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第2回-東日本のことは西日本で関心が薄い?…『遺言 原発さえなければ』で知る現実

映画で何ができるのか

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3.11以後を生きる意味について“哲学する”

上映会場は来年、60周年を迎える高知あたご劇場。上映中、シネマフィロソフィア3.11のメンバーは映写室を見学させてもらったという。(高知市内)
上映会場は来年、60周年を迎える高知あたご劇場。上映中、シネマフィロソフィア3.11のメンバーは映写室を見学させてもらったという。(高知市内)

 今夏、高知市内にある映画館あたご劇場で、福島・飯舘村の酪農家に東日本大震災から800日間密着したドキュメンタリー映画『遺言 原発さえなければ』(豊田直巳野田雅也監督)の特別試写会が行われた。主催はシネマフィロソフィア3.11。高知県立大学文化学部の哲学・倫理学研究室の学生と教員によって組織された自主上映団体だ。彼らはドキュメンタリー映画を教材に、3.11以後を生きる意味について“哲学する”取り組みを行っているが、彼らの活動は地域にも影響を及ぼしているようだ。【取材・文:中山 治美】

ドキュメンタリーとは事実だけでなく作り手の意向が存在する

 シネマフィロソフィア3.11の活動は、2013年11月にスタート。上映会ごとに「福島」や「ボランティア」などのテーマを決め、その内容に添って学生たちがインターネットなどで情報を集めて作品を選定してきた。これまで上映されたのは、松林要樹監督『相馬看花(そうまかんか) -第一部 奪われた土地の記憶-』(2011)、加藤鉄監督『フクシマからの風/第一章 喪失あるいは螢』(2011)、岩井俊二監督『friends after 3.11』(2012)、梅村太郎塚原一成監督『ガレキとラジオ』(2012)、森元修一監督『大津波のあとに』(2011)、吉田泰三監督『普通の生活』(2011)、吉本涼監督『手のなかの武器』(2012)、舩橋淳監督『フタバから遠く離れて』(2012)の8本。上映会後に『ガレキとラジオ』のヤラセ騒動が勃発し、図らずもドキュメンタリーとはいえ必ずしも真実をそのまま映し出しているのではなく、そこには作り手の意向が存在することも学んだ。

3時間45分の大作映画『遺言 原発さえなければ』

手書きのポスター
劇場ロビーに貼られた手書きのポスター。上映の告知もツイッターなどを使い学生自らが行った。(高知・あたご劇場)

 そして第6回の上映に選んだのが、上映時間3時間45分の大作『遺言 原発さえなければ』。同大3回生の村上修(21)が言う。「震災当時、僕らはちょうど大学受験だった。高知出身で実感があまりなかったこともあり、正直、震災よりも、自分の将来がどうなるのかの方が心配だった。なので、話には聞いていたが、飯舘村が放射能汚染でどんな状況にあるのかをこの映画で知りました。自分たちが得る情報はインターネットやツイッターが中心で、何が正しいのか? という判断材料はあってないようなもの。そんな中で自分はどういう視点を持てばいいのか? 考え直すきっかけになったと思います」。

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人で賑わうロビー
上映後、人で賑わうロビー。豊田直巳監督のサイン会も行われた。(高知・あたご劇場)

 同団体を率いる吉川孝准教授は以前から、授業で映画を活用していたという。書物よりも映画の方が圧倒的に生徒たちの興味を引くというのも理由の一つ。それ以上に同じ事象でも、視点の違いによって全く異なる見え方になることを、映像だとより実感しやすいという。「ホロコースト」をテーマにした時は、スティーヴン・スピルバーグ監督『シンドラーのリスト』(1993)やアラン・レネ監督『夜と霧』(1955)などを上映した。

福島と水俣はどこか共通している部分がある

 吉川准教授が、シネマフィロソフィア3.11の狙いを語る。「本来、震災のような世の中が大きく変わる出来事が起こった時は、哲学の出番なんです。幸せとは何か? 豊かな生活とは? 自然と人間の関わりとは? 震災後の日本は、哲学で語ることが多いはず。ただ、あまりにも(問題が大きすぎて)漠然とし過ぎているので、映画を観て考えた方が分かりやすくなるのではないか? という、もくろみがあります」。

