『アイリッシュマン』裏社会の特異性を描くスコセッシの名人芸

第92回アカデミー賞

アイリッシュマン
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 マーティン・スコセッシは『グッドフェローズ』(1990)でアカデミー賞を受賞するべきだった……とは、映画ファンの間でしばしば語られること。彼に栄冠をもたらした『ディパーテッド』(2006)が劣っている、というワケではない。映画の比較は、そんなに簡単にできるものではないし、アカデミー賞自体、その年・その年の受賞傾向には流れがあり、案外気まぐれでもある。(文・相馬学)

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 それでも、映画史を縦に俯瞰したとき、『グッドフェローズ』をスコセッシの代表作に挙げるファンは少なくないだろう。筆者も同様だ。単純に米映画データベースサイトIMDbの点数を見ても、2020年1月の時点で同作は『ディパーテッド』より、また『タクシードライバー』(1976)や『レイジング・ブル』(1980)などの他のスコセッシ監督のノミネート作品よりも高いスコアをマークしている。

 前振りが長くなったが、『アイリッシュマン』を観て連想した作品は、まさに『グッドフェローズ』だ。実話に基づく話、犯罪の世界で生きてきた男の一代記、主人公のモノローグで進行するドラマ、ロバート・デ・ニーロジョー・ペシの共演などなど、共通項は多く見受けられる。デ・ニーロが『グッドフェローズ』で演じたギャングはアイルランド系だったが、本作の主人公も同様に“アイリッシュマン”だ。この主人公フランク・シーランはトラックドライバー組合のしがない地方委員長で、マフィアの下働きをするようになったことから裏社会でのし上がっていく。

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 ダークサイドのサクセスストーリーは進み、度胸を武器に汚れ仕事を引き受け、フランクは殺人さえいとわなくなった。一方で、ペシふんするマフィア、ラッセルや、アル・パチーノ演じる全米トラック運転手組合委員長ジミー・ホッファとの絆の逸話も語られる。暴力と友情が両立する裏社会の特異性を、サスペンスを交えつつ人間的な視線で描くスコセッシの名人芸。それは、バイオレンスが先立つこともあった『グッドフェローズ』に比べると、洗練されたように映る。

 しかし、サクセスには終わりがやってくる。『グッドフェローズ』は、主人公のその後の牢獄のような人生を示唆して終幕を迎えたが、『アイリッシュマン』の凄みは“その後”をちゃんと描いていることだ。フランクの暴力行為を幼い頃に目の当たりにした愛娘の存在が、主人公の人生に大きな影を落とす。フランクは何を得て、何を失ったのか? ドラマはシェイクスピア悲劇の無常観にも似た重いものを投げかけてくる。『グッドフェローズ』との違いは、そんなひと回り大きな重厚さにあり、同時にスコセッシの円熟を見ることができるのだ。

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 そういう意味では作品賞や監督賞の本命といわれるのは納得がいくし、応援したくなる。デ・ニーロが主演男優賞にノミネートされなかったのは残念だが、ペシとパチーノのダブル助演男優賞ノミネートもうれしいところ。ノミネート数の10という数字は『グッドフェローズ』の6部門、『ディパーテッド』の5部門を上回る。ちなみに、スコセッシ作品で最多ノミネートを記録したのは本作ではない。興味のある方は調べてみてほしい。

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