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<作品批評>『セルマ(原題)』【第87回アカデミー賞】(1/2)

<作品批評>『セルマ(原題)』
日本ではまだ公開未定の『セルマ(原題)/ Selma』 - Paramount Pictures / Photofest / ゲッティ イメージズ

 今年のアカデミー賞ノミネート作品『セルマ(原題)/ Selma』を、女性の名前だと思ったアメリカ人も多いと聞く。実はこれ、アメリカ南部のアラバマ州にある町の名前なのだ。ここで1965年に 公民権運動で有名なマーティン・ルーサー・キング牧師が、黒人の投票権を勝ち取るために、セルマの黒人たちと命がけのデモを行った。(文・こはたあつこ)

 当時、アメリカの南部では、まだ黒人への差別が顕著だった。セルマでは、町の人口の半数以上が黒人であるのに、白人による差別と脅迫のため、黒人は有権者登録ができずにいた。投票ができなければ、法律を改正できない。法律を変えられなければ、黒人を差別する環境を変えることもできない。そんな状況を変えようと、1965年3月7日、約600人のセルマの黒人たちが、投票の権利を求めて、セルマからモンゴメリー市までデモを行った。平和的なデモだったが、セルマ市は警察を送り、催涙ガスや警棒を使って、女性や老人も含む無抵抗な黒人を攻撃した。血だらけになり、泣き叫ぶ黒人たちがテレビで報道され、「血の日曜日事件」として、歴史に記されることになる。

オプラ・ウィンフリー
オプラがボロぞうきんのような扱いを……!-Noam Galai / WireImage / Getty Images

 この映画は、キング牧師がセルマ入りしてから、最後のデモにいたるまでの緊迫した3か月を描いている。監督は42歳の黒人女性、エヴァ・デュヴルネ。今まで2本の低予算長編映画を作っているが、人間関係を主体とした小品だった。しかし本作でいきなり歴史大作に関わることになり、注目を浴びている。本作で改めて驚かされるのは、少し前まで、アメリカでまだこのような黒人差別が行われていたという事実だ。今のアメリカでは、社会的地位の高い職業に就く黒人も多い。しかし、彼らの親の世代は、投票権のために命がけで戦ったのだと思うと愕然とする。だからこそ、オバマ大統領が当選したとき、多くの黒人が涙したのだ。

 また、『セルマ(原題)/ Selma』の物語を象徴するようなショッキングなシーンがある。本作で製作も務めるオプラ・ウィンフリーは、アメリカで何十年もテレビ司会者として活躍している黒人だ。そんな彼女が今回、投票に挑戦する黒人女性の役で出演し、白人からボロ雑巾のように扱われるのだ。今のアメリカでは、白人からも黒人からも一目置かれているオプラなのに、50年前のセルマにいたら、投票もできなかったのだ。

 それにしても、黒人差別を平然と行ったセルマの白人たちは何を考えていたのだろう? デュヴルネ監督は、当時のセルマの雰囲気を鮮明に伝えている。彼らは、何も悪いことをしていないと思っていたのだ。むしろ、黒人が奴隷だった時代から続く「白人が黒人を管理する」という「しきたり」や「常識」を「守る」気持ちでいたように思う。それをむやみに変えれば社会が乱れると思ったのだろう。そして、アメリカに限らず、どんな社会でも根強く続いた「しきたり」を変えるのは、容易なことではない。


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