ビニー/信じる男 (2016):映画短評
ビニー/信じる男 (2016)ライター2人の平均評価: 3
ボクシングもので実話ものだが、それだけではない
ボクシング映画で、実話に基づく映画ではあるが、一筋縄ではいかない。主人公ビニーは自分のやってきたことを振り返り、多数の人々に言われ続けてきた「それはそんなに単純なことじゃない」という言葉はウソだったと言う。そして、本当はすべてはとても単純なことなのだと言う。そういう性質の男が"単純であること"を実践する。それを描いたのが、この映画なのだ。
そういう物語を描くために、ボクシングというモチーフを選んだとしたらそれはおそらく正しい。ボクシングとは、極端に単純化すれば、人を殴ることであり、だからこそ見る者の動物的かつ原初的な何かに、揺さぶりをかけるものなのかもしれないのだから。
“不可能”を受け入れず、チャレンジした先に光が!
交通事故で頚椎を損傷したボクサーの奇跡的な復活自体が『情熱大陸』な展開だから、主人公ビニーへの共感度が高くなる。鍛え上げたマイルズ・テラーがチャレンジし続ける主人公を熱演している。意気がった青年役が多いせいか面構えもふてぶてしくなり、ビニー役がぴったり。スポ根ものだし、M・タイソンから解雇された酒浸りのトレーナーや恩着せがましい毒父、金に目のないプロモーター父子も絡んでボクシング界の裏事情を美化してないのがまたいい。トレーナー役のアーロン・エッカートの前頭部を本当に剃った役者魂にも胸を打たれた。復帰戦の観客席にドン・キングの姿があったのはベン・ヤンガー監督の英断! モデル料、支払ったかも。