シネマトゥデイ

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interview from new york
3月31日、映画業界に波紋が起きた。4月12日に公開を予定していた映画『靖国 YASUKUNI』を相次ぐ上映自粛から、公開を断念せざるを得ないと配給元が発表したのだ。その後、ジャーナリストを中心とした上映中止に抗議する会が開かれるなど、表現の自由や行き過ぎた自粛ということに対しての議論が各所でなされることになった。現段階では5月のはじめから東京を含む全国数か所で公開されることが決まっているが、シネマトゥデイでは一度公開されることになっていた映画が何かわからない力によって公開中止になったという事実を重く受け止め、シネマトゥデイで執筆いただいているライターの皆様に映画を観ての感想と上映中止について思うことを文章にしていただいた。
 『靖国 YASUKUNI』上映中止に至る経緯(配給側の発表)


作品情報はこちら


映画『靖国 YASUKUNI』
監督・撮影・編集: リ・イン
キャスト:刈谷直治 ほか
上映時間: 2時間3分
配給: ナインエンタテインメント
35ミリ/カラー/アメリカンビスタ/ステレオ

2月12日文化庁より映画『靖国 YASUKUNI』の宣伝協力を行うアルゴ・ピクチャーズに、ある国会議員がこの映画にいい印象を持っておらず、確認のため観たがっていると連絡がある。
2月14日文化庁より再び連絡あり。試写会をするためフィルムを貸し出すよう要請がある。目的がわからない上、マスコミ試写中でもあるのでこの申し出を断る。

2月22日

文化庁より再び連絡あり、映画を観たがっているのは稲田朋美衆院議員と伝統と創造の会であると説明がある。
2月28日文化庁へ配給元が出向き話し合い。試写会をするのであれば、特定の政党の議員だけではなく、いろいろな政党の方に声をかけて観ていただきたい、と申し出る。
3月9日朝日新聞の社会面に議員試写会が開催される旨が掲載される。
3月12日議員試写会が開催される。
3月15日靖国 YASUKUNI』上映予定の新宿バルト9より「社会的な問題が大きくなりすぎているので上映を中止したい」と申し出がある。
3月20日映画館、銀座シネパトス前に街宣車が現れる。
3月22日再び街宣車が現れる。
3月26日銀座シネパトスから上映を中止にしたい旨申し出がある。
3月27日

渋谷Qアックス、上映中止を決める 。

3月28日六本木シネマート、上映中止を決める。
3月31日配給元、4月12日に予定していた上映の中止を決定
文・中山治美 
  作品の出来に言及すると、大絶賛! とは言えない。”靖国神社のご神体は日本刀である”という事実を物語る上で現役最後の刀匠にインタビューしているが、だいぶ以前に撮ったのか李監督の日本語はまだつたなく、突っ込みも甘い。ただ、靖国神社で日々起きる事件を追ったエキサイティングな映像にはくぎ付けとなった。日ごろのニュースでは、現役首相の靖国参拝の賛否ぐらいしか報じられないが、旧日本軍の軍服を着て厳かに参拝する一団、その中に無謀にも星条旗を掲げてやって来て罵倒を浴びせられる「?」な米国人、合祀されている遺骨返還を求めてデモをする韓国・台湾の遺族たちなどを写し出して行く。靖国問題の大きさを再認識させる絶好の機会として、本作品が製作された意義は大きい。

 デンマークの新聞社がムハンマドの風刺画を掲載した際、イスラム各国で暴動を起こしている者のほとんどが、その実物を見てなかった--。「靖国」中止問題を聞いた時、そんなドキュメンタリー番組の事を思い出した。公開中止の唱える人のほとんどが、「靖国」を見てないはずだ。いずれも、ある人たちにとっては中身以前にタブーを扱った事そのものが問題なのだ。だが、なぜタブーなのか? その理由すら、分からない人も多いのではないだろうか? だからこそ、日本人ではまず触れる事すら躊躇してしまう、このドキュメンタリーに挑んだ李監督の「靖国」公開は私たちにとってもタブーを知る良い機会だ。そもそも昨今の日本映画は製作委員会方式が主流で、出資者の首を絞めるような毒は排除され、薄っぺらい感動作やファミリー映画ばかり。今回の騒動が、こうした悪しき日本映画の流れを助長させることのないように祈りたい。

 

文・斉藤博昭 
 ドキュメンタリー映画にとって、ここまで騒がれたことが、いい結果につながると信じたい。確かに、映画を観ていない人による反発や、マスコミに報道されれば「検閲」と思われても仕方のない議員試写会は、公開までの過程としてハンデとなったかもしれない。でも、この騒動によって、おそらく何十倍、何百倍という人々が作品に興味を示すことになったのは事実で、勇気ある劇場がさらに広がれば、多くの人が観に行くことになるだろう。これから観る自分も含め、中国人の監督が靖国をどう見つめたのかを、冷静に受け止めて、それぞれの思想や感情で咀嚼すればいいと思う。本作を「反日」と批判した記事もあったと聞くが、そもそも「反日」とはどういう視点を言うのか、そして「反」とされる側の「日本」のアイデンティティとは何か? そもそもアイデンティティは必要か? そこまで観る人に突きつけられたとき、この騒動も映画にとって意味のあるものになると思う。
文・柴田メグミ 

