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『巴里のアメリカ人』(1951年)監督:ヴィンセント・ミネリ 出演:ジーン・ケリー 第51回

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ジーン・ケリーの鮮やかなステップに魅了される『巴里のアメリカ人』
ジーン・ケリーの鮮やかなステップに魅了される『巴里のアメリカ人』 - (C)MGM / Photofest / ゲッティイメージズ

 1950年代、ハリウッド黄金期に最盛期を迎えたMGMのミュージカル。当時、トップスターとして名声は最高潮を極めていたジーン・ケリーの、ミュージカル映画史上に燦然と輝く『雨に唄えば』(1952)と並ぶ傑作とされているのが『巴里のアメリカ人』(1951)だ。(文・今祥枝)

【写真】ジーン・ケリーの最高傑作『巴里のアメリカ人』場面写真

 戦後、一人前の絵描きとして生計を立てるべく、パリにとどまったアメリカ人ジェリー(ジーン・ケリー)。ある日、同じアパートに住む浪人中のピアニストの友人アダム(オスカー・レヴァント)の友人で、有名な歌手アンリ(ジョルジュ・ゲタリ)と知り合い仲良くなる。一方、ジェリーは金持ちのミロ(ニナ・フォック)から支援者になると持ちかけられ、一緒にキャバレーに行った際に、愛らしいパリ娘リズ(レスリー・キャロン)に一目惚れ。謎の多いリズだが、2人はまもなく愛し合うようになる。だが、リズはアンリと内々に婚約していることを隠しており、戦争中に両親を亡くした自分を助けてくれたアンリに、深く恩義を感じており裏切れない。やがて事実を知った失意のジェリーとリズ、そしてアンリとジェリーに好意を抱くミロのもつれた関係は……。

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 物語は、なかなかに切ない恋愛模様でもあり、単純なボーイミーツガールもの、愉快で楽しいだけのミュージカルといったノリとは少し違う。ケリーの持ち前の明るいキャラクターが作品のトーンを数段明るくしているが、全体としてヨーロッパテイストが効いている(撮影はスタジオに44ものセットを作りパリの街を再現して行われた)。もちろん、完璧主義者として業界では知られたケリーの妥協のないダンスナンバーの数々が、本作の最大の魅力。同時にダンス、とりわけバレエとフランスの絵画、そしてガーシュウィンの音楽との大胆にして見事なまでの融合は、ミュージカル映画を芸術の域に引き上げたと称されるほど革新的でアーティスティックな世界観を作り上げている。

 ミュージカルナンバーは、ジョージ・ガーシュウィンのシンフォニックジャズ「パリのアメリカ人」をベースとして、ジョージと兄アイラが手がけた楽曲の数々を間にはさむスタイル。名ナンバーのオンパレードである本作において、厳選して解説することは至難の技ではあるが、以下に主だったナンバーを紹介していこう。

 まず、交響詩「パリのアメリカ人」からの軽快なテーマ曲に乗せて、パリの街の様子が映し出される。凱旋門やコンコルド広場といった世界の観光地から、主人公ジェリーが住んでいるセーヌ左岸の街並みへとカメラは移動する。画家モーリス・ユトリロを彷彿とさせる世界は、パリへの憧れを掻き立て、それだけでうきうきとした高揚感を覚える。当時のアメリカ人にとっても憧れの街であり、ケリー自身もヨーロッパ好みであった。いつの時代も、つくづくパリは花の都なんだなあと思う。

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 この冒頭のナレーション部分から、ケリー自身が登場する一連のシークエンスは流れるようだ。狭い部屋で目を覚まし、朝食にパンをかじりテーブルを整え、窓を開けて画板を見つめる一連の仕草は、とてもスムーズ。何気ない日常の動作は、まるで音楽を奏でるようでもある。この導入部分だけでもケリーのダンサーとしての才能、素晴らしさが見て取れる。

 そんなケリーの序盤の見せ場にして屈指の名ナンバーの一つが、「I Got Rhythm」だ。金持ちの支援者と出会い、立派な車に送られて帰宅すると、子供たちが集まってきて“英語”で話しかける。彼らの相手をしてアメリカの歌を教えるケリーは、もう踊り出したくて仕方がないといった感じで自然に体が動いてしまうようなエネルギーに満ちている。ここではタップを生かして、タイム・ステップ、シム・シャム、チャールストンと順に踊ってみせ、チューチュートレインや兵隊、ナポレオン、カウボーイ、チャップリンをタップダンスで表現しながら、ラストは華麗に回転するヒコーキを決めて鮮やか! 特別にステップが凝っているわけではないものの、歌とダンス、キャラクターが物語の世界にぴたりとハマった好例だろう。何より、子供たちを相手にしたケリーの生き生きとした表情の楽しそうなことといったら!

