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『グランド・ホテル』(1932年)監督:エドマンド・グールディング 出演:グレタ・ガルボ 第47回

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映画『グランド・ホテル』より 中央のシルクハットの帽子をかぶった男性がクリンゲライン(ライオネル・バリモア)、その右隣がフレムヘン(ジョーン・クロフォード)
映画『グランド・ホテル』より 中央のシルクハットの帽子をかぶった男性がクリンゲライン(ライオネル・バリモア)、その右隣がフレムヘン(ジョーン・クロフォード) - (C)MGM / Photofest / ゲッティイメージズ

 ある一つの場所にさまざまな人々が集い、各々の人間模様を同時進行で描く。群像劇、アンサンブルキャストと呼ばれる映画や演劇などで用いられるこの表現技法は、グランド・ホテル形式と呼ばれている。この手法の由来となっているのが、第5回アカデミー賞で作品賞を受賞した『グランド・ホテル』(1932)だ。(今祥枝)

 場所はベルリンの超一流の“グランド・ホテル”。主な登場人物は、高名なバレリーナだったが今は人気に陰りのあるグルシンスカヤ(グレタ・ガルボ)、実は借金苦で切羽詰まっている自称・男爵フォン・ガイゲルン(ジョン・バリモア)、大企業の社長で合併によって会社の危機を脱しようと画策しているプレイシング(ウォーレス・ビアリー)と、彼に雇われた魅力的な秘書フレムヘン(ジョーン・クロフォード)、そしてプレイシングの会社の経理係だったが病気を患い、貯金をはたいて一生に一度の記念に贅沢をするためホテルに泊まりに来たクリンゲライン(ライオネル・バリモア)の5人の宿泊客だ。

 男爵は借金返済のためにグルシンスカヤの宝石を盗もうとするが、偶然居合わせた彼女と本気で恋に落ちてしまう。同時に、男爵とクリンゲラインはひょんなことから言葉を交わし、不思議な友情で結ばれることに。一方、プレイシングは秘書に色目を使い、フレムヘンは男爵に思いを寄せる。そのフレムヘンは男爵を通じてクリンゲラインとも親しくなっていく。各々が抱える問題を描きながら、複数のエピソードがバトンをリレーするかのように次々と展開し、最後には円を描くように物語が一つの帰着点を見る。

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 この円を描くようなイメージは、ホテルの回転扉や上階からロビーを眺めるとぐるぐると渦巻いている階段、劇伴のワルツなど、劇中随所で象徴的に使われており興味深い。例えば、冒頭と最後にも登場するホテルの回転扉。くるくると回る回転扉をくぐって、日々さまざまな人々がホテルを出入りする。電話交換手が忙しく応対し、受付でチェックインをしたり、ホテルの従業員が応対する様子が描かれる冒頭のシークエンスは、非常に華やいだ雰囲気で、戦争の足音などといった不穏な空気は一切ない。映画でこれから何が起こるんだろうという期待感は、現実に旅行でホテルに泊まる際に感じる高揚感のようなものに通じるかもしれない。カメラはロビーを行き来する人々をぐるっと映し出しながら、5人の登場人物を順番に観客に紹介していく。

 この導入部分で各々のキャラクター付けはかなり明確になるのだが、この流れがスムーズであることがグランド・ホテル形式では重要だろう。観客がはっきりとキャラクターを把握し認識しなければ、次々と入れ替わっていくエピソードのつながりも流れが悪くなる。もともとヴィッキー・バウムが1929年に発表した小説を自ら戯曲化したものを原作とし、ウィリアム・A・ドレイクが脚色した本作。舞台劇がベースなので、うまく人をさばけるよう構成されていることは確かだが、それにしてもエドマンド・グールディングの演出や、編集の巧みさには卓越した点が見て取れる。そのことによって各エピソードのつなぎは自然で観客を飽きさせず、各人の人生模様はなかなかにヘビーなものがあるのだが、暗い話と明るい話をテンポ良くスイッチさせることによって全体が重くなりすぎず、観客を楽しませてくれる。

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 現在では、例えば三谷幸喜の作品などにも多く見られるグランド・ホテル形式の特徴として挙げられるのが、豪華キャストの共演だ。その楽しみは、まさに本作の最大のウリの一つであった。スウェーデンが生んだ伝説の銀幕スター、グレタ・ガルボ、有名な俳優一家バリモア家の長男ライオネルと次男ジョン(ドリュー・バリモアの祖父)、本作と同じ年のアカデミー賞で『チャンプ』でオスカーを受賞したウォーレス・ビアリー、そして当時人気はうなぎのぼりだったジョーン・クロフォード。MGMが誇る華やかなスターの共演は、当時からすれば夢の共演である。特に、映画創世期の女神ガルボとクロフォードの初となる顔合わせは話題を呼んだが、伸び盛りであったクロフォードをガルボは格下と見ていたようだ。派手に企画をぶち上げたものの舞台裏は、それだけでも映画が一本撮れそうなほどのすったもんだで、結局ガルボとクロフォードの共演シーンは実現しなかった。撮影では、ガルボの分を全て撮り終えてからクロフォードの演技となり、ガルボが試写室でクロフォードの演技を全てチェックしながら進められたという。

