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極めて香港映画的!ハーレイ・クインに見る香港功夫映画からハリウッドアクションへの激闘変遷!

 結論からいうと、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020年)は香港映画的である。本作はアメコミ映画だが、手触りが非常に80年代後半から90年代の香港映画に近い。これは香港映画的な思考と技術が根底にあるからだろう。今回はアクションに注目して、香港とハリウッドの交流の歴史、そして本作の魅力について書いていきたい。(加藤よしき)

格闘アクション映画の聖地・香港のゆらいだアイデンティティ

ドランク・モンキー/酔拳
ジャッキー・チェンを発掘! アクション映画界の巨匠ユエン・ウーピン監督作『ドランク・モンキー/酔拳』(1978年)United Artists/Photofest / Getty images

 格闘アクション映画の聖地・香港——かつてこうした表現に議論の余地はなかった。世界最高の格闘映画とは、すなわち功夫映画であり、香港映画だったのだ。しかし90年代、中国本土への返還によって、香港のアイデンティティは大きく揺らいだ。当時の香港映画界の混乱は、いちファンの私でもハッキリ覚えている。公開される映画の数が激減したとか、返還を境に姿を見なくなった映画人もいる。そして混乱は今なお続いている。検閲は厳しくなり、かつての何でもありな香港映画は少なくなっている印象だ。そもそも今の香港は映画どころではない状況だろう。しかし、そんな2020年に香港映画の遺伝子がハリウッドで爆発した。それこそが『ハーレイ・クイン』である。

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ユエン・ウーピン
神様! ユエン・ウーピン師匠!TriStar/Photofest / Getty images

 話を香港返還の当時に戻そう。90年代後半、香港の映画人たちは人生の岐路に立たされていた。アクション映画界の巨匠ユエン・ウーピンもその1人である。当時、すでにウーピンは確固たる地位を築いていた。何せ監督作『ドランク・モンキー/酔拳』(1978年)でジャッキー・チェンを発掘し、アクション監督としては『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地大乱』(1992年)でジェット・リードニー・イェンを指導している。俳優としても仲代達矢と共演するなど、まさに香港映画業界の中心人物にして、アクション映画界の巨匠中の巨匠、ブルース・リー以後の香港アクション映画を作った人物の1人といっていいだろう。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地大乱
ジェット・リーも大暴れ!『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地大乱』 TriStar/Photofest / Getty images
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香港映画の遺伝子受け継ぐ『マトリックス』

マトリック
ユエン・ウーピン師匠がアクションを担当した『マトリック』のアクションは斬新でかっこよく世間に評価され社会現象となった Warner Bros./Photofest / Getty images

 そんなウーピン師匠だが、やはり香港返還は大きなターニングポイントになった。ジョン・ウーを始めとする監督たちや、かつての弟子ジャッキーがハリウッドへ活路を見いだす中、ウーピンのもとにも1本の映画のオファーが届く。2度も断ったにも関わらず、相手は熱心にアピールを続け、興味を持ったウーピンは仕事を受ける。その映画こそが『マトリックス(1999年)だ。監督のウォシャウスキー姉妹は日本のアニメや漫画と同じく、香港映画も深く愛していた。若きクリエイターの熱意に、ウーピンも誠意を持って応じる。キアヌ・リーヴスに香港スタイルの格闘アクションを叩き込み、得意とするワイヤー・アクションを披露した。同作は社会現象になるほど大ヒットして、世界中で「弾丸を避ける」「人をワイヤーで吊りまくる」「バレットタイム」「何はなくとも黒いコートで大暴れ」といった、マトリックス・バブルが巻き起こる。

マトリック
このスタイルは……! 香港アクションを新しい形で表現したマトリックス Warner Bros./Photofest / Getty images

 そして『マトリックス』の現場で1人のスタントマンが香港スタイルの働き方に感銘を受けていた。ハリウッドでは作品単位でスタントマンをかき集めるが、香港は団体行動が基本である。当たり前といえば当たり前だ。ただでさえ初対面の人間と仕事をやるのは難しいのに、スタントマンとは、時には本気で殴り合い、時には一緒にビルから落ちる仕事である。入社初日に上司とタイマン……極端にいえば、そういう業界だ。人間関係で悩んでいる場合ではないのだから、最初から気心の知れた人間と組んだ方がよい。こういう合理的な思考こそ香港スタイルだ。ウーピンも袁家班(ユエン・アクションチーム)というスタントマンのチームを率いており、『マトリックス』の現場でも同様だった。

