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『小さな恋のメロディ』(1971年)監督:ワリス・フセイン 出演:マーク・レスター 第46回

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映画『小さな恋のメロディ』より
映画『小さな恋のメロディ』より - (C)Levitt-Pickman / Photofest / ゲッティイメージズ

 欧米ではほとんど評価されなかったが、日本と南米で大ヒットを記録し、今も根強いファンを持つ局地的名画。それは、1970年代初頭のロンドンに暮らす少年と少女の初恋を描いた『小さな恋のメロディ』(1971)だ。(冨永由紀)

 ロンドン南部にある学校に通う11歳の少年ダニエル・ラティマー(マーク・レスター)と同級生のトム・オーンショー(ジャック・ワイルド)の友情、そしてダニエルと同級生の少女メロディ・パーキンス(トレイシー・ハイド)の純愛を中心に物語は進む。

 前半はダニエルとトムが織りなす男の子の友情物語だ。ダニエルは入団したばかりの少年団でトムと知り合う。制服の着方や大人への受け答えの差から、いかにもナイーブなお坊ちゃま(ダニエル)と生意気な反逆児(トム)というキャラクター、さらには迎えに来たダニエルの母も加わった帰路では少年2人の家庭環境の違いからイギリスの階級社会の有り様が見えてくる。着飾ってコンバーチブルの車に乗る母を持つダニエルは中産階級、彼らに自宅のある場所を偽って車を降り、きれいな建物の裏にある通りのアパートへ帰るトムは労働者階級だ。お小遣いの使い方や放課後の過ごし方も異なる2人だが、なぜか気が合い、親友同士になる。

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 少年2人と並行してヒロイン、メロディの日常も描かれる。広場で不要品回収業者と物々交換した金魚を持って歩くシーンをはじめ、登場するどの場面でも彼女はまぶしいほどキュート。彼女の家庭も労働者階級であることは、祖母と両親と暮らすアパートでの生活や、仕事もせずに昼間からパブに入り浸る父親の描写などからもうかがえる。

 男の子ばかりでつるんでいたダニエルとトムだが、校内で偶然、女子が参加するバレエのレッスン場をのぞき見した際に、ダニエルは踊っているメロディにすっかり心を奪われてしまう。この典型的な見初めのシーンはメロディの愛らしさ、見とれるダニエルの表情が秀逸だ。これが映画デビューのハイドと、すでに名子役とし活躍していたレスターという組み合わせの妙が功を奏している。

 運命的な出会い以来、トムが話しかけてもダニエルは生返事を繰り返し、校内でメロディの姿を目で追い続けるようになる。やがて2人は音楽室での偶然の再会や、学校主催のダンス・パーティなどを通じて急速に親しくなっていく。友達になりたての頃は自分の関心を引こうと必死だったダニエルの豹変に、ショックを隠せないトムの表情が切ない。トムを演じたワイルドは体格的に他キャストと大差はないが、実は撮影時は17歳。ぼろアパートで祖父の世話をしながら暮らす複雑な境遇の少年を見事に演じている。公開当時の本国イギリスでは、1968年の第41回アカデミー賞で作品賞、監督賞など6部門に輝いたミュージカル映画『オリバー!』で共演して人気を博したレスターとワイルドの再共演作というのがセールスポイントであり、製作資金の調達に大いに貢献したという。気心の知れた2人の演技はごく自然で、じゃれ合う場面などはほとんどアドリブのように見える。

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 本作で興味深いのは、気になる対象にアプローチするダニエルの行動だ。引っ込み思案のようでいて妙に大胆。トムに対してもメロディに対しても、まずは尾行からスタートする。友達と遊ぶ彼らを物陰から観察するも隙だらけですぐに見つかり、それをきっかけに言葉を交わすようになると、今度は押しの一手ですぐに仲良くなる。“拒絶されるかも”という不安が欠片もない天真爛漫さは、トムやメロディにはない。墓地でのデート中、ある墓碑に刻まれた「50年間の幸福」という言葉を見たメロディが「それだけ長く愛してくれる?」と尋ねると、ダニエルは「もちろん。もう一週間愛してるよ」と答えるシーンも微笑ましい。たったの7日間と50年間が同じように“長い”子どもの時間感覚にハッとさせられる。そして、一緒に一つのリンゴをかじっている場面はアダムとイブの失楽園を意識してのものだろう。

