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佐野史郎
『太陽』
『太陽』佐野史郎単独インタビュー

取材・文:渥美志保 写真:シネマトゥデイ

昭和天皇を主人公に描いた人間ドラマ『太陽』。神とあがめられた天皇が、終戦から「人間宣言」へ至るまでの苦悩と孤独を詩的なタッチで映し出している。第55回ベルリン国際映画祭をはじめ、世界中から称賛されている作品だ。イッセー尾形、桃井かおりという個性派俳優とともに天皇の侍従長役を演じた佐野史郎に話を聞いた。

■繊細な巨匠の作品に出演した、乱暴な(!)日本人俳優

ロシアの巨匠アレクサンドル・ソクーロフが第二次大戦の全面降伏前後のエピソードを描いた『太陽』。日本の実力派俳優が多く出演するこの話題作で、天皇の侍従長という重要な役を演じているのが佐野史郎だ。世界的な監督の作品のオーディション参加には「うわぁ、すげえ」と舞い上がったものの、出会う前の互いの印象にはなにやら微妙なものがあったらしい。

「僕はふてぶてしくて野太い作品が好き。観客として見ると、ソクーロフ作品はあまりに繊細で。このか細い神経に付き合ってたら、こっちがやられちゃうと思いました。これは後から聞いたんですが、プロフィールを見た時点では、監督も僕のことをぜんぜん気に入ってなかったようで(笑)。この人は意志のある人だから、何か分からないものを探っていくというデリケートな作品には向かないって――まあ僕の乱暴さがバレちゃっていたんですね(笑)」

■阿佐ヶ谷のガマガエルに導かれたオーディション

オーディションは、唐十郎の劇団「状況劇場」時代になじみのあった阿佐ヶ谷の、とある劇場の地下。当初の印象とは裏腹に「最初から侍従長だった」と監督に言わしめた出会いには、ちょっとしたロマンティックな(?)ドラマがあったようだ。

「階段を下りると監督がいらして、僕は靴を脱いでスリッパを履いたんです。そうしたら左のつま先に何かがあたる。なんだこれと思ってつまみ出したら、でっかいガマガエル(笑)。これは何の暗示だろう、何を案内してるんだろうって、自分の中でドラマが始まったわけです。劇団時代なら、唐さん(唐 十郎/演出家)に“スリッパのカエルの意味は何だ?”って問いただされそうな場面ですよ。そういうことを考えるのが役者の仕事だと教えられてきましたから、ここでも自問自答したわけです」

出てきた答えは「異世界に導いてくれる、醜いけれど気高い案内人」。だが役者として参加したはずのこの作品がどんなに大変な仕事になるか、もちろんこの時点の佐野が知る由もない。

■スクリーンの外では、ソクーロフ監督の“侍従長”だった?

佐野がそれを感じ始めたのは、ロシア語から日本語に“直訳”された脚本を受け取った時かもしれない。題材が題材だけに制作サイドが見込んでいた日本からの出資がかなわず、日本語版の脚本家を用意できなかったのだ。こりゃあマズイだろと思った佐野は、まず自らが演じるシーンの日本語に書き換えた。最初から世界に向けて作られた巨匠の作品を、日本を代表して背負っているんだから――自負と中途半端が許せないその性格とで、最終的には作品全体の日本語をチェックするハメになる。劇中では天皇の侍従長役だが、現場でも監督の“侍従長”になってしまったのだ。

「まあ決定的に一線越えたなと思ったのは、マッカーサーの副官役の吹き替えを引き受けたときです。俳優さんのロシア訛りの英語を日本語英語にアフレコしてくれないかと撮影中に相談されて。僕、英語できませんって断ったんですけど、まあ結局。撮影の後もそんなこんなでロシアに計3回通ったかな。侍従長と副官が話しているシーンもあって、やってる最中に自分自身どっちがしゃべっているのか分かんなくなったりして(笑)。それもまあ監督の狙いで、副官と侍従長、日本とアメリカの関係をロシアのまなざしで切り取るという意味でも面白かったかな?」

■喜びと恐れ、もどかしさと幸福感……久しぶりに恋に落ちた映画

ロシアでの撮影はソ連時代からある、由緒正しい「レン・フィルム」。スタジオはいろんな意味で年季が入り、スタッフもこの道50年というベテランを筆頭に、筋金入りの方たちばかりである。ただ、ものづくりに対する熱意と邪心のなさには、かつて自分が神聖なる撮影所に抱いていた喜びや恐れのような気持ちが「ど真ん中で」甦(よみがえ)った。心地よい緊張感と幸福感に包まれながら入った撮影もまた、恋愛のような幸福で甘美な体験だったという。

「初日は監督に言われて、衣装つけてメイクして、セットの中をカメラを回さずに一日中歩き回るだけ。そうやって芝居作りをはじめるんです。言葉が通じないから、レンズを通して、どうやってそこに存在するかっていうことしか、コミュニケーションの方法がないんですよ。これがいい。これが映画だなあと。いい映画の撮影は、作品との恋愛関係を作っていくみたいな感じなんですね」

■笑いのある娯楽作

そうやってできあがった『太陽』は、これまでのソクーロフ作品とは違う、笑いの多い作品になっている。脚本のニュアンスを作った日本人俳優たちのアドリブ……かと思いきや、実はすべて脚本どおり。主演のイッセー尾形の味、奇妙な会話、ズレたタイミングなど、絶妙だ。最も笑えるシーンの一つでは、監督からの指示は「ワンカットで好きにやってください」。佐野が持っていた繊細すぎる監督という当初の印象は崩れ、むしろ野太ささえ感じはじめたという。それは深刻なテーマに笑いを持ち込む、ある種の心の余裕といえるかもしれない。

「描かれているのは深刻な物語なんだけど、それをどこか救ってくれるような映画だと思うんですよね。魚の爆撃機が小魚の爆弾で東京を爆撃するという場面なんか、そういう意味ですごく象徴的かもしれない。悲惨な現実を救ってくれるファンタジーかもしれません。この映画を見ることによって、誰もが、人種や国の争いはホントに愚かで、われわれは何を争っているのだろうかと思えるような、救いの映画になることを祈っています」

『太陽』は8月5日より銀座シネパトスほかにて公開。

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