 だが、結果として二人が演じるキャラクター、グルシンスカヤとフレムヘンが男爵を媒介としながらもすれ違い続けることは、本作をより味わい深いものにしていることは間違いないだろう。男爵との愛に人生の新たな希望を見出したグルシンスカヤと、お金のため生きていくためにプレイシングの欲望に応えようとするフレムヘン。だが、二人の人生は正反対の結末を迎えることになる。今振り返ってみると、ガルボとクロフォードという二人の女優の、この後のキャリアを反映しているような趣もあり、感慨深いものがある。

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 当時現場では、ガルボはロマンティックな雰囲気を演出するためにリハーサル時から、赤を基調とした美術やセットを要求したという。神経質でやや自己中心的、ナルシスティックなアーティストらしく、ガルボの演技はオーバーアクト気味だが夢見がちな少女のような純真さ、可憐さを伝えて、さすがは大スターの貫禄といった感じ。ハスキーな、しかしなんともなまめかしく甘さのある声色で「I want to be alone」と言うシーンなどは、物悲しくもロマンが漂いうっとりしてしまう。このセリフは、AFI(米国映画協会)の米国映画名ゼリフ・ベスト100にも選定されている。また、相手役の男爵を演じる甘さのある二枚目俳優ジョン・バリモアとの相性も良く、ドラマティックな雰囲気を盛り上げている。そのバリモアが演じた男爵も悪人にはなりきれない人の良さが魅力的だし、クロフォードのはりっとした美貌も目を引くが、中でも出色なのはクリンゲラインを演じるライオネル・バリモアであろう。

 コツコツと働いて貯めた虎の子をはたいて、分不相応な豪華ホテルに泊まりにきたクリンゲラインは、ことごとく痛いキャラクターだ。受付では「金は持っているんだから馬鹿にするな」と大声でわめき、身なりも貧乏たらしい。最初に自分に優しく接してくれた男爵になついてしまうクリンゲラインは、慣れない場所で場違いな振る舞いを繰り返すが、それがなんとも憎めず、じわじわと愛着がわいてくる。とりわけ、男爵のパトロンとして部屋に金持ちの宿泊客たちを招いてカード賭博に興じ、一人勝ちしてシャンペンを大盤振る舞いするも、ゲームが終わってみんなが部屋を出ようとするシーンで「まだいいじゃないですか、どうかもう少しだけ一緒にいてください」とすがる姿は、この男のこれまでの寂しい人生を物語っていて胸に迫るものがある。バーで、覚えたばかりのカクテル“ルイジアナ フリップ”を連呼するシーンも微笑ましい。私は映画を観るたびに、この人にだけは絶対に不幸になって欲しくないと激しく肩入れしてしまう。物語的には男爵を軸として話が転ぶが、クリンゲラインが影の主役と言えるかもしれない。

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 ちなみに本作はアカデミー賞で作品賞だけにノミネートされて受賞を果たした稀有な作品であるが、当時は助演部門がまだなかったので、この時代には珍しかったアンサンブルキャストでは俳優賞のカテゴリーには誰もエントリーできなかった。助演部門があれば、少なくともライオネルは確実に候補入りしただろうと思う名演だ。

 グランド・ホテル形式がこの後に定着したのは、本作が当時としては斬新な手法で普遍的なテーマを端的に描いており、方法論を含めて映画として優秀だったからにほかならない。来ては去り、誰かが去れば別の誰かがやってくるホテルは、まるで人生の縮図だ。誰かが不幸のどん底にある時でも、ほかの誰かは人生最大の喜びの瞬間を生きているかもしれない。本作の宿泊客5人の人生の明暗もはっきりと分かれるが、一方で仕事に追われるホテルの従業員たちは何事もなかったかのように、今日もまた新しい客を出迎える。5人とホテルの従業員の何人かの人生は一瞬だけすれ違うが、何が起ころうがホテルを出れば、彼らは再び赤の他人に戻ってしまうのだという現実に、苦い思いや一抹の寂しさも。だが、生きている限り人生は続くし、次の瞬間にどうなるかわからないのが人生である。回転扉をくるりと抜けたら、次はどんな出来事が待っているのだろうか? そんな期待と、思い通りにはいかない現実を万華鏡のように鮮やかに映し出してみせたのが『グランド・ホテル』なのである。

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