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中谷美紀
『繕い裁つ人』
友人へのオマージュを込めて演じた
『繕い裁つ人』中谷美紀 単独インタビュー

取材・文:那須千里 写真:舞山秀一

祖母から受け継いだ洋裁店を2代目店主として守る女性のこだわりと新たな一歩を描いた『繕い裁つ人』。『ぶどうのなみだ』の公開も記憶に新しい三島有紀子監督がメガホンを取った本作で、意志の強さと信念の固さ故に“頑固じじい”と評される美しき孤高の服職人・市江を演じた中谷美紀が、作品への並々ならぬ思い入れを語った。

■魅力的なヒロインには友人へのオマージュを込めて

Q:中谷さんにとって市江という女性はどんな人でしたか?

わたし自身も含め多くの人たちは、社会に出てから夢を諦めたり、本当はやりたいことがあってもどこかで妥協して折り合いをつけて生きているものだと思うんです。でも市江という女性は、世の中の流行や常識にとらわれずに自分の志を貫いていて、それがとても魅力的に思えました。実際にわたしの友人にも、パリでオートクチュールを学んでコツコツと洋服を作っている人がいるので、今回は彼女へのオマージュのような気持ちも込めて演じました。

Q:偉大な祖母の築いたものを守る一方で、自分自身の手でゼロから洋服を作ってみたいという思いに揺れているところが、さらに魅力的でした。

それは天才のもとに生まれてしまった人が誰でも抱えている悩みだと思うんです。でも市江は自分の秘めた夢を、藤井(三浦貴大)と出会うことによって開花させていく。実はわたしが先述の友人に対して常々思っていたことを、藤井が代弁してくれていたんですよ。しかも、友人とはお互いが20代のときにパリで出会って以来の付き合いなんですけど、ここにきて彼女も変わりつつあるんです。それが市江の生き方と本当にシンクロしていて……。

Q:ちなみにご友人はこの映画をご覧になったんですか?

はい、観てもらいました。この映画の舞台あいさつの衣装も、彼女に発注してデザインしてもらい、一部はわたしもミシンを踏みました。映画をご覧くださったお客様の中からお一人に差し上げるつもりです。

■足踏みミシンとの相性は神頼み

Q:かねてから三島有紀子監督の作品のファンだったそうですが、どのようなところに惹(ひ)かれたのですか?

人のたたずまいだけで、言葉にしなくても多くを映像が語ってくれるところです。そのためには空間を埋める美術や空気が一番大切だと思うのですが、たとえバジェットが大きくなくても、それを感じさせない豊かさがあったんです。また、主役だけでなく全ての登場人物に愛情を注いでいらっしゃることが伝わってきて、『しあわせのパン』(2011)を観たときは3か所ぐらいで号泣してしまったんですよ。こういう監督と仕事をしてみたい、と心から思いました。

Q:そんな三島監督のもとで市江を演じるに当たって、洋裁のテクニックを学んでみていかがでしたか?

最も難しかったのは、足踏みミシンの初動ですね。工業用のミシンなので、滑車の部分がとても重いんです。一度流れに乗ってしまえばそんなに大変ではないんですが、毎日最初にミシンを動かすときはいつもミシンのご機嫌を取りながら「頼むから本番は動いてください、うまくいってください」と拝み倒していました(笑)。それから、ボタン付けがこんなに難しいとは……。

Q:何か特別な技術があるのでしょうか?

とりわけ紳士服は、ボタンが簡単に取れてしまうのはテーラーとして恥だというので、強化した糸で付けるのがまた難しくて。実はわたしは無精者で、普段は私服のボタンが取れると、それをポケットに忍ばせておくんです。そして仕事場に着いてから、たった今取れたかのように芝居をする(笑)。そうするとたいてい衣装スタッフさんがサービスで付けてくださるんですね。それをわかっているので、もう20年ぐらいずっと、この姑息(こそく)な手を使っているんですけど(笑)。

■洋服へのこだわりは、シンプルなものを長く大事に

Q:市江が仕事中に着ている作業着と、彼女がそれを脱ぎ捨てて自分の意見を伝えに行くアクションがとても印象的でした。

初めて作業着に袖を通したときは「わあ、硬い、重い!」と思ったんですね。ただでさえ縫う作業は大変なのに、これを着て……と憂鬱(ゆううつ)な気持ちになったのですが、作業場に入ったときにこの衣装でなくてはダメなんだなと思ったんです。市江は祖母の志を継ぐために洋服を縫ってきたので、修道女のように己を殺して生きてきたんですよね。一人の職人であると同時に洋裁店の顔として接客業もこなすとなると、やはり彼女にはよろいが必要だったんだなと。

Q:市江の洋服の着こなしもすてきでしたが、普段着る洋服や身に着けるものを選ぶときのこだわりはありますか?

個人的にはシンプルなものが好きですし、その方が自分に似合うと思っています。ファストファッションも好きなんですよ。ユニクロでもH&Mでも、最近COSもできましたので、そういったものも実は愛用しているんです。でもジャケットやコート、パンツなどラインの出るものは、生地や仕立てにこだわって良質なものを求めるようにしています。その代わり、流行の変化に合わせて繕いながら長く大事に着るようにしていますね。

■自分の枠から一歩踏み出せば、新しい世界が開ける

Q:三浦貴大さんの演じた藤井と市江の関係も気になります。藤井に対する市江の思いというのは、演じていてどのように感じられましたか?

市江は藤井に淡い恋心みたいなものを抱いていたかもしれないのですが、それを本人は自覚していなかったと思うんですね。でも、藤井が何度も上ってやって来る坂が象徴的で、彼が来なくなって誰も上ってこない坂を見ると、まさに心にぽっかり穴の空いた感じがして。三島監督さすがだな……! と思いました。

Q:二人の関係はこれからどうなっていくのでしょうか?

実は2回目の夜会のシーンで、妹の結婚式から駆け付けた藤井が市江を見ている、というくだりがあったんですけど、本編ではカットになっていたんです。監督はそこまで説明したくなかったんでしょうね。その日の撮影は徹夜で、三浦さんは自腹で神戸牛を調達して、現場でカレーを作ってくださったんです。ですからよくよく考えると、あの日の三浦さんはカレーを作りに来たんだなあと、今となっては思います(笑)。

Q:中谷さん自身はこの映画の撮影と完成した作品を通して、どのようなメッセージを受け取り、また伝えたいと思いましたか?

人は自分の限界を自ら決めて、その枠にとらわれてしまうことがあると思うんですね。社会でも他人でもなく、己で己を縛ってしまう。でもちょっと見方や角度を変えるだけでそこから自由になれて、一歩を踏み出すだけでまた新たな世界が果てしなく広がっていくということを、この映画を通じてお伝えできればいいなと思っています。

インタビュー現場では取材陣におすすめの紅茶をお裾分けしてくれた中谷。茶葉の抽出時間やお湯の温度など、一つ一つの手順を大切に捉えている姿は市江そのもののようだった。また、作品や監督への思いを語る彼女の言葉には愛情が満ち、ヒロインとしてこの映画を背負っていく、作品を代表してその魅力を伝えようというりんとした覚悟がにじんでいた。

(C) 2015 池辺葵/講談社・「繕い裁つ人」製作委員会

映画『繕い裁つ人』は公開中

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