シネマトゥデイ

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こはたあつこのうわさの現場潜入ルポ
あっと驚く! ビニール観客の巻

「取材・文・写真:こはたあつこ」
なに~~~!? あの『ロッキー・ザ・ファイナル』や『ミリオンダラー・ベイビー』のボクシングの観戦シーンは“ビニール観客”を使ったですって!?
 
なんじゃい、“ビニール観客”って!?
 
この話を映画関係者の知り合いから聞いたとたん、わたしの体は大きなハテナ・マークと化した。観客がビニールで出来ているなんて、一体どういうことなんだろう。想像もつかない。こうなったら、この目で確かめるしかないと、さっそくビニール観客専門の会社を探し出し、その撮影現場に潜入!
人間じゃない!? そこにいたのはビニール人形だった!!
「カリフォルニア州立大学ロングビーチ校にあるピラミッド型のアリーナ。ただ今ここで、劇作家・演出家として有名なある監督の最新作の撮影が行われている真っ最中だ。
 
そして、ここで、ビニール観客専門の会社「Inflatable Crowd Company」の代表、ジョー・ビッグス氏と会う約束になっている。
 
アリーナの真ん中には、スポットライトで照らされた対戦リング。その回りを薄暗い観客席が囲む。で、暗くてよく見えないが、その席の一面が、観客で埋められている。
 
でも、何か変。これだけの観客がいるのに、とっても静かなのだ。
 
どんどん近づいてみて、ぎょっ、ぎょっ!!
 
に、に、人間じゃない!! 顔の表情か描かれた仮面とカツラをつけ、人間の服を着た、「ビニール人形」なのだ!!! しかも、胴体だけで、腰から下は無い!
 
薄暗いアリーナの中、黙ってリングを見つめるビニール観客の光景は、まるでホラー映画……。
 
……と、突然、観客席からニコニコしながら歩いてくる男性がいた。彼がジョー・ビギンズ氏(35歳)だ。
 
「ハーイ、びっくりしたでしょう?」とさわやかに話しかけてきた。
ジョーさんのひらめきによって生まれた会社
2003年にジョーが設立したこの会社、これまでに手がけた映画のリストがすごい。冒頭に書いた2作品以外にも、『オーシャンズ13』『プレステージ』『スパイダーマン3』『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』『SAYURI』『ミリオンダラー・ベイビー』『シンデレラマン』『オペラ座の怪人』『シービスケット』と、長編映画だけでも50作品を超える。
 
「この会社を始めたそもそものきっかけは?」と聞くと、照れながら語り始めるジョー。
 
「僕はなぜか問題解決が得意みたいなんですよ。だから、映画制作のスタッフをしていたころは、そうゆう仕事ばかりふられていました。」
 
そして、ことの発端は、2003年に『シービスケット』のスタッフとして働いていたジョーが、上司から「競馬のレースシーンの観客のショットのコストを下げる方法を考えてほしい」と頼まれたこと。
 
そのとき、ジョーは考えた。
 
群集に一人一人エキストラを使うと、当然コストは上がる。でも、当時、その代わりとして使われていたボール紙人形(ボール紙に人間の絵を描いたもの)を使うと、カメラが横に回ったときに、観客が平べったく写ってしまう。では、マネキンはどうか。いや、それは一体一体が重いので、郵送するときのコストが高くつく。立体的に写り、しかも軽いものはないか。
 
そう考えていくうちに、空気を入れて膨らますビニール人形にたどり着いたそうだ。
 
それからは、中国で安く作ってくれるところを探し出し、試行錯誤の上、現在のプロトタイプを生み出す。
 
今では、映画のスタッフとしての仕事は辞め、こちらの会社のほうが本業。多くのプロダクションから引っ張りだこのジョーは5人の若いスタッフを抱えている。
 
「スタッフにとっても恵まれているんですよ」とうれしそうに語るジョー。その表情に、彼の人柄の良さがにじみ出ていた。
『硫黄島からの手紙』の兵士の死体もビニール人形!
「この仕事で一番大変なのは?」と聞いてみると、「天候かな・・・」という答が返ってくる。
 
