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名画プレイバック

連載第3回 『第三の男』(1949年)

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映画『第三の男』ポスターイメージ
映画『第三の男』ポスターイメージ - / Photofest / Getty Images

 私が子供の頃、テレビ放送は地上波のみで、放送される外国映画といえば放送時間に合わせてカットされた吹き替え版が当たり前。唯一の例外はNHKの教育テレビで字幕版が放送される「世界名作劇場」だった。欧米の傑作が中心のラインナップで、キャロル・リード監督の『第三の男』(1949)を初めて見たのもこの番組だった。(冨永由紀)

 第二次世界大戦後、連合国軍(米・英・仏・ソ連)に共同統治されていたウィーンが舞台だが、当時小学生の私はそうした背景はあまり理解できなかった。ただ印象深かったのは光と影のコントラストが美しい映像とアントン・カラスのチター演奏、そしてオーソン・ウェルズだ。

 生まれてはじめて「美形じゃないのに(しかも小悪党なのに)カッコイイ」という現象が成立することを知った。悪の魅力を最初に教えてくれたのは、私の場合はオーソン・ウェルズになる。といっても、物語の主役は彼ではなくてジョゼフ・コットンが演じるアメリカ人の売れない作家・ホリーだ。彼は旧知の友人・ハリー(ウェルズ)の誘いを受けてウィーンを訪れたが、到着と同時にハリーの交通事故死を知らされる。葬儀に参列した彼は、居合わせたイギリス軍少佐から故人がよからぬ生業で悪名高かったと聞かされ、友人の汚名を雪(そそ)ごうと事件の真相を探り始める。

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 事故当時の現場にハリーとその仲間の他にもう一人“第三の男”がいたことやハリーの恋人で女優・アンナ(アリダ・ヴァリ)の存在も浮上するが、真実に近づく過程でホリーに殺人容疑が掛けられ、アンナもパスポート偽造の罪でソ連軍に連行され、事態は思わぬ方向へと展開する。

 のっぺりした二枚目のホリーが、正義を求めて真相を追う前半のサスペンスもいいのだが、中盤も過ぎようかという頃についにハリーが現れると、俄然面白くなる。粗悪なペニシリン売買で荒稼ぎした悪党であり、自分の死を偽装して姿をくらましたハリー。暗く人けのない街角の隅に立つ男の顔が電灯の光の中に浮かびあがる。人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた顔はすぐ闇に消える。そして走り去る足音と影。先を追わずにいられない。観客の飢餓感を煽るなんと見事な演出か。

 芸術と退廃の都だったウィーンは、戦禍で街のあちこちに瓦礫の山がある。その中に場違いのように残っている観覧車の中でのホリーとハリーの対決シーンも忘れ難い名場面だ。悪辣な闇商売を非難されたハリーはこんな言葉を残す。「イタリアではボルジア家支配下の30年は戦闘と殺りくと流血に満ちていたが、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチとルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、500年の民主主義と平和は何を生んだ? 鳩時計だ」。これはグレアム・グリーンの原作小説にはないウェルズ創作の決め台詞。ニヒリズムと社会批判が込められ、これが歌舞伎なら大向こうがかかりそうな名調子だ。

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第三の男
映画『第三の男』/ Photofest / ゲッティ イメージズ

 ひとでなしで、今風に崩して言えば“ドS”のハリーに抗えない“ドM”同士のホリーとアンナの関係も描かれる。ハリーに対する思いが友情である男と、恋愛である女との気持ちの噛み合わなさはつくづく切ないが、この辺りは大人になって見返してから気付いたポイントだ。そして、それでもやはり正直者の純情より、悪いヤツが逃げ切ろうとする必死さが魅力的なことも変え難い事実。主人公たちも観客も、ハリーという亡霊に最初から最後まで翻弄され続ける。

 役者、ストーリー、映像、音楽、と四拍子すべてそろった完ぺきな作品だ。オスカー撮影賞を受賞し、フリッツ・ラングなどドイツ表現主義の影響もうかがえる映像はモノクロだからこそ見栄えする。見上げるように大きな観覧車、闇に吸い込まれそうな下水道、ラストシーンの落ち葉舞う長く真っすぐな道。3D画面よりも立体的に感じる臨場感は、黒と白の間のグレーゾーンの奥深さを想像させるのだ。

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