シネマトゥデイ

浅野忠信&二階堂ふみ
『私の男』
これは禁断とかタブーではないと思う
『私の男』浅野忠信&二階堂ふみ 単独インタビュー

取材・文:金澤誠 写真:近藤誠司

父と娘との禁断の愛という刺激的なテーマと、流氷の上で起きた殺人事件という極限的な舞台設定から、映像化は不可能といわれてきた作家・桜庭一樹の第138回直木賞受賞作を、熊切和嘉監督のメガホンで映画化した『私の男』。家族が欲しいと願いながら孤独を抱える父・淳悟にふんした浅野忠信と、その彼に10歳の時に引き取られて娘として育てられた花を演じた二階堂ふみが、理屈を超えた絆で結ばれた親子の濃密な世界をどのように表現したのか語った。

■絶好のタイミングでの出演

Q:最初に出演依頼が来た時、どのように感じましたか?

二階堂ふみ(以下、二階堂):わたしは昔から桜庭先生のファンでしたので、原作も出版された時に読んでいました。桜庭先生の小説には独特の世界観があって、耽美的で冷たくて、でもちょっとした熱も持っていて好きだったんです。ですからこのお話をいただいたのはうれしかったんですが、出演の決め手になったのは、熊切監督の映画だということ。熊切監督とは、この話をいただく2年前に別の映画のオーディションで初めてお会いし、特別なお話をしたわけではなかったのですが、すごく通じ合えているような気がしました。この人と一緒に映画を作りたいと直感的に思っていたので、この上ない幸せなお話だと思ってお引き受けしました。

浅野忠信(以下、浅野):僕は若いころからインディーズ映画に出ることが多かったんですが、そういう作品が公開される単館系の映画館と作品自体が時代と共に減ってきて、では自分はどうすれば必要とされるのか、どう動いていけば俳優として時代に当てはまっていくのか‐‐それを常に考えながら30代の日々を走り続けてきたんです。同時に40代になったらさらに違うことが起こり得るなと考えて、そこへ向けて自分なりに勝手なイメージを膨らませてきたんですよ。ですからこの話をいただいた時に、この作品のことを考えていたわけではないですけれど、こういう男を演じる準備は完全に出来上がっていました。僕にもふみちゃんと同じような年齢の娘がいますし、役の年齢設定も自分に近いということがあったので、状況は全く違いますけれど、もしかしたら僕の演じた淳悟と、ある共通した何かを感じているかもしれないとか。男としてこれまで経験してきたり感じたりしたことを、当てはめることができるんじゃないかと。そう感じて気持ちが乗っている状態だったので、すぐにいけると思いましたよ。

Q:淳悟は家族が欲しいと思いながら、それがかなわず常にどこか空虚な思いにとらわれている男ですね。そこにも共鳴できたのですか?

浅野:そのむなしさは何となくわかりました。僕の周りにも、家族を求めても得られないやつだったり、最初からそれがどういうものか知らない人間もいますから、僕自身に当てはめても淳悟の抱えているものはよくわかる部分がありました。ただ彼の場合は、自分では気付くことができないまま延々とそのむなしさが続いている人間だと思いましたね。

■禁断の関係を描く

Q:淳悟と花は、親子でありながら世間のモラルからすれば“禁断”と呼ばれる関係になっていきますよね。そのことに対してはどのように感じましたか?

二階堂:これは禁断とかタブーではないと思うんです。それこそ花は、タブーというのは誰が決めたんだと思っているかもしれない。人間が生きて生活を営んでいく上での約束。それを全部なくしたときに、この二人は二人だけの世界を生きている。それだけの話だと思うんです。わたしも禁断だから、タブーだからこう見せようと現場で感じたこともなかったですし。そういう部分に惹(ひ)かれて映画を観に来た人たちも、見終わった時にはまた違った見方で二人のことが見られると思うんです。

浅野:どこの家族でも、自分の家の中では普通にしていることでも、これは外で話しちゃいけないという秘め事が必ずあると思うんですよ。そういうものの延長線上にこの二人の関係はあると思いました。

■厳寒の中での濃密な撮影

Q:一つ一つの描写が濃密ですから、撮影は大変だったのではないですか?

