身悶える恋情と語りの軽妙さがトリュフォー直系。

『仕立て屋の恋』『髪結いの亭主』の、フェティッシュでエロティックなルコントが戻ってきた。青年ザイツ(R.マッデン)の心の揺れを如実に表す一人称的キャメラ。ツンデレな駆け引きを弄しながらも彼にのめりこむ社長夫人(R.ホール)の恋情に付き従う音楽。彼女の弾く「悲愴」ソナタの甘美さが夫とザイツ双方に波紋を呼び、ザイツに至っては想い人の触れた鍵盤の匂いを嗅いで愉悦する。そんな忍びやかで繊細なドラマなのに、勿体ぶらずサクサク進行するのも洒脱。過去のルコントを知る者にとって結末はいささか拍子抜けするかもだが、S.ツヴァイク原作であるのを刻印するように、迫りくる時代の暗雲をワンシーン織りこんでいるのがいい。