわけですが、率直な感想は?

永瀬:二十数年前は、ご一緒させていただいたエドワード・ヤン監督のチームが世界に出て行った台湾の第2次ニューウェーブのとき。だから、その雰囲気やエネルギーを感じて日本に戻ってきたのを覚えています。その後、韓国映画などに押され、ちょっと元気がなくなったようですが、ウェイ監督らが出て、一気に盛り上がってきたタイミングでまた呼んでもらえたのは不思議ですし、恵まれているかもしれませんね。でも、今回は作品の規模が違いましたね。

坂井:そうですよね。セットの大きさもそうですが、スタッフさんの人数など、あれだけの規模の撮影現場を体験できたことは、本当に素晴らしい経験になったと思っています。

永瀬:当時の街や船だけでなく、甲子園球場までセットで再現されていたのには驚きましたよ! でも、大変だなと思ったのは、当時のユニホームを再現するわけですが、相手チームの分も必要なんですよね。それに甲子園では入場シーンがあるので、それを何十校分も作らなきゃならなかったんです。

坂井:すごいですよね! わたしはそれと共に、言語の違いを軽く飛び越え、一つの作品を作ることに力を合わせるという素晴らしい体験ができ、とてもうれしかったですね。自分ももう長い間俳優をやらせてもらっていますが、「わ。台湾映画の現場に来て俳優をやれているんだ」という感動はずっとやみませんでした。

Q:社会現象を巻き起こした台湾のほか、香港などアジア全土に広まる『KANO』現象をどのように捉えていますか?

永瀬:インターネットで劇中の「近藤語録」が話題になっているようで、ありがたいお話です。僕としては全くの素人だった子たちが変わっていく過程が見られたのも、親心のようにうれしかったですね。彼らとサイン会をしたとき、AKIRA役のツァオ・ヨウニンを筆頭に、ナイン全員にファンがついていました。それに、野球文化のない香港でもそういう状況になっていると聞き、野球の枠を超えた熱や感動のようなものが伝わったんだと思いました。だから、日本の人たちにも、それがもっと伝わるといいなと思いますね。

さすがはベテラン、互いをプロの俳優としてリスペクトし合っていた永瀬と坂井。ちなみに、今では当たり前となった若手俳優の海外進出を1990年代にいち早く行っていた永瀬は、本作で日本人初となる金馬奨(台湾のアカデミー賞)主演男優賞候補に。俳優生活30周年を迎え、新たな代表作と共に次なるステップを踏み出したといえるだろう。

【永瀬正敏】ヘアメイク:遠山美和子
【坂井真紀】ヘアメイク:e.a.t...新井克英 スタイリスト:山本マナ

映画『KANO ~1931海の向こうの甲子園~』は1月24日より新宿バルト9ほか全国公開

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