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浅野忠信
『淵に立つ』
40代になって原点回帰ともいえる役を追究
『淵に立つ』浅野忠信 単独インタビュー

取材・文:天本伸一郎 写真:金井尭子

第69回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞を獲得した、衝撃的な家族ドラマを描く映画『淵に立つ』。夫婦と一人娘の平凡な家族に、夫とは旧知の前科を持つ八坂という男の突然の来訪により不協和音が生じ、残酷な爪痕を刻まれてしまう。監督・脚本を務めたのは深田晃司で、その代表作『歓待』(2010)の起点でもあった本作は、家族の不条理なつながりや人の心の闇を描いている。謎の男・八坂を演じた浅野忠信が、確かな手応えを感じた深田監督との創作現場について明かした。

■今の自分にとってとことんやれる役

Q:タイトル通り、まさに人間の心の闇や深淵をのぞき込むような感覚の心理スリラー的作品にもなっていますが、完成品をご覧になった印象は?

撮影中はあまりにも集中して演じていたものですから、最初は自分のやったことが正しかったのかどうかわからず、観てられないような気分でした。ただ、僕は物語上で姿を見せなくなるところがあるので、そこからはとても楽しめましたし、少し救われたというか。姿を見せなくなってからというのが、僕にとっても勝負だったので。いなくなったあとのシーンで、僕の演じた八坂が登場人物たちに何を残すことができるのかというのが、この役を演じる上でのテーマでした。そのため、自分のやった芝居が間違いではなかったのかもしれないなと思えました。

Q:確かに、強烈な印象を残し続ける役でしたが、出演にあたって最も惹(ひ)かれた点はどんなところでしたか?

やっぱりこの八坂という役ですね。同じようにくくっていいかわかりませんが、主に20代前半の若い頃の僕は、今回演じたような、不可思議で不穏な空気を持つ人物を演じることが割と多かったと思うんです。30代には全く違う役をたくさんやりましたが、もう一度こういう役を追究してみたいなと、40代になって思っていたんですね。そんな時にこの作品の脚本を読ませていただいて、これはもう今の自分にとってとことんやれる役だなと思えたんです。

■その人にしかできない役がある

Q:今作とも通じるような役柄は、一旦やり尽くした感覚があったのでしょうか?

闇を抱えていたり、不穏な空気を持つような役柄や映画があまりにも続いたことで、それに押しつぶされている自分がいました。あくまでフィクションの世界を演じているとわかってはいたのですけど、精神的につらかったり飽きてしまっている自分もいたと思います。時代が変わって、次第に当時の僕が主戦場としていたミニシアターが減り、インディーズ映画みたいなものも減っていく中で30代を迎え、今までやらなかったような役をやってみたいと思うようになった頃に、タイミングよくいろんな役をやらせてもらえるようにもなっていったのですが。

Q:では、今回の原点回帰のような役を演じてみたいと思うようになった理由は?

30代でいろいろな役をやらせてもらった結果、やりたくてもできないことや、やるべきではないこともあるんだと感じたんです。技術的なこともあるでしょうが、その人にしかできない役がある。例えば明るく太陽のように光り輝くスーパーヒーローのような役は、やりたくても僕には向かないのかなと。ダークヒーローならいいかもしれないけど(笑)。でも逆に今回のような役は、ヒーローが似合う人よりも僕の方が得意分野なのかなと思った時に、そういう資質を与えられているのだと感じて、追究したいと思ったんですよね。それに、若い頃にやっていたような役をまた一周してやらせてもらうのは、これまで学んできたことを今の自分がどうやってアウトプットできるのかという課題になるし、自分でも観てみたいものでした。

■演じるキャラクターをハッキリさせたい

Q:知人の家族を振り回す八坂は、真意がつかみづらい人物でしたが、どんな役づくりをされましたか?

