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行政からの圧力はあり得ない!カンヌ映画祭の毅然とした姿勢

カンヌ国際映画祭代表補佐のクリスチャン・ジュンヌ(撮影:中山治美)
カンヌ国際映画祭代表補佐のクリスチャン・ジュンヌ(撮影:中山治美)

 2019年はあいちトリエンナーレ2019、KAWASAKIしんゆり映画祭、さらに映画『宮本から君へ』の製作費助成の取り消しと、行政の芸術への介入及び公的支援の在り方について議論が起こった。世界最大規模と言われる映画の祭典を行っているフランス・カンヌ国際映画祭は、行政とどのように付き合っているのか。第32回東京国際映画祭(以下、TIFF)日本映画スプラッシュ部門の審査員のために来日したカンヌ国際映画祭代表補佐のクリスチャン・ジュンヌに聞いた。

 南フランスで毎年5月に開催されるカンヌ国際映画祭は、1946年に創設され、2020年に第73回を迎える。期間中、人口約7万5,000人の街に、プレス約4,800人を含む20万人が世界中から押し寄せる。運営費は約2,000万ユーロ(約24億円・1ユーロ120円計算)で、文化省直属の映画振興組織であるフランス国立映画センター(CNC)とスポンサー企業各社が50%ずつ負担している。

 1991年からカンヌ国際映画祭に携わっているジュンヌに、これまでプログラム内容などについて行政からの圧力や“懸念”があったことは? と尋ねると、即座に、あり得ないと言わんばかりに「ノー!!」という大きな反応が帰ってきた。

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 続けて、安倍晋三内閣総理大臣や小池百合子東京都知事、さらには映画祭開幕3日前に辞任した菅原一秀・前経済産業相大臣のあいさつ文が掲載されたTIFFカタログを示しながら「TIFFだけでなくベルリン国際映画祭もベネチア国際映画祭も、カタログには行政トップのあいさつ文やスポンサー企業の広告が掲載されていると思います。おそらくカンヌ国際映画祭のカタログは、世界で唯一、あいさつ文も広告も載っていないカタログです」と説明した。

しんゆり映画祭のパンフレット
しんゆり映画祭のパンフレットには川崎市長や麻生区長のあいさつが入っていた(撮影・中山治美)

 もともとカンヌ国際映画祭は、イタリア、ムッソリーニよるファシスト政権の介入を受けたベネチア国際映画祭に対抗して設立された経緯がある。政治家に介入されない、介入させる土壌を生まないというポリシーは徹底しており、オープニング&クロージング・セレモニーに政治家が登壇したことは72回の歴史において一度もないという。

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 「唯一、50回記念の時に、当時のジャック・シラク大統領が映画祭に来たことがあります。しかしレッドカーペットに上がらなければ、記念行事にも参加しませんでした。参加監督たちを招いた映画祭ランチには参加しましたが、その時はプレスを入れずに行われました。また文化大臣が来たこともありますが、フランス映画の上映の時だけです。基本的に政治家は招待しませんが、来たとしても、彼らの方も目立たぬよう注意していたのだと思います」

 一方で、オフィシャルな場で政治的発言をした人物には、たとえ著名監督であっても容赦ない。第64回(2011)のコンペティション部門に『メランコリア』(2011)で参加していたデンマークのラース・フォン・トリアー監督が公式記者会見でアドルフ・ヒトラーに共感する旨の発言をした際、外交用語の「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)として、映画祭から追放した。

 「あの時は映画の内容とは関わらず、彼の個人的な見解を公式会見の場で発言したので見過ごすわけにはいきませんでした。恐らく、本人も気まずかったと思いますが、映画祭としても騒動が大きくなってしまったために、それを鎮めるためにも追放という措置を取りました。ただし作品自体は取り下げることはせず、主演のキルステン・ダンストは女優賞を受賞しています」

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 同様にカンヌ国際映画祭でも、全く問題が起きなかったわけではない。チャン・イーモウ監督が中国でタブーとされていた文化大革命時代を描いた『活きる』(1994)が第47回コンペティションで上映されたが、検閲を受けずに出品したとして、その後、中国政府から一時期、映画製作を禁じられた。イランのジャファル・パナヒ監督は、反政府的として母国で映画製作を禁じられているはずだが、同映画祭では密かに送られてきた新作を上映し続けている。

 下手したら国際問題にまで発展しそうだが、「われわれは作品や個人の背景にある問題は気に留めません。監督自身が“出品を取りやめる”というのであれば仕方ないと思いますが、政治に耳を貸すつもりはありません」とキッパリ。まれに戦争や社会事件を描いた作品に対して上映中止を求める市民団体が抗議デモに来ることもあるが「フランスですよ。デモは日常茶飯事です。個人が主張するのは自由です」と語るジュンヌ。

 カンヌ国際映画祭の例を聞きながら、日本との文化の厚みと成熟度の違いを感じずにはいられない。何より作品と監督は尊重するが、政治には距離を置くという姿勢が明確で、これが世界の巨匠たちから絶大な信頼を得て、皆がこぞって新作を上映する場に選んでいる理由なのだと改めて実感する。

 図らずも山田洋次監督が、TIFFの記者会見で「(TIFFには)フィロソフィーがない」と発言したことが話題となったが、カタログやレッドカーペットのセレモニーといった一つ一つに哲学を持つカンヌ国際映画祭の取り組みは、同様に公的助成を受けながら文化イベントを行う者にとっては大いに参考になりそうだ。(取材・文:中山治美)

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