己を知らぬ者に他者の痛みも苦しみも理解はできない

舞台はカッパドキア。ホテルを営む中年男アイドゥンは地元の名士であり、まるで悟りを開いた賢者のように振舞うが、実際は父親の莫大な遺産のおかげで今の地位がある。俳優として大成できなかった彼は、書物や脚本で覚えたような正論の鎧をまとって自己を正当化し、他人の欠点や過ちを蔑んで相手を悪者に仕立てる。だが、本人にはその自覚が全くない。ゆえに、他者の痛みや苦しみにも想像が及ばない。
本作はそんな彼が人生の黄昏時にしてようやく自己と向き合い、激しい葛藤を重ね、やがて再生していく姿を描く。3時間15分の長尺だが、澱みなき言葉の力と圧倒的な映像によって、最後まで観客をスクリーンに釘付けにする。稀有な作品だ。