マシュー・マコノヒー  インタビュー

文=吉川優子

 アカデミー賞に6部門でノミネートされた『ダラス・バイヤーズクラブ』で、初めて主演男優賞候補になり、最有力と見られているマシュー・マコノヒー。エイズで余命30日と宣告されたゲイ嫌いの男を「これがマシュー?」と驚くガリガリの体で熱演。無認可薬をめぐって政府を相手に孤軍奮闘した男の話は、大きな感動を呼ぶ。

マシュー・マコノヒー プロフィール

1969年テキサス生まれ。弁護士を目指していたが、大学在学中俳優業に転向。映画デビュー作は『バッド・チューニング』。『評決のとき』で一躍スターになり、第二のポール・ニューマンと評判に。その後、『コンタクト』『アミスタッド』『エドtv』『U-571』といった大作やロマコメ作品『ウェディング・プランナー』、『10日間で男を上手にフル方法』等に出演。最近、『リンカーン弁護士』『バーニー/みんなが愛した殺人者』『マジック・マイク』『MUD-マッド-』など低予算映画で絶賛される。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』にも出演。次回作はクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー(原題) / Interstellar』。

知らないうちにゲイの人々のクルセーダーに

 脚本を読んで、すぐにこれはやらなくては、と思ったのを覚えているよ。とても力強い作品だということが明らかだった。HIVの問題をオリジナルなやり方で扱っていて、僕は彼に共感することができた。ゲイではない男性の視点から描いているところも興味深かった。彼は、金儲けをしたかっただけなのに、自分でも知らないうちに、ゲイの人々のクルセーダーになっていたんだ。

 役づくりのために、かなりリサーチをしたよ。何十時間分もある彼のビデオを観たけど、とても役に立ったね。脚本家のクレイグ・ボーテンは、ロンがダラス・バイヤーズクラブを作った後、彼に会いに行き、いろいろと話をしたんだ。1992年のことだよ。ロンは密輸業者で、スカーフェイス(映画『スカーフェイス』にちなんで)になりたがっていた。僕にとって秘密兵器になったのは、彼がエイズ患者になるまでつけていた日記だった。「午前6時に起きる。コーヒーを飲み、パンツにアイロンをかけ、ページャーが鳴るのを待つ。誰もかけてこない。ちくしょう。ハイにならないと。レストランに行ってバーガーを食べて、かわいいウェイトレスをだまそうか」というふうにね。彼は腕のいい電気技師だったけど、仕事をあまり丁寧にやりすぎるから、4時間ですむ仕事に16時間かかった。それで、誰も彼を雇わなくなったんだ。発明もしたけど、投資したいという人が出てくると、途中で投げ出したりした。彼は何も最後までやり遂げることができなかった、と彼の家族が言っていたよ。病気になったとき、生きるために闘わなくてはいけなくなって、彼は初めて人生に目的を見つけたんだ。皮肉なことにね。

役づくりのために21キロ減量

 減量したために体の方で失ったエネルギーは、すべて頭の方に移動したんだ。僕のマインドはとてもシャープだったよ! それで、睡眠もあまり必要じゃなくなった。何時に寝ても、どれだけたくさんワインを飲んでも、毎朝4時半には目が覚めていた。

 僕にも、がんで亡くなった友人がいたけど、彼にもロンと似たようなことが起きた。がんが彼の体を徐々にむしばんでいくところを見たんだ。彼も、最終的にがんに完全に打ちのめされてしまうまで、元気に、猛烈に病と闘っていたよ。

 ロンを演じるにあたって、口の悪い彼独特のユーモアを維持することは大事だった。ジャン(=マルク・ヴァレ監督)としょっちゅう「これはやりすぎじゃないかな?」と話し合ったけど、そのままの彼を演じることに決めた。彼の人間性はにじみ出てくるものだと思ったんだ。そこに彼に対する理解や尊敬の念が生まれてくるとね。彼は最初ろくでなしだったけど、最後までろくでなしだった。あそこまでワイルドでなければ、あんなに激しく闘うことはできなかったはずだ。30日の余命と言われたけど、7年間生きたんだからね。

 僕もテキサスに住んでいるけど、テキサス、ダラスとゲイ嫌いというのは同義語じゃないよ。1986年当時、HIVというのはまったく新しいことだった。誰も、それがどういうものか、どこからやって来たのか知らなかった。医者もそれをどう扱えばいいかわからなかった。マジック・ジョンソンがHIV陽性になったとき、「彼がプレーしているコートではプレーしない」という選手たちが出てきて、人々は彼らのことを偏見を持った連中だと非難したけど、彼らが言うことはわかったよ。それは思いやりがないということじゃなくて、現実的な態度を取る、ということだったんだ。「何かわからないけど、もし、あの病気にかかったら死んじまう」ということでね。ニューフロンティアだったんだよ。

芸術の優秀度を計るのはフェア

 僕は今、仕事との関係をすごく楽しんでいる。これまで以上にね。家族がいるということが、いい影響を与えているのは確かだろうね。子供というのは、僕がやっている仕事にとって素晴らしいよ。彼らの想像力には限りがなくて、どんなストーリーにも終わりがないんだ。子供は「ごっこ遊び」が得意だけど、僕たちの仕事というのはそういうものだからね。子供は、若返らせてくれるし、物事に驚く感性を強くしてくれるんだ。

 今、自分のキャリアをしっかり把握できていると感じている。自分の人生をつかんだら、仕事がめぐって来た、とは感じていない。自分の人生をつかむ、というのはいろいろなことを意味しているけど、その主なことの一つが仕事なんだ。僕には仕事が必要だ。多分、僕は昔よりも、もっといろいろなことに興奮している。それは、僕が大人になったということだし、今人生でどういう位置にいるか、ということもあるだろう。本当に素晴らしいときなんだ。

 最近、仕事に高い評価を得ているのはとても素敵だよ。芸術の優秀度を計るというのはまったくフェアなことだと思う。誰かが「芸術を鑑定することなんてできないよ」と言うとしたら、それはまるで12歳の女の子の日記と、シェイクスピアが同じくらいだと言っているようなものだ。審査基準はあるよ。僕にも、これらの方が素晴らしい、という自分の意見があるしね。もし僕のことが、賞合戦の会話の中で話題に上れば、クールだと思うよ。