  上映自粛、ないしは中止を決めた劇場について、「抗議電話くらいで上映を中止するというのは情けない」との声もあるけれど、それは違う気がする。当初、上映を予定していた劇場は小規模なクラスばかり。少ないスタッフで運営している劇場にとって、電話の応対だけでも、相当な負担になったはずだ。周囲に何もない立地ならともかく、街宣車による抗議活動など、近隣や観客に迷惑がかかることを回避するのも、当然ではないだろうか。上映自粛/中止せざるを得なかった劇場サイドにとっても、予定していた作品の突然の変更は、番組編成上、大変な事態だったに違いない。そのひとつ、シネマートの公式HP上の経緯説明を読めば、上映を望んだ、劇場のつらい立場や心残りが窺える。くだんの劇場もまた、今回の騒動の被害者だということを理解すべきだと思う。

 

文・平野敦子 

  これまでも靖国問題は何度もメディアに登場しているので、われわれはそのことについてつい知っているような気になっている。だが、毎年8月15日に靖国神社に集う人々が何を思い、実際にそこで何が行われているのかということを知る人は少ない。われわれ日本人にとって、良くも悪くもその世界を“知る”ことは、戦後60年以上たった今もまだ終わらぬ戦争の生々しい傷跡に触れ、真実の平和の意味を問いかけることに他ならない。これは使い古された言葉ではあるけれど、われわれには“言論の自由”が保障されている。だからこそ中国人である李纓監督は、物議をかもすであろう“靖国問題”について10年もの歳月を費やしてに取り組んできた。だが、その権利が侵害されようとしている。これだけ話題になったのだから大ヒット間違いなしのはずなのに、なぜか遅々としてその劇場公開への歩みは進まない。そのことがこの映画を観たいと願う人々をいら立たせる。観て何を思い、何を感じるかは人それぞれである。まずは映画を観ないことには始まらない。

 

文・杉浦真夕 
  はじめにお断りしておくが、私は、表現の自由は何があっても守られるべきだと考えている。また、賛否両論の作品に関しては、自分の目で確かめることを信条にしている。だから、映画『靖国YASUKUNI』は上映して欲しい。 だが、その前に、気になる問題がある。出演者の1人が「制作の意図を知らなかった。出演シーンを削除して欲しい」と訴えていることだ。一方、監督自身は「出演者には了承を得ている」と発言している。この食い違いは、どこから生じているものなのか。 出演者本人が納得しない形で、作品の中に登場させられているのなら、見過ごすわけにはいかない。ドキュメンタリーに「演出」は必要だが、「ヤラセ」はあってはならない。 例えば、あなたが映画を観に行ったと仮定しよう。好みに合わないつまらない作品で、あまりの退屈さにアクビが出てしまい、涙が流れ落ちたとする。その瞬間の映像を「感動の涙があふれる最高の映画!」として宣伝に使われたら、どう思うだろうか。 この問題を明確にした上で、ぜひ、映画『靖国YASUKUNI』を上映してもらいたいと、心から願っている。
文・高山亜紀 
  一個人の意見で恐縮ですが、どんな題材を選んで映画を作ろうが自由であり、当然、 その映画に対して、けしからんと言うのも自由だと思います。けれど、けしからんか らと言って、その映画を上映中止に追い込む権利は誰にもないし、むしろ、それは犯 罪でしょう。今回の上映中止騒動が結果的に宣伝効果になってよかったのではという 人もいるけれど、このような悪しき前例を作ってしまったことが大問題だし、今後の ことが大いに不安です。
シネマトゥデイ編集部・下村麻美 
  映像にナレーションが一切ないため、ドキュメンタリーとして客観的に映像を観ることができた。突然星条旗を持って靖国神社に現れたアメリカ人や、そのアメリカ人に困惑しながらも話しかける人々、たった一人で日本兵の格好をして現れ日本刀を振り回す人、さらに血だらけになりながら抗議する右翼の青年など、一見、滑稽に見える人たちが命がけでパフォーマンスをする姿はとてつもないエネルギーを感じ、否が応でもその人たちの向き合っている「靖国」というものはいったい何なのかと考えさせられた。中国人監督だからこそ作ることができた映画で、いまの日本の監督には多分作れなかった作品だろう。


 つい先日も問題になったプリンスホテルでの集会をホテル側が断ってきたことなども含め、常に問題が起きないようにと先回りして自粛活動に走る傾向の昨今。自分も含め、その日本人の軟弱さが悲しい。そんな日本に表現の自由を堂々と謳える明るい未来は見えない。今回の上映中止は政治的圧力にしろ、右翼の圧力にしろ映画にかかわる人にとって大問題。なぜ上映が中止になったのか真剣に考える必要があると思う。


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