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若松孝二監督の通夜に約800人の弔問客 最期まで若松流

若松孝二監督の通夜に約800人の弔問客 最期まで若松流
胎内(子宮)をモチーフにしたという祭壇-ご冥福をお祈り致します。

 23日、青山葬儀所で映画監督の若松孝二さんの通夜がしめやかに営まれ、一般客を含め、およそ800人が弔問に訪れ、若松監督との別れを偲んだ。

 若松監督は今月12日に東京都新宿区内でタクシーにはねられ、意識不明の重傷で入院していたが、17日の23時5分に76歳で逝去した。この日は朝から大粒の雨が降りしきるあいにくの天気であったが、それでもおよそ800人の弔問客が来場。祭壇には監督が好きだったという黄色のバラとカーネーションが3,000本が供えられた。関係者によると、祭壇のモチーフは若松監督作品のテーマとしてしばしば登場する胎内(子宮)とのことで、監督は胎内(子宮)に包まれるように眠っていたという。

 会場には、今年10月4日から13日まで開催されていた釜山国際映画祭にて若松監督が「Asian Filmmaker of the Year Award」(今年のアジア映画人賞)を受賞したことから、そこで制作された「手形」も展示。若松監督も「監督人生50年で一番うれしい賞だよ」と喜んでいたとのことで、釜山国際映画祭の関係者がこの葬儀のためにはるばる韓国からこの手形を持ち込んでくれたのだという。弔問客も亡き若松監督の手形に手を当て、監督との思い出に浸った。

 独立プロを率いる映画監督として、自ら企画、制作、配給、上映までを行ってきた若松監督。生前は常々、全国の上映会付きトークショーに出席しては「とにかくパンフレットを買ってくれ」と観客に呼び掛けていた姿も印象的だったが、そんな若松監督らしく、通夜の待合室にはパンフレットなどを販売する物販コーナーを設置。最期まで若松流を貫いた。

 参列者は、山本晋也監督、青山真治監督、奥貫薫、村上淳、奥田瑛二、内田裕也、高岡蒼佑、佐野史郎など。『水のないプール』『餌食』などでコンビを組んだ内田裕也は「こんなに早く死んでしまってバカヤローと思います」、奥田瑛二は「いつもニコニコしていて。本当にやさしい人でした。近年は尋常じゃないペースで作品を発表していて、生き急いでいたようだった」とコメントを寄せた。(取材・文:壬生智裕)


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