シネマトゥデイ

シネマトゥデイ

水野晴郎、戸籍上の名前を改名していた!恐るべし『シベ超』への愛!今日都内で会見

水野晴郎、戸籍上の名前を改名していた!恐るべし『シベ超』への愛!今日都内で会見
生前の水野晴郎-保険証の名前も『シベリア超特急』の山下奉文の名前になっていた(山下奉文は実在した陸軍大将)

 11日、高円寺にある日本映画批評家大賞事務局にて、10日に逝去した水野晴郎監督の愛弟子であり、水野が長年手掛けていた『シベリア超特急』シリーズにも出演している俳優の西田和昭ら関係者が会見を行った。

 軍服姿の水野のイラストが入ったシベリア超特急のTシャツを着た西田らは、悲痛な面持ちで会見に登壇。恩師である水野を悼みながら、約1時間に及び水野の最期を語った。

 水野はシリーズ8作目となる『シベリア超特急』の最終シリーズ監督に向けて意欲を燃やしていたという。しかし、クランクインを予定していた昨年の10月から体調を崩し、12月からは入退院を繰り返していた。4月22日に再入院してからも、自ら台本に新たなアイデアを加えたりしていたが、今月の始めに容体は急変。歩くこともままならない日々が続いた。

 そんな中でも、映画への愛はいつまでも水野の心から消えることはなかった。先週5日には、病床で配給会社から送られてきた『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』のDVDを楽しんだが、その映画が水野が観た最後の作品となった。

 また、生涯独身だった水野にとって、自らがメガホンをとり、主演し、配給、そして宣伝まで手掛けていた『シベリア超特急』シリーズはまるで子どものようなものだったという。とりわけ、第2次世界大戦当時、陸軍大将だった山下奉文への思いは強かった。「先生は、僕らが知らないうちに、自分の本名まで変えていたんです。本名の水野和夫から、いつの間にか、山下奉文に変えていて……。保険証を見せてもらったんですが、本当に山下に変っていてびっくりしました」と西田が話すと、集まった報道陣からも驚きの声が上がった。

 28年間、水野を支え続けてきた西田は、「最後の最後まで映画しかない人でした。意識が混濁していた2日前も、映画を撮らなきゃ……と言って、手すりを持ち立ち上がろうとしていた。『お疲れ様でした。ゆっくり眠って』と言ってあげたいです」と声を詰まらせた。

 台本はすでに出来上がっていたという『シベリア超特急』ファイナルは、遺志をついだ西田らがなんらかの形で完成させるという。映画を愛した水野が、自らの最後の作品につけたタイトルは、『シベリア超特急 旅路』。長い旅へと出た水野は、きっと今ごろ、大好きなクラシック映画の俳優や、監督たちと楽しく話しているのではないだろうか。(※本名を改名していた件については、水野晴郎の愛弟子、西田和昭氏の発表に基づくもので、事実関係については未確認です)


【関連情報】

楽天市場

ブログなどをご利用の方は以下のURLをトラックバックURLとして指定してください。

  • 水野晴郎、恐るべし。 from とりあえずアニ専 (2008年6月12日 19時24分)
    水野晴郎が亡くなった、ということであちこちで追悼特集などもやるだろうが、いつもの「2時っチャオ!」でも徹底特集をやっていた。その中で驚くべきネタがあったので記録。ちなみに007ネタ。2作目の「007危機一発」というタイトル、これは当時映画会社の宣伝部にい ...[外部サイトの続きを読む]
[PR]
おすすめ特集
映画アクセスランキング
  • Loading...
»もっとランキングを見る«
楽天市場
スポンサード リンク
  1. 記事
  2. 2008年
  3. 6月
  4. 11日
  5. 水野晴郎、戸籍上の名前を改名していた!恐るべし『シベ超』への愛!今日都内で会見