演じる際に、自分の人生やこれまで接してきた人たちに当てはめてみることが多いのですが、僕の中での役づくりって、結局は何度も脚本を読み込むしかなく、どれだけ多面的に読むかということなんです。面白さを感じたら、何が面白かったのかと、また読む。好きな箇所がわかると、なぜこのシーンが生まれたのかと考えながら、さらに読み込んでいく。すると、いろいろな側面から一つのシーンを見つめ直すことができる。例えば八坂が歩くだけのシーンでも、なぜこんなふうに歩いてくるのか、それにはこんな側面があるからだろうとか。今回は違いましたが、役によっては脚本に書かれていない部分を自分なりに作ることで成立させる場合もあります。

Q:工場以外での八坂は、ほぼ白いワイシャツと黒のスラックス姿でしたが、これは浅野さんのアイデアだそうですね。

俳優には衣装やヘアー、メイクというものが欠かせないし、最も身近なことなので、そこは結構考えます。それに今回に限らないのですが、自分の演じるキャラクターをハッキリさせたいんですね。お客さんにすぐ認識してほしい。それを一番簡単に表現できるのが見た目なんです。八坂って、観る人によって捉え方の違う何かがあるから、衣装は白と黒がいいし、何かが起きた時に初めて、色を一つだけ足しています。寝る時にも同じ服なのはもちろんおかしいのですが、男性って毎日同じような服を着ていることが多いし、着替えると八坂の何かが崩れてしまう。だから、この作品の中での八坂にとってはおかしくないし、スクリーンを通して観ると、「こういう人っているよね」となるのが映画だと思う。そういうリアリティーもあると僕は信じているのですが、概して却下されることが多い中、深田監督は受け入れてくださいましたね。

■深田作品の魅力

Q:約2年前の取材で、「俳優としての巨大なエネルギーを持て余していて、それをぶつけられる手応えのある監督と仕事がしたい」と語られていましたが、深田監督はいかがでしたか?

本当に手応えがありましたね。いろんな現場に参加していると、失礼な言い方で恐縮ですけど、スタッフによっては任せられないところもあって、現場に入った後に自分自身で役のベースを作り込みながらやらなければならないことも多い。それを避けるためにも、まず早めにミーティングをセッティングしてもらい、脚本を読んで気になった部分を、思い付く限りどんどん監督にぶつけたい。今回の深田監督とは、脚本読みやリハーサルの時に疑問点などをぶつけていくうちにコミュニケーションが取れていき、きちんと理解して応えてくれる監督だということがわかりました。その結果、深田監督と僕の考える八坂というのが、どんどんコネクトしていったんですね。準備段階でたくさん話をして、僕のアイデアも受け入れてもらって、さらに返してもらうというやり取りができたので、これこそがやりたかったことですし、やるべきことなんだと、改めて気付きました。

Q:実際に参加してみて、国際的にも注目されている深田作品の魅力をどのように感じていますか?

僕は深田監督の初期の作品が特に好きなのですが、それはスタッフやキャストとピュアにコミュニケーションが取れていたからなのかなと。僕が今作を観て面白かったのは、後半の夫婦のやり取りで、それは夫婦を演じた筒井真理子さんと古舘寛治さんが、徹底的に監督に協力したからだろうと思いました。深田監督は優しい人ですし、大人しくも見えますから、自分勝手な意見も言われやすいかもしれないけど、この人の言葉は絶対に聞くべきだと思える監督でしたし、僕が何か言うとそれをのみ込んだ上で新しく何かを与えてくれて、答えを出してくれました。それも含め深田作品の魅力を語るとしたら、僕が今まで接してきた監督、山田洋次さんや北野武さんなど優れたベテラン監督たちと同じくらい許容範囲が広いし、ハッキリしている。だからこそ面白いし、ハッキリした作品ができる。そういう魅力があると思いましたね。

原点回帰ともいえる今回の役柄で、改めてその存在感を見せつけた浅野忠信。国際的に活躍し、今作の深田監督や新作『沈黙−サイレンス−』のマーティン・スコセッシ監督など、国内外で充実した撮影現場の経験を積み重ねてきた今、自身と同等かそれ以上のエネルギーで向き合ってくれる監督とでなければやりたくないとも語っていたが、それは妥協やなれ合いを良しとせず、日本を代表する俳優となった現在も向上心を忘れていない姿勢の表れなのかもしれない。

映画『淵に立つ』は全国公開中

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