浅野:強い意欲を持って取り組めたので、現場では監督に“もっと、いけます”と求めていたことが多かったですね。ふみちゃんのように若くてブレイクした人はフレッシュな魅力を持っていますし、強いエネルギーを持って生き生きとやってくれる。そういう女優さんはある意味放っておいても大丈夫なんですよ。でも監督が、僕のようにフレッシュではないけれど、巨大なエネルギーを持っている俳優ときちんと向き合ってくれたら、本当に力のある映画が生まれると思うんです。僕は今、俳優としてのエネルギーを持て余しているところがあって、もっと発散させてほしいんです。現場ではとにかくガソリンを注いで燃焼し尽くそうと思っていました。そういう意味ではきっちりと燃やし尽くした感じはありますね。

二階堂:この作品での花は少女から女性へと、一番変化する時期を切り取っていると思います。その変化にどれだけ説得力を持たせられるか少し考えたこともありますけれど、やはり自分は作品の中で俳優部の一人なんです。だから花のキャラクターも浅野さんとの空気感の中で作り上げたところが大きかったですし、監督から引き出していただいた部分も多かった。二人で互いの指を吸い合うところが何度か出てきますけれど、監督は二人の関係を、最後のドラキュラの一族のように捉えていて、だからずっと血を吸い合っている感じがいいとおっしゃっていました。確かにそれを映画の中ではちょっと表現を変えて見せているんだと思います。完成した映画を観て、自分はこんな顔をしていたんだという驚きがありました。

Q:二階堂さんは流氷の海に4回入ったそうですね?

二階堂:北海道の現場はいつも寒かったので、ずっと大変でした。流氷を初めて見たときは、この中に入るのかと結構驚きましたけれど、熊切監督のためならと思ってやりました。熊切さんは人間としても監督としても、映画人としてもすごい魅力を持った方でしたから。実際海に入ってみると全然大丈夫じゃなかったですけれど、本当にやらなくては出せないリアルな息遣いとか、その臨場感の良さが出たと思います。

■主演俳優二人と監督との共犯関係

Q:後半、北海道から東京へ移り住んで以降は、淳悟と花の気持ちにずれが生まれていきますね?

二階堂:誰しも少女から女性へ変わる時期に、いろんなものを得てつかんでいく中で、見えなくなったり聞こえなくなったりすることが出てきて、捨てたり失ったりするものがあると思うんです。そのことに後で気付く。だから花も変化していく中で、淳悟との関係性は表面的にずれが生じるんですけれど、形は変わっても二人はつながり合っているという中身は変わっていないと思うんです。結末もそのことを予感させるようで、面白いと思います。

浅野:淳悟というのは、初めから周りとはずれていたり、いろんなものを失っている男だと思うんですね。それが花という存在と出会い、彼女が若いころには妙なエネルギーによって調和できていた。でもそれはごまかされていたんですよ。東京へ行ってからの彼は、本当に自分と向き合わなくてはいけなくなる。そこで淳悟は、自分は周りからずれていてもいいし、失ってもいい。そういう男にはそいつなりの役割があるんだと気付く話だと思うんです。すごく遠回りをして、彼は自分に気付く。そこが面白いと思うんです。

二階堂:撮影現場での浅野さんとのつながりはすごく強かったですし、監督とも同様でしたから、監督はこの三人を“共犯関係”と呼んでいましたが、本当にすてきな関係でした。自分で自分の映画に対していうのも何ですけれど、傑作ができたのではないかと思っています。今の自分にとって、すごくいいタイミングでこの映画に巡り合えたと思いますよ。

言葉を選びながらこの映画の現場の充実感を誠実に伝えようとする二階堂ふみ。片や浅野忠信は、30代のころから、「ちゃんとしたおじさんになりたい」と思って40代になる準備をしていたという。今は全てが自分の中で整って、やる気満々の状態だとか。そのためこんだエネルギーを、情熱を持って撮影現場で発散したいと彼は言う。大人の男として新たな年代に踏み出した浅野忠信が、映画に懸ける熱意。それはこの映画の演技からも十分に感じ取れた。

映画『私の男』は全国公開中

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