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 このシーンのエキストラの子供たちに対して、ケリーはなるべく自然な反応を引き出すように努めたというが、「I Got!(あるよ)」と合いの手を入れ、ダンスに歓声を上げる子供たちの感動は、まさしくホンモノ。ケリーは実家のダンス教室で子供たちに教えていた経験もあり、仕事には誰よりも厳しくとも休憩時間も子供たちの相手をしていたそうで、後年エキストラの兄妹がインタビューで、どれほどケリーが親しみやすい人だったかを語っているのを聞いて微笑ましく思ったものだ。本人も最も気に入っているナンバーの一つだと語っているが、ケリーの人間味あふれる優しさが胸を打つ珠玉のナンバーだ。

 片や、非常に難しいステップをさりげなく、しかしこれでもか! と見せつけるように披露しているのが、リズとの恋に浮かれまくるジェリーが胸のときめきを歌う「Tra-la-la」である。邪魔するなと不機嫌に歌うアダムと、上機嫌のジェリーの対比が楽しいこのナンバーでは、歌のデュエットからケリーのソロダンスに移行していく。非常に早いテンポで変調しながらケリーは見事なタップを披露するのだが、何が難しいといってピアノが置かれた狭い部屋の中で踊ること。ちょっと動いただけでもあちこちに体がぶつかりそうなところを、隙間を縫うようにしてスピーディかつ軽やかに、そしてケリーの特徴である重心をかなり低くしたスタイルで床や家具、壁に足をバシバシと叩きつけるようにして小気味よくタップを踏んでいく。力強く、躍動感にあふれ、これぞケリーの真骨頂といった感じ。

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 さて、本作ではケリーも含めてキャスト自身のキャラクターが、役柄やミュージカルナンバーにも如実に反映されている。異色の存在感を放っているのが、実際にピアニストで作曲家のオスカー・レヴァント。芸術家を描いた本作において、いかにも悩めるアーティストらしいのは、突出した個性を持つレヴァントが演じるアダムだろう。ちょっと神経質そうに見えて、ヘタウマ的な、どこか怒っているかのような表情にドスの効いた声色にも味がある。レヴァントはガーシュウィンの音楽にも強いこだわりがあり、例えば、ゲタリが中心となってケリーらと3人で歌う「By Strauss」は、ゲタリの正統派の美声を際立たせると同時に、3人が友人同士になったことが、台詞はなくともしっかりと伝わってくる楽しい一曲。だが、テンポを変えたり意に沿わないアレンジをすることをレヴァントが嫌がり、時には怒りをあらわにして難航したという。ケリーはトリオで歌ったり踊ったりすることを好んだが、才能も個性も違う3人をまとめるのはなかなかに大変な作業だったようだ。結果としては、とても楽しいナンバーに仕上がっている。

 しかし、そのこだわりが最高に生かされたのが、アダムが大舞台でオーケストラを従えてピアノを演奏する姿を夢見るシーンだ。レヴァントは、このシーンでどの曲を使うか日によって気分が変わってなかなか決まらなかったというが、最終的に選んだのは「Concerto in F」。レヴァント渾身のダイナミックな演奏も迫力があり、通常より20人近くも増員した“MGM交響楽団”の本領発揮といった感じ。加えて、気づくと指揮者もオーケストラも観客も、全員がレヴァントになっている演出が秀逸。これはレヴァントのアイディアで、実際に芸術家の頭の中、エゴを具現化するとこうなのだろうかと思わずにはいられない。もちろん、シーンが実現したのはミネリの卓越した演出手腕、確かな撮影技術があったからに他ならない。この時期のミネリとケリーのコラボレーションは、非常にうまくいっていたようだ。

