女性の永遠の夢を追い続けるヴァレンティノ
映画に見る憧れのブランド
ファッション界のラスト・エンペラーと称される現在88歳のヴァレンティノ・ガラヴァーニ。伝説のスター、ルドルフ・ヴァレンティノにちなんで名付けられた彼は、銀幕で息づく美女のために服を作ることが夢でした。今回はヴァレンティノを代表するスタイルを映画と共にお届けします。
ヴァレンティノを世界的なデザイナーにした白のコレクション
第二次世界大戦後、ヨーロッパでいち早く立ち直ったイタリアは、ローマ近郊のチネチッタ撮影所を拠点にイタリア映画産業が栄え、世界的なスターが集まる場所になっていました。
1932年にミラノの近くヴォゲーラで生まれたヴァレンティノ・ガラヴァーニは、9歳のころジェームズ・スチュワートとジュディ・ガーランドが主演したミュージカル映画『美人劇場』（1941）を観て女性のために美しい服を作ることを決意したのだとか。（※1）
パリのオートクチュール組合付属の学校でファッションを学びメゾンで働いた後、1959年にイタリアに戻り、1962年にフィレンツェのピッティ宮殿で最初のコレクションを発表。1967年にジャッキー・ケネディに捧げた「白のコレクション」で世界にその名をとどろかせました。フラットな白トーンで統一されたこのコレクションは、ジャッキーの心を掴み、彼女はヴァレンティノにとってミューズ、顧客、そして一生の友の存在に。彼女がギリシャの海運王アリストテレス・オナシスと再婚した際にはヴァレンティノのウェディングドレスを纏ったほど、2人の絆は強かったそうです。
白はシンプルと純粋の色をモットーにするヴァレンティノが作る白のドレスは、白のコレクション以前から大人気を博しており、あのエリザベス・テイラーも注文していました。実際に、1960年にローマで開催されたカーク・ダグラス主演『スパルタカス』（1960）のプレミアで彼女が身につけたヴァレンティノの白いコラムドレスは当時大評判だったとか。
セレブから愛されるヴァレンティノ・レッド
白のほかにもヴァレンティノ・カラーとして有名なのは「ヴァレンティノ・レッド」。ジュリア・ロバーツが『プリティ・ウーマン』（1990）でオペラ鑑賞に着た赤のガウンは、映画の衣装デザイナーが「ヴァレンティノ・レッド」をモチーフにデザインしたもの。ヴァレンティノと交流の深かったエリザベス・テイラー、オードリー・ヘプバーン、ソフィア・ローレンなど1950年代から60年代の映画スターが着用しそうなゴージャスなドレスです。
実は、ヴァレンティノが世界的デザイナーへと上り詰めた1960年代のファッション界は、ミニスカート旋風を含む未来派モードが主流でした。しかし、1940年代から50年代の映画を観て育ったヴァレンティノはクリスチャン・ディオールのような正統派を受け継いだデザインにこだわり続けたのです。
ニューヨークのセレブ女性の転落を描いたウディ・アレンの『ブルージャスミン』（2013）で、ケイト・ブランシェットはシャネル、エルメス、フェンディ、キャロリーナ・ヘレラなど様々なクチュールブランドに身を包みますが、パーティーのシーンで着るワンショルダーの赤のカクテルドレスはヴァレンティノ・レッド。
面白いことに、ヴァレンティノはデザインだけではなく、身の回りの多くの物も赤色でそろえていたそう。なんでも、1970年代にローマで多くのジャーナリスト、警察官、政治家、実業家を殺害した極左テロリストグループの赤い旅団が暗躍していた時期でも、ヴァレンティノは防弾仕様の真っ赤なメルセデス・ベンツを恐れることなく乗り回していたと語り継がれています。
ロックスタッズでよみがえったヴァレンティノ
正統派クチュールブランドとして洗練された服を生み出してきたヴァレンティノは、60年代以来、時代を代表する女優、モデルやセレブに愛されてきましたが、2008年にデザイナーを引退。創業者を失ったブランドはオートクチュールの顧客が減り続ける時代背景で凋落していきました。
ところが、ヴァレンティノの元で働いていたバッグとシューズのデザイナーの、マリア・グラツィア・キウリとピエール・パオロ・ピッチョーリの名コンビがクリエイティブ・ディレクターに就任し、2010年に「ロックスタッズ」を打ち出して大ヒットさせます。バッグやシューズのエッジに、アンティーク仕上げのゴールドやシルバー、カラーストーンのスタッズが散りばめられたデザインはヴァレンティノ・メゾンに新しい息を吹き込み、若い人々から絶大な支持をえて、ヴァレンティノは若々しいスタイリッシュなブランドとして蘇りました。
ベン・スティラーが監督・主演を務めた『ズーランダー NO.2』（2016）は、ヴァレンティノ、マーク・ジェイコブス、トミー・ヒルフィガー、アナ・ウィンターらファッション界の重鎮たちがカメオ出演しているコメディー映画。ペネロペ・クルス演じるインターポールの敏腕女性捜査官ヴァレンティーナはヴァレンティノにインスパイアされたキャラクターです。