そう。この仕事は野外での作業も多い。でも天候や気候は気まぐれ。
 
雨、風、猛暑、寒さ、竜巻。
 
たとえば、何千体という数の人形を座らせた後に、竜巻の予報が! 明日の撮影までに人形が飛ばされないように保たなければならない。
 
突風が吹き始めるなか、必死で、ビニール人形を一体一体、観客席にテープで貼り付けたことも。また、40度近い猛暑の中で、すでに座らせたたくさんの人形を、今度は次のアングルの観客席を埋めるため、一体一体運ばなければならない。それも日光の関係でスピードが要求されるため、走りながらの作業になる。
 
また、彼ら一体一体にカツラ、マスク、服を着せる作業もある。
 
体力のいる仕事だ。どうりで、彼を支える5人のスタッフは、皆、若い男性なはず。
 
一番大変だったけれど、満足度の高かった仕事は、クリント・イーストウッド監督の『父親達の星条旗』『硫黄島からの手紙』なのだそうだ。
 
実は、硫黄島ではなく、アイスランドの海岸沿いで行われた兵士たちのシーン。そのとき、死体のビニール人形を、何体も何体も、水際に運んだそうだ。アイスランドだから異常に寒いし、しかも、水際でびしょぬれになりながらの作業。毎晩宿に戻ると、靴も脱げないほど、体がかじかんでしまったそう。
 
「でも、すばらしい映画に関われて、大満足」と本当にうれしそうに語るジョー。映画制作に関われることが、とても幸せ」と語る通り、本当に映画が好きなんだなあと、彼の思いが伝わってくる。
Inflatable Crowd Company の社長、ジョー・ビギンズ氏。なかなかのハンサム! しかも独身!
不気味なビニール人形たち。
ここで、劇作家・演出家として有名なある監督の最新作の撮影が行われていた。観客がビニール人形だとはほぼわからない。
撮影現場に待機するビニール人形たち。本物のエキストラと違って、文句も言わない。
ビニール人形とスタッフたち。皆気さくな人ばかり。
この建物の中で、観戦シーンの撮影が行われていた。通称ブルー・ピラミッド。
『ロッキー・ザ・ファイナル』の観戦シーン。3,200体のビニール人形。本物のエキストラを前方に座らせるなどしてリアル感を出している。
『ミリオンダラー・ベイビー』の観戦シーン。前方に座っているのは、本物のエキストラ。このように、本物のエキストラとビニール人形を組み合わせて、リアル感を出している。
『シンデレラマン』のボクシング試合の観客。ビニール人形4,000体。
『硫黄島からの手紙』『父親達の星条旗』のロケ地で使われたビニール兵士。
服を着せられる前のビニール人形たち。
『硫黄島からの手紙』『父親達の星条旗』のロケ地に立つジョー・ビギンズ氏。
『硫黄島からの手紙』『父親達の星条旗』で使われたビニール兵士たち。後ろ姿だけだと、ほとんど人形と分からない。
ツキを呼ぶ人の顔
もともと、「問題解決のプロ」として始まったこの仕事。初めからビニール人形の会社を目指していたわけではない。映画の製作スタッフとして、「なんとかコストを下げる方法はないか」と考えた結果、こういう形になったまで。
 
では、そんなジョーに難問をふりかけてみよう。
 
「現在、映画界ではCGが色々なシーンで使われていますよね。もうしばらくすると、観客もすべてCGになってしまうのでは? そうなると、この会社は危なくないですか?」
 
すると、彼は大きくうなづく。  
「もちろんです。でも、実は、すべての観客をCGにすると、これまたコストが高くなってしまう。だから、今、ビニール人形とCGを組み合わせたパッケージを提供しようと、CG会社と提携する方向で話しを進めている最中。」
 
また、こうも付け加える。
 
「もともとの発想は、なるたけ安く、製作の手助けをしたいということなので、それができなければ、この会社を使ってもらう意味がなくなってしまう。」
 
さすが問題解決のプロ。しかも、人柄もいいし、一生懸命だし。なぜこの会社がこんなに引っ張りだこなのか、よーく分かりました。
 
最後に、この業界で生き残るコツを教えてもらった。
 
「映画が好きなことと、一生懸命に働くこと。何か一つのことに成功しても、それに満足しないで、常にその上を目指すこと。この世界はどんどん新しい発想や方法が出てくるから。」
 
そんな彼は、「日本やアジアからの仕事もぜひやってみたい」と、さわやかな意欲を見せる。
 
いかがでしょう。コストを下げたい製作会社の皆さん。アメリカでの撮影の際は、ジョーさんの会社にコンタクトをとってみてはいかが?
 
The Inflatable Crowd Company
http://www.inflatablecrowd.com/
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