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『ランド・オブ・プレンティ』ヴィム・ヴェンダース単独インタビュー

取材・文:FLiXムービーサイト

『ベルリン・天使の詩』『ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』など、数々の名作を世に送り出してきたヴィム・ヴェンダースが、16日間という奇跡的な短さで一気に撮り上げた最高傑作『ランド・オブ・プレンティ』。全編を通じて、現代のアメリカに大きな疑問を投げかけるヴィム・ヴェンダースに映画のことや日本のことなどを語ってもらった。

■アイデア不足になったことは一度もない

Q:時間がない中で撮られた作品ですが、撮り始めたときからここまですばらしい作品になるという確信はありましたか?

わたしにとって今回の作品は冒険だった。そしてとても大きなリスクも背負っていた。でも、それは過去にも経験があることなんだ。『ランド・オブ・プレンティ』がすばらしい作品かどうかは、わたしが判断することではないよ。ただ、わたしなりにこの作品の出来にはとても満足しているんだ。

Q:次々と出てくるアイデアは、いったいどこから湧いてくるのでしょう?

わたしは、いままで自分がアイデア不足であると感じたことは一度もないんだ。普通に映画を作ると1年から2年……もしくはそれ以上はかかる。でも、そんなに時間をかけても多くのフィルムを編集で捨てなければならず、それは多くのアイデアを捨ててしまうと同じことなんだ。それは、わたしにとっては何よりもつらいこと。しかし今回は、まるでプレゼントのようにわたしの目の前に映画を撮るために必要な短い時間が現れ、アイデアもどんどん出てきた。何も捨てる必要がなかったんだよ。

■9・11で世界は変わった

Q:この映画のテーマである、9・11が起きた時からこの映画の構想はあったのでしょうか?

そんなことはないよ。でも、あの事件はわたしたち、世界中の人たちすべての何かを変えた。それは確かなことだ。あの事件を乗り越えるにはもっとたくさんの映画を作らなければならないね。

Q:9・11のほかにあなたにとって象徴的な出来事は?

ベルリンの壁の崩壊はわたしにとって衝撃的だったよ。あの衝撃は一生忘れられないな。でも。9・11とは違って苦痛な出来事ではないからね。

■原爆投下の1週間後に生まれた

Q:ドイツも日本も、同じ敗戦国です。第二次世界大戦で勝利した国と敗戦した国、それぞれ何を学んだと思いますか?

わたしは長崎と広島の原爆投下の1週間後に生まれたんだ。わたしは誕生日が来る数日前と後に毎年、悲しい思いでいっぱいになる。戦争の勝者と戦争の敗者の両方が1つの大きい教訓を学ぶべきだと思う。それはどんな場合でも戦争は避けるべきなのだということだ。アメリカがイラクに侵入するとき、ドイツに出兵要請し、ドイツ政府はそれを拒否したが、わたしはそれをとても誇りに思っている。戦争は決して正当化されないことなんだよ。

■日本に来ないと何か大切なものを失った気に……

Q:『東京画』から20年、いまの日本はどうですか?

1977年から毎年、必ず1回は日本に来ているんだ。もし、わたしがしばらくの間、東京にも大阪にも行けないとしたら、人生の中で何か大切なものを失ったように感じるぐらい日本はわたしの中では大きな存在なんだ。あと、わたしはパチンコをするのが好きなんだ。 誰かが、このゲームは第二次世界大戦の後に敗北で苦労した多くの日本人の痛みの感覚を失わせるために発明したと言っていて、それを聞いてパチンコがとても愛しくなったよ。わたしは提案するよ。世界の軍隊が戦争をするかわりにパチンコをしたらどうだろうか?

Q:この映画を観たまわりの人の反応は?

アメリカではまだ公開されていないんだ。10月の中旬、ニューヨークで上映されることが決まっている。数人の観客に試写で観てもらったけど、彼らは非常に心を動かされたようだった。アメリカ人がこの作品を観ることは重要だよ。何かが彼らの中で起こるのが、わたしには分かるんだ。

『ランド・オブ・プレンティ』は10月22日よりシネカノンほか全国で公開。

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