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松田翔太、高良健吾、安藤サクラ
『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』
他人にはとうてい理解できないような感覚を共有した
『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』松田翔太、高良健吾、安藤サクラ 単独インタビュー

取材・文:鴇田崇 写真:吉岡希鼓斗

次世代を担う俳優として業界内外で高い人気を誇る松田翔太を筆頭に、『ソラニン』の高良健吾、『愛のむきだし』の安藤サクラという、旬の若手キャスト3人が共演した映画『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』。劣悪な環境で生きる二人の若者が街でナンパした少女を連れ、生きる場所を探してさまよい続けるロードムービー仕立ての青春ストーリーだ。そんな彼らの怒りや憤りを、痛みを伴うようなリアルな演技で体現した3人が、絶望的でも、きらめくような輝きを放っていた旅路と、それを過ごした時間について振り返ってくれた。

■皆同じ価値観を共有し、同じ方向を見ていた、共に過ごした幸福な時間

Q:皆さん、この作品に対しての思い入れが相当強いと聞いています。

松田:とても共感できる部分が多かったので……というか、映画の世界観が体に染み込んでいった感じですね。何より現場が楽しかった。それは撮影をしているからとか、笑い話が多かったからとか、そういうことじゃなくて、ストーリーの中にいることが、すごく幸せでした。この作品にかかわっていたことそのものが、幸福な時間だったような気がしています。

高良:脚本を読んでいるときにどこそこに惹(ひ)かれた、ということよりは、ただシンプルにこの映画に出たい、この映画の中で演技をしたいと思いました。それはどこに共感したとかではなくて、ケンタ君とジュンとカヨちゃん、この3人がいる、その中だけでの世界を僕が好きになったからですね。現場は本当に幸せな時間で、楽しかったです。いつも素直に感動していました。

安藤:わたしも脚本をいただいて、何に共感したということは……具体的にはよくわからない。なかったかもしれないです。とにかく気持ちが良かった。気持ちがいいというか、快感(笑)。

松田:自分がいたい場所、会いたい人というのが、すべてそこにあったような感覚でしたね。

Q:会いたい人というのは、ケンタとジュンとカヨちゃんというキャラクターのことですか?

松田:映画人というか、この映画にかかわったすべての人たちのことですね。なかなか体験できる現場ではなかったと思います。いろいろな現場があるので比べられないですが、制作チームや監督、プロデューサーたち、健吾やサクラちゃんも含め、僕らは、僕らが考えている映画の芸術性や世界観について、皆同じ方向を見ていました。それだけでも全然違いますからね。

■本当に旅をしていたからこそのリアルが、映画の中にすべて出ている

Q:今回の旅路を経て、同じ職業の俳優としてスゴいなと感じさせられた点はどこでしょう?

松田:すごいとか、すごくないとか、簡単なことでは表わせない感じでした。例えば、今まで二人が生きてきた、って言ったら大げさかも知れないけれど、それぐらいでかいことで、いろいろなことを感じてきて、いろいろなことを思ってきた。その感性が素晴らしいと思うし、その中で生まれるストレスや喜びというものをちゃんと感じてきているから、それが映画に出ていると思います。だから、言ってみれば、すべて、全部がすごいというか、存在自体が素晴らしい。だから今回、会えてよかったです。

高良:確かに今、翔太君のその言葉を聞くと、本当にその通りだと思いました。簡単に言葉でどこがすごいとか言えないし、きりがないような気がします。すごいと思うところはたくさんあり過ぎますし、僕にはない、尊敬する部分もたくさんあります。皆すてきです!

松田:テクニカルなことではないんですよね。だからなんとも言えないというか(笑)。それは僕らがそう感じていただけのことで、例えばサクラちゃんの最後のシーンなどは、技術でやっているとは思えないから。それはやっぱり思いというものがあるからだと思います。

安藤:俳優としてどうのこうのではなくて、そういうことでは全然なく、ただ、ただ、わたしが今撮影を振り返ってみて思い出すだけでもあの時、あの時のわたしたちは、この3人であの空間に本当にすてきな状態でいられたことが、本当に幸せに思います。そう思い出されますね。

Q:3人にしかわからない3人の生きざまが演技に表出しているようなイメージでしょうか。

松田:たぶん3人ではわかっていることなんですよね(笑)。

安藤:何がすごいとか、そういうことではなく、一緒の時間を過ごしたことで本当に感じることができたことがある。そういった、言葉では表わせないような思いですね。

高良:確かに3人が同じことを感じていたと思いますね。

松田:それが、僕らが旅した結果なんですよね。旅をした中に何かがあって、それを得た。得るものがあって、それが映画になったわけですが、この映画の中に僕らはいた。僕らが役の中に入っていて、そういう気持ちの中で生まれてくる幸福だったり、つらさだったりを体の中にすごく感じていて、本当にリアルだったんですね。本当に自分たちがそう思っているような……本当にそう思っていたと思います。現場でただ楽しかったということじゃなくて、えらい旅しちゃったなって感じなんですよね(笑)。夢に出てくるようなね。

安藤:そう、なんかね。今思い返しても、すべてをとてもリアルに感じるんだけれど、それは現実ではないような感覚です。

松田:旅そのものが夢みたいだったんですよ。本当にリアルに旅していましたから。もちろん、役を離れてご飯を食べたりもしていたけれど、でも、それよりも役の中に入って、ストーリーの中に存在していたときの方がインパクトが強かったというか、ずっとそういう生活をしていたんじゃないかっていうぐらい、気持ちが残っているんですよね。だからヘンな感じです(笑)。

■他人には理解できない、感情や思いだけでリンクする掛け替えのない関係

Q:今でもあの3人の関係が続いているような錯覚を起こしそうな距離感を感じます。

松田:僕らは、僕らにしかわからない間があって、他人にはとうてい理解しえっこないような感覚を共有したんですよ。それはシンプルに感情だけで、思いということだけですごくリンクしていたと思います。

高良:高良何かがきっかけで共有したということではなくて、確実に生きていたからだと思いますね。

松田:同じ感情で同じモノを見ようとした。同じストレスを発散しようとしていましたから。そのエネルギーっていうのは、終わった後でもすごく感じている気がしています。

本作を観れば一目瞭然(りょうぜん)だが、松田、高良、安藤の3人は、確かに『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』の世界を生きた。ほぼ同世代の近い価値観が3人を引き寄せたのかもしれないが、松田が語る「同じ感情で同じモノを見ようとした」映画人としての姿勢が、本作を感情が強く揺さぶられるリアルな青春映画に仕立て上げたに違いない。そして、居場所を求めて旅を続ける若者たちの姿は、青春映画という枠を超え、どう生きるべきか思い悩むすべての人の心に突き刺さるだろう。

映画『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』は新宿ピカデリーほかにて公開中

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