 吉川准教授の念頭には、理想とするドキュメンタリーがあるという。故・土本典昭監督の『水俣 患者さんとその世界』(1971)をはじめとする、公害病を題材にした「水俣」シリーズだ。「土本監督は水俣病患者に寄り添うだけでなく、問題を次々とえぐり出し、私たちの前に見えるように提示してくれた。福島と水俣はどこか共通している部分があると思うんですが、福島の問題はまだ終わっていませんからね。土本作品を彷彿とさせるような作品が今後生まれるのか。見続けて行きたいと思っています」。

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西日本ではなかなか上映されない震災映画

防災ヘルメット
南海トラフ地震に備え高知県立大学校舎内には防災ヘルメットが用意されている。(高知県立大学永国寺キャンパス)

 同団体の活動には、もう1つ大きな目的がある。同大学は、地域が抱える問題に県民と共に学生が取り組む「立志社中」プロジェクトを実践中。シネマフィロソフィア3.11の活動もそこから出発しており、西日本ではなかなか上映されない震災映画を観賞する機会を県民に提供するだけでなく、風化しつつある震災への関心を高めたいという。

 確かに高知は地理的に、東日本大震災の影響は少ないかもしれない。しかし高知県への避難者数は105人(平成26年7月10日現在。復興庁発表)。シネマフィロソフィア3.11の上映に駆けつけた人もおり、多数の来場者を見て「高知の人は震災に興味がないと思っていたのでうれしかった」とアンケートに感想を残してくれた人もいたという。また高知県民は、30年以内に発生する確率70%と言われる南海トラフ地震に対する防災意識が高い。今年3月28日に政府が発表した被害想定によると、高知市の最大震度は7で、最大津波高は16メートル(満潮位含む)。足摺岬のある土佐清水市にいたっては同じく最大震度7の場合、最大津波高は34メートル(同)に及ぶという。高知県庁には南海トラフ地震対策課も設置されており、地元新聞を開くと、連日のように防災対策のニュースが掲載されている。上映活動には、東日本大震災のドキュメンタリーから教訓を得て欲しいという思いもあるようだ。

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宣伝活動も学生たちがツイッターや地元のラジオで

豊田直巳監督を囲んで
豊田直巳監督(写真前列中央)とシネマフィロソフィア3.11のメンバー(高知県立大学永国寺キャンパス)

 ゆえに上映会は広く一般に告知され、入場は無料。昨年は「立志社中」プロジェクトから24万9,540円の助成を受け、今回は高知新聞厚生文化事業団からの助成金15万円で映画の貸出料と劇場使用料を捻出した。宣伝活動も学生たちがツイッターでの発信や地元のラジオ局出演と奔走し、結果、『遺言 原発さえなければ』の上映には昼と夜の回を合わせて計136人を動員。翌日開催された豊田直巳監督の特別講演会にも、27人が来場した。

 同大3回生の住江卓哉(21)が言う。「毎回、高知市外から来てくれる方も。そういう方から『頑張ってね』という声を聞くとうれしいです。高知は映画館が少なく自主上映活動が盛んなのですが、他の団体や他校との連携もとれるようになりコミュニケーションの輪も広がってきました」。

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『美味しんぼ』の問題も取り上げ

講演会
上映会翌日には豊田直巳監督の特別講演会も開催。市民も聴講に訪れた。(高知県立大学永国寺キャンパス)

 第7回の開催は来年1月。第1回で上映した『相馬看花(そうまかんか) -第一部 奪われた土地の記憶-』の続編とも言える『祭の馬』(2013)を上映予定だという。吉川准教授は「さらに授業では、原発事故の描写が議論を呼んだ漫画『美味しんぼ』の問題を取り上げ、ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』を読みながら表現の自由を根本から考えたいと思っています。学生たちのその論文をパンフレットにし、上映会で配布出来れば」と構想を練る。

 映画界にとっては、人材育成の場とも言えるかもしれない。メンバーの中には将来、映画会社への就職を考えている者もおり、上映会の準備は何よりの社会勉強になっているようだ。それだけでなく、ここから次世代を担う映画評論家が誕生するのでは? そんな期待をも抱いてしまうのは筆者だけではないだろう。

《第3回予告》
映画で心の解放を! 
映画『トークバック 沈黙を破る女たち』の上映活動をレポートします。

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