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アン・リー監督が過去の作品を振り返る!ヒース・レジャーは緊張感のある俳優だった!(1/2)

アン・リー監督が過去の作品を振り返る!ヒース・レジャーは緊張感のある俳優だった!
アン・リー監督

 現在開催されているニューヨーク映画祭のダイアログ・セッションで、映画『いつか晴れた日に』や『ブロークバック・マウンテン』などでおなじみのアン・リー監督が、過去の作品や映画界に入る経緯などをQ&Aで語った。

 同イベントは、バラエティ紙で31年間批評家を務め、現在はハリウッド・リポーター誌の記者であるトッド・マッカーシーが司会者として、台湾出身のリー監督をインタビューしたイベントだ。

 子どもの頃についてリー監督は「台湾で育った当時の僕は、芸術に関しては全く疎く、むしろ学問に励み、社会のために役に立つような人物になろうと思っていたんだ。だから従順な子どもで、決して反抗的な子どもではなかった。それに父親が僕の通っていた高校の校長をしていたから、僕の子どもの頃は実につまらない人生を送っていたと思うよ(笑)」と語ったが、ではどうして映画界に入ろうと思ったのか。「大学の受験に落ちたため、急きょ国立芸術学校に入ったんだ。そこで、初めてステージに立ったときに演劇に刺激され、当時18歳だった僕は、アートの道を進もうと思ったんだ」と明かしたリー監督は、その後アメリカのイリノイ大学とニューヨーク大学で学んでいて、ニューヨーク大学では一年上にスパイク・リー監督がいて、彼の映画の撮影も手伝ったこともあるそうだ。

 今まで、あらゆるジャンルの作品を手掛けているリー監督だが、常に新たなアプローチを模索している結果そうなったのだろうか。「実は自分自身が、どんな映画監督かよく理解していないんだ。ある人は僕のことを巨匠なんて言ってくれるが、巨匠が違った作品ばかり撮っているのも変な感じもするだろ。ただ僕は好奇心が旺盛なため、自分のキャリア自体がフィルムスクールに通っているような感じで、だから銃の使い方や馬の乗り方、ワイヤーアクションなど、映画に必要なことを学ぶ過程が好きで仕方がないんだ。例えば、映画『グリーン・デスティニー』では、香港のアクション映画に携わる重要な人物たちから学び、その一方でアメリカのアクション映画では、いかに安全に素晴らしいアクションを撮るかを重視している。それぞれのジャンルで、あらゆるやり方を学ぶことも良いと思っているんだ」と明かした。

 『いつか晴れた日に』について「撮影当時、僕の英語はブロークン・イングリッシュだった。あの映画を撮った後、このようなイギリス文学を扱った映画が制作できるなら、何でもできると思ったくらいだよ(笑)。実は、この映画を撮影するかなり前の1979年の夏から半年間、ロンドンの演劇プログラムで学んでいたんだ。そこでは演劇だけでなく、どのように映画を制作すれば良いかも学んでいたんだ。そんな経験があったために『いつか晴れた日に』の撮影前に、どのような衣装、書物、さらに美術館から情報を得て、この映画の設定である19世紀を作り上げていくか決めることができて、全く戸惑うことがなかったんだ」と語った。


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