ヴァレンティーナが、ベン・スティラー演じるズーランダーとオーウェン・ウィルソン演じるハンセルに連続殺人事件の捜査協力を頼みますが、捜査拠点はローマにあるヴァレンティノ旗艦店の地下。そして、ヴァレンティーナが初めてデレクとハンセルに会うシーンでは、彼女はヴァレンティノ・レッドのレザー製オールインワンを纏っており、赤いブーツもスタッズがついています。これらは本作の衣装デザイナーとヴァレンティノがコラボしてデザインしたもの。
さらに、映画の宣伝にも一役買ったヴァレンティノ。本作が公開される前年の2015年に、ベンとオーウェンはパリのファッションウィークでヴァレンティノのランウェイを歩き、翌年のローマのプレミアではヴァレンティノの旗艦店に現れて、ショップウィンドウでポーズを取り、映画ファンを喜ばせたのです。カメオ出演や衣装協力だけではなく、映画のプロモーションにもかかわるところに、ヴァレンティノの映画愛と高いビジネスの感度が伺えます。
プライベートでヴァレンティノを愛用するセレブたち
『オーシャンズ8』（2018）の見どころのひとつは、メンバー8人が着用する新旧入り混じった世界的なトップデザイナーによるクチュールドレス。女優ダフネを演じるアン・ハサウェイが着たのは、1950年代のクラシック映画に登場するようなエレガントなピンクのドレス。物語の鍵となるカルティエのネックレスを引き立たせるために広くした美しいデコルテ、鮮やかな色使いやイタリア職人文化が誇る刺繍は、ヴァレンティノならではの洗練された女性らしさを体現しています。オフショルダーの軽やかなチュールドレスとヴェールは彼女の可憐な魅力を最大限に際立たせました。
実はアン・ハサウェイは様々なプレミアやレッドカーペットでヴァレンティノを愛用しており、2012年の自分の結婚式でもヴァレンティノのウェディングドレスを纏ったほど。
そんな彼女をスターに押し上げた『プラダを着た悪魔』（2006）で、鬼編集長を演じたメリル・ストリープがパーティーで着ているのが、ヴァレンティノのシックなブラックドレス。メリル・ストリープもこれまでいろいろなイベントでヴァレンティノを愛用しており、本作にはヴァレンティノ本人もカメオ出演しています。
また、2001年度のアカデミー賞授賞式で主演女優賞を受賞したジュリア・ロバーツが着たヴァレンティノのヴィンテージドレスは、ファッションとアカデミー賞の歴史における伝説的な存在。『エリン・ブロコビッチ』でノミネートされた彼女は、さまざまなクチュールドレスを試着していましたが、どれも気に入らず、授賞式の前の週にやっと見つけたのがこのドレスだったのです。
黒のドレスに白いパイピングがY字に入ったユニークなデザインは、アメリカのティーンの間で大評判になりました。その年、このドレスをコピーしたプロムドレスが多く出回り、黒地に白のパイピンクはすぐさま既製服に取り入れられ、2001年のファッショントレンドになりました。
さらに、キャストのほとんどをアジア系が占める作品を大手映画会社が製作したことでハリウッドのダイバーシティに一石を投じた『クレイジー・リッチ！』（2018）は、ヘンリー・ゴールディング演じるニックの母親エレノアがパーティーでスカーフのついた上品なヴァレンティノのドレスを着ています。エレノアを演じたミシェル・ヨーはヴァレンティノのファンであり、これまでも多くのレッドカーペットをヴァレンティノのドレスと共に歩いています。
今年、2020年のアカデミー賞授賞式で世界中のエルサと『アナと雪の女王2』の主題歌「イントゥ・ジ・アンノウン」を堂々と歌い上げた松たか子が纏ったドレスもヴァレンティノ。ピンクベージュにシルバーメタリックの装飾とフリルの襟が個性的で、ハンサムなショートヘアと絶妙なマッチを織りなし、松たか子の気品ある美しさを際立たせていました。
私は女性が欲しているものがわかる。女性は美しくなりたいのだ（※2）と語ったヴァレンティノ・ガラヴァーニ。1960年代から50年近く、ファッション界の頂点に君臨したラスト・エンペラーにとって、衣装とはファッションではなく、女性の美しくなりたいという夢を追いかけることだったのです。
※1…Obsessed with beauty - The Bay Area Reporter
※2…50 Quotes From Fashion Greats - Harper's Bazaar
此花わかプロフィール
映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバー、ライアン・ゴズリング、ヒュー・ジャックマン、デイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など。(此花さくや から改名しました）
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