 学校をさぼって遊園地やビーチでデートするまでになった2人は、翌日に校長先生から大目玉をくらうと、なんと結婚を宣言する。もちろん11歳の子供2人にとって結婚は「好きな者同士が一緒にいること」程度の認識だが、この無邪気さ一つとっても、45年前と現在の社会の違いを痛感させられる。結婚宣言に困惑し、噛んで含めるように説得する両親とメロディのやりとりからは、若さと老いについての残酷で正直な子供の考察、現実世界を生きる大人の心情がともに伝わってくる。結婚はせめて20代になってから、と言う父親に「それじゃ今の倍も歳をとっちゃう!」と嘆くメロディを、白髪にしわの刻まれた祖母が無表情で聞き流すショットが挟まれる。この作品は全編を通して、何かが起きているとき、中心から外れたところにある物、人の表情が面白い。ディテールに注意を行きわたらせた演出は、インド出身でイギリス育ちのワリス・フセイン監督によるもの。フセインは「ドクター・フー」などテレビシリーズでも活躍している。

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 脚本は当時26歳のコピーライターだったアラン・パーカービージーズの楽曲7曲の権利を買ったプロデューサーのデヴィッド・パットナムから、曲を基に子供が主人公のラブストーリーの脚本執筆を依頼された。後にアカデミー賞2部門受賞の『ミッドナイト・エクスプレス』(パーカー監督作・1978)やアカデミー賞4部門受賞の『炎のランナー』(1981)などアカデミー賞受賞作を連発したパットナムは、パーカーの広告代理店時代の元同僚で、初の長編映画製作にあたってパーカーに声をかけたのだという。ダニエルはパットナムの、トムはパーカーの少年時代の思い出をベースに作られたキャラクターだそうだ。パーカーは第2班の監督として、校内の生徒たちの様子や運動会シーンなどを担当。メインキャスト以外の少年少女の奮闘をみずみずしく捉えた映像は傑出している。CM監督の経験はあったものの映画界への野心はなかったパーカーは、本作によって映画作りに魅了されたと後に語っている。撮影監督は、後にデヴィッド・クローネンバーグ監督とのコンビで知られるピーター・サシツキーだ。

 話を作品に戻す。最初はクラスメイトからもほとんどイジメに近い冷やかしを受けた結婚宣言だが、無理解な教師たちへの反発心もあって、生徒たちは2人を応援するようになり、学校の裏に広がる空き地で結婚式を計画する。集団で授業を抜け出した彼らの反乱は大人たちの度肝を抜くレベルにまで到達。子供同士の結束と、力で押さえつけようとした揚げ句に振り回される大人の醜態がこれでもかと繰り広げられる。現代よりもずっと、大人と子供の世界に隔たりのあった時代に、男子生徒お手製の爆弾まで登場するアナーキーな展開を用意したのは、監督が32歳、脚本家が26歳、プロデューサーも29歳とスタッフが若かったことも一因だろう。彼らが親の世代になったころから、いわゆる親と子の関係は以前よりずっと気安くなり、友達同士のようになっていったわけで、『小さな恋のメロディ』はまさにその過渡期の時代の作品なのだ。

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 この作品が当時のイギリスであまり受けが良くなかった理由は、子供の無垢な初恋物語という主題よりも、彼らが描いた身も蓋もない “現代大人像”が生々し過ぎたからなのかもしれない。両親が共働きで、より良い生活を求める見栄っ張りな母親が不甲斐ない夫に不満げなダニエルの家庭。一方、メロディの両親は最低限の保障がある現状に安住している。そして学校の先生たちは絵に描いたようなわからず屋の石頭ばかり。登場する大人たちはカリカチュアを交じえながら非常に現実的に、子供の視線で捉えたリアリティーは無邪気に描かれるのだが、同時に無意識の鋭い批評性を帯びていた。そして時が経つと、逆にそこが再評価につながり、1970年当時の社会を知る鍵的な役割も果たしている。昨年7月には英国映画協会(BFI)でフセイン監督、パーカー、レスターとダニエルの母を演じたシーラ・スティーフェルが参加したQ&Aが行われた。レスターは撮影を振り返り、「仕事というよりも、脚本も面白くて、演じるのが楽しかった。ビッグ・ホリデーだった。もちろんカメラの向こう側のスタッフたちにとっては大変な仕事だったと思うけど」と語った。

 初公開から45年経ち、劇中に登場した建物のいくつかは壊され、広大な空き地は再開発された。トムを演じたワイルドは2006年に口腔がんのため53歳の若さで亡くなった。メロディ役のハイドは女優を引退。そしてレスターはここ数年、マイケル・ジャクソンの遺児の生物学上の父親は自分だと語って世間を騒がせている。今とは違う服装や習慣、常識。今はもうない街の風景。そして、まっすぐで純粋無垢な心。大人になるとたまらなく懐かしい全てが、そこにはある。それだけで何にも代え難い作品だ。

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