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 さて、順番が前後するが、ヒロインを演じる新星キャロンは、本作における大きな発見だったに違いない。再会したアンリが、アダムにリズのことを「こんなに素晴らしい女性なんだ」と語るシーンで、キャロンは6パターンの女性像を、バレエを基調としたダンスで華麗にコミカルに演じ分ける。このナンバー「Embraceable You」は、キャロンの観客へのお披露目としてはこれ以上ないという趣向で、キャロンの陽気なキャラクターと、確かなダンスの実力を見せるにはうってつけの振付け&演出となっている。興味深いのは、発展家らしいキャラに露出の多い衣装で魅惑的にイスを使って踊るシーンが、検閲に引っかかり再撮影したというエピソード。これに対し、ケリーは読書好きで勤勉さを表すキャラで、全身を覆うぴったりした衣装で準備体操のようなゆっくりした動きで、キャロンが見事な開脚を見せる方が、ずっとセクシーだと語っている。映画を観れば、ケリーの言っていることが正しいのは一目瞭然である。

 ケリーは、ヒロインにはどうしてもMGMの既存のスターではなく、新人を使いたがった。当時のケリーの人気があればこそ通った話だろうとも思うが、これが大成功。ちょっと上を向いた鼻もキュートなキャロンの健康的な美貌と親しみやすさに、アメリカの観客が一目で心を奪われたのもうなずける。バレエダンサーを目指していたキャロンは、当時18歳で右も左もわからないままハリウッドへやってきて、この映画を撮ったというのだからすごい。実はキャロンは、戦争があったためアメリカの文化に触れる機会も少なく、ケリーのことも全く知らなかったという。映画の冒頭のナレーションでは、ジェリーは「1945年にG.I.を終えてそのまま居ついた」とあるのだが、現実的には当時のパリには、いまだ戦争の暗い影が残っていた時代であろう。余談だが、昨年トニー賞候補にもなったミュージカル版では、冒頭でそうした戦争の爪痕が割とはっきり描かれており、夢の都パリを描いた映画版よりもリアルで重い始まりとなっている。

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 それにしても、キャロンの陽性のキャラクターはケリーとの相性も抜群で、よくぞ見つけてきたというほかない。当時38歳のケリーと撮影中に19歳になったキャロンには親子ほどの年の差があるが、ここでケリーの演技力の素晴らしさを実感するのが「Love Is Here To Stay」である。個人的にはこのナンバーが大好きで、ケリーといえば明るく元気いっぱい、自ら労働階級のダンスと称した男らしさや親近感が最大の魅力だが、とてもロマンティックなところがあるスターでもある。リズへの愛を確信するジェリーは、セーヌ河畔(セット)で、リズに向かって「はっきりと愛の手応えがある」と優しく歌い始める。やがて手に手をとってダンスを踊るシーンは、まさに恋する2人の気持ちが言葉にせずとも共鳴し合っていることを伝えて胸がいっぱいになる。この時のケリーとキャロンが愛し合う恋人同士にしか見えないのは、ケリーの演技力あってこそだろう。

 その後、幸せの絶頂のアンリとリズとミロの間で悩むジェリーが、それぞれが話している最愛の女性が同一人物=リズであることを知らずに、お互いがリズを思いながら歌う「S’Wonderful」も名ナンバー。愛する人がいるだけでこの世は素晴らしいと歌う2人の男性の、なんとロマンティックで幸せそうなことか。同時に、いよいよリズの進退が極まってしまった状況を、この実にしゃれたナンバーで端的に物語っている場面でもある。これはミュージカルならではの演出の妙と言えるだろう。

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 ケリーとレヴァント、キャロンに比べると、ゲタリの個性はやや平凡ではあるが、その優雅で繊細な歌声は、ケリーが敬愛するフレッド・アステアの世界を彷彿させる。これも個人的に大好きなナンバーの一つで、1930年代を再現した「(I’ll Build a)Stairway to Paradise」ではシルクハットに燕尾服、ステッキを手にゴージャスな美女たちを従えて大階段を上り下りしながら歌うゲダリの優雅さ、粋でスマートな身のこなしに美声もよくマッチしている。ミュージカル映画のファンなら、いつ何時でもアステアへのオマージュを感じることは、この上もなくうれしいものだ。