チャド・スタエルスキ
アクションの打ち合わせをするキアヌとチャド・スタエルスキ Warner Bros./Photofest / Getty images

 『マトリックス』でのウーピンの働き方を見て、若きスタントマンは彼らの真似をしようと思いつく。その男の名はチャド・スタエルスキ、後に『ジョン・ウィック』(2014年~)シリーズの監督を務める人物だ。スタエルスキは袁家班にならってスタント仲間のヴィッド・リーチ87eleven Action Design (87イレブン・アクション・デザイン)を立ち上げ、幾多の作品でアクション監督を担当。『ジョン・ウィック』や『デッドプール2』(デヴィッド・リーチ監督)では本格的に監督も務めている。87 eleven Action Design は、いわば香港映画直系であり、このチームが『ハーレイ・クイン』のアクションに関わっているのだ。

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マーゴット・ロビーのもっとアクションをで撮影再開!

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey
ゴルぁ! アクションが足りんのじゃぁ~by:マーゴット・ロビー~『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey』 Warner Bros./Photofest / Getty images

『ハーレイ・クイン』での87 eleven Action Designの働き方も、往年の香港映画を彷彿とさせる。香港映画は柔軟な対応でも有名だ。現場で台本が変わるのは当たり前、そもそも台本がないこともザラである(台本を作ってしまうと、どっかから漏れてパクられるという)。香港映画の柔軟さを物語る有名な逸話は、ウォン・カーウァイ監督の『楽園の瑕(きず)』(1994年)の騒動だろう。超豪華キャストを揃えたにも関わらず、作品にこだわりすぎて公開スケジュールに映画が全然完成しなかった。この事態を受けてプロデューサーのジェフ・ラウが「何でもいいから劇場でかける映画を撮るぞ!」と、『楽園の瑕(きず)』の俳優たちを集めて、たった8日で脱力コメディ『大英雄』(1993年)を完成させ、大ヒットさせてしまった。なかなか考えられないが、こんな無茶が通っていたのだ。

チャーリーズ・エンジェル
ドリュー・バリモア、キャメロン・ディアス、ルーシー・リューの『チャーリーズ・エンジェル』もゴリゴリのアクション映画だった! Columbia Pictures/Photofest / Getty images

 『ハーレイ・クイン』も、ある程度まで映画が出来上がった時点で、プロデューサーも兼ねている主演のマーゴット・ロビーが「やっぱアクションが足りん!」と再撮影を決断。スタエルスキ率いる87 eleven Action Designを再び呼び出し、わざわざアクションシーンを追加したのだ。マーゴットは『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)のファンであり(この映画も『マトリックス』の影響下にある)、アクションには一家言ある人物だった。決断を下すまでのスピード感と、突貫で撮ってしまうあたり、まさしく香港マインドである。結果からいえば、彼女の判断は大正解だった。本作はアクションシーンが素晴らしい。

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『ハーレイ・クイン』はゴリゴリの肉弾戦!

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey
ゴリゴリの肉弾戦になった『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey』 Warner Bros./Photofest / Getty images

 前作に『スーサイド・スクワッド』(2016年)はガンアクションがメインだったが、今回はゴリゴリの肉弾戦。特にハーレイは超能力を持っておらず、基本的に徒手空拳、アクロバットな動きで舞うように戦う。他のキャラクターも基本的に素手で戦うスタイルで、ビックリするほど格闘アクションが充実している。それこそ往年の香港映画のようだ。

 また主要キャラが全員女性であるため、香港映画ファンの中には『ワンダーガールズ東方三侠』(1993年)を思い出す人も多いだろう。この映画は『バットマン』っぽい女性や、ターミネーター的な妖怪、空飛ぶギロチン、ぶちギレるアンソニー・ウォンなどなど、アメコミと武侠小説を混ぜたような無国籍アクションだ。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)のジェームズ・ガン監督が「僕を変えた90年代の香港映画」として名前を挙げるなど、今なお根強い人気がある作品である。ハーレイ・クインが、あの映画のマギー・チャンみたいなランチャーで暴れるシーンもあるし、実は意識しているんじゃないかとすら思う。

ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey
ターミネーター的な妖怪、空飛ぶギロチン、ぶちギレるアンソニー・ウォンあり……の『ワンダーガールズ東方三侠』 Warner Bros./ Photofest / Getty images

 2020年現在、香港映画は決して景気がいいとは言えないが、その遺伝子は脈々と世界各地で生き続けている。思えば昨年の『ジョーカー』(2019年)も、アメコミ映画でありながら、同時にマーティン・スコセッシ映画であり、アメリカン・ニューシネマだった。あれと同じように、『ハーレイ・クイン』はアメコミ映画でありつつ、同時に香港映画である。ハリウッドの最先端で華麗に狂い咲いた香港映画魂を是非とも目撃してほしい。

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