 さて、主要なナンバーをざっと紹介してきたが、実は本作にはクランクイン時にはラストシーンが決まっていなかったという背景がある。ちょうどキャストの1人が病気になり撮影が3日間中断したことから、ケリーとミネリらはラストの方針を練り直すことができたという。怪我の功名というべきか、こうして決まったのが前代未聞の約20分にわたるダンスシーン「An American In Paris Ballet」だ。ジェリーとリズをめぐるもつれた4角関係は、どうなるのか!? といったところで、映画は台詞のないダンスシーンへとなだれ込むという大胆さ! アメリカの古典的ダンスとフランス的な装飾が一体化し、絵画の中にキャラクターたちが溶け込んで一体となり、ダンスを繰り広げながら物語を浮かび上がらせていくさまは圧巻である。

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 書き割りの背景が鮮やかに色づいていき、手前にいる半透明だったケリーが実態となり動き出すのと同時に、絵画の世界は躍動を始める。まずはコンコルド広場。トランペットやホルンの音が強調された楽曲からは、いかにも車のクラクションや市民などでごったがえす、やかましい都会の喧騒が伝わって来る。実際に、ガーシュウィンもパリの喧騒に驚いたのだろうか。頭に羽飾りのついた、赤や白など鮮やかな衣装を着た女性たちの色彩があふれかえる世界は、ラウル・デュフィが描いた絵画をイメージしたもの。続いて花売り場でバレエを披露するケリーとキャロンの美しいナンバーから、モーリス・ユトリロの世界へ迷いこんだような街路地を経て、兵隊たちとともにバスティーユ広場へと移動する。このシーンでの衣装の色彩や背景の植物の造形などは、アンリ・ルソーをイメージしたもの。この広場でのケリーのタップとキャロンのバレエを基調としたダンスの振付けの斬新さ、絶妙なバランスも素晴らしく息をのむ。

 ぐっと官能的なムードに変調して、シルエットから冒頭の噴水へ戻ってのダンスは艶やか(このシーンにもセクシーすぎると検閲が入った)。さらに、すべてが一つながりとなった大掛かりなセットを組んでいるので、各シーンへの移動は極めてスムーズで、絵画の世界が実在するかのような臨場感があり不思議な感覚を覚える。なめらかにカメラが寄り添うようなシークエンスのつなぎも見事で、このラストのダンスシーンの撮影監督を務めたジョン・アルトンの功績も忘れてはならないだろう。

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 一転して、夜の華やかでゴージャスに着飾った人々とともに踊るシーンの美術は、黄色を主体としている。これはゴッホをイメージしたもので、25種類もの黄色が使われており、スクリーンいっぱいに広がる黄色の濃淡のグラデーションは実に美しい。そして、映画公開当時、観客が歓声を上げて最も盛り上がったのが、道化師に扮したケリーとキャロンがフレンチカンカンの衣装を着て踊るロートレックの世界だ。ロートレックの絵画の中の道化師のポーズそのままに踊りながら一気に盛り上がりを見せ、怒濤のダンスは次第にクライマックスの噴水の場面へとエネルギーを爆発させていく。この時に感じる高揚感は言葉では言い表せないほど鮮烈で、圧倒的。イギリス映画『赤い靴』でも劇中のバレエとして20分近くにわたるバレエシーンがあるが、本作におけるラストのダンスシーンは、それとは全く違った意味合いを持っている。正直なところ、このアイディアに勝算があると考えたケリーとミネリらの大胆な発想には、ただただ感心するしかない。

 もともと本作の企画は、ジョージ・ガーシュウィンと兄アイラ・ガーシュウィンの音楽だけを使うことを条件に、ケリーをミュージカルスターに育てあげたプロデューサー、アーサー・フリードが権利を買い取ったことから始まった。フリードは、『踊る海賊』(1948)でもタッグを組んだミネリとケリーに企画を任せることにしたわけだが、当時、既に完璧主義者としてケリーの厳しさは業界でも有名だったことは先にも述べた。だが、『巴里のアメリカ人』はダンサーとして、アーティストとしてのケリーが、映画に関わるすべてにおいて、ほぼ妥協はゼロというほどの完璧さとクリエイティビティを発揮できた数少ない作品の一つと言える作品だろう。

 公開当初の評価は割れたようだ。だが、熱心な支持者も多く、何よりも観客に愛された本作は、結果として第24回アカデミー賞で作品賞を受賞したほか全7部門のノミネーションを獲得。うち6部門で受賞を果たした。ケリーはノミネートもされなかったが、名誉賞を受賞。これがケリーの生涯唯一のオスカーとなった。

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