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『爆裂都市』伝説の暴動シーンはこうして生まれた「地元のチーマーが殴り込みに来た」

『爆裂都市』伝説の暴動シーンはこうして生まれた「地元のチーマーが殴り込みに来た」
石井岳龍監督

 近未来の荒廃した街を舞台に、ロックのリズムに乗せて荒々しいアクションを展開する、1982年のSFアクション映画『爆裂都市 BURST CITY』の石井岳龍(当時は石井聰亙)監督が、今だからこそ明かせる撮影の裏話を語った。

 全編にアクションを満載した本作だが、中でも凄まじいのがクライマックス。うっ積した人々の怒りが爆発し、暴徒と化して街を仕切るギャングや武装ポリスと果てしなきバトルを展開する。撮影監督の笠松則通が「長すぎるよ」とツッコミを入れるほどのボリュームだが、石井監督は「編集が甘いところもあるけど、これが撮りたくて映画を作った」という最大の見せ場である。

 3日間にわたる暴動シーンの撮影のために集められたのは、300人を超えるエキストラ。それぞれが武器を手に、誰が敵で味方なのかもわからないまま、もみくちゃになっていく。「鉄パイプなど武器を持っているので、どうしてもケガ人は出ます」と石井監督。延々と続く暴動シーンは、劇映画の枠を超えていたという。「もはやドキュメンタリーに近いですね。状況を作ったあとは、目の前で起きていることをいかに撮影するかってことだけ」と壮絶な撮影現場を振り返る。

 暴動シーンの設定は夜。毎晩パンクスタイルの若者たちがロケ地に集結しては、怒号をあげて激しいバトルを繰り返す。そんな撮影がトラブルを起こしたこともあった。「地元のチーマーたちが、よそ者が集会しているようだと殴り込みに来たんです。スタッフが対応したんですが大変でした」。さらには警官も現れたというが「何か危険なことをしているようだと近所の住民に通報されて、何度も警官がやって来ました。でもスケジュールがあるから撮るしかない。だからこっちは知らん顔で、300人に『行けー!』って号令をかけていましたね」

 激しい現場はポストプロダクションまで続いたという。「アクションはカメラ3台で撮っていたし、最終的に映画の10倍以上のフィルムを回しています。でもスクリプター(記録係)が素人だったので記録が全く使い物にならず、編集の2か月間は缶詰で家にも帰れず、最後は、封切り契約に間に合わせるために泣く泣く作業を終えざるを得なかった」。そうして完成した本作は、当時ザ・ロッカーズのボーカルだった陣内孝則のスクリーンデビュー作でもある。石井監督は「あの頃の陣内は、俺が主役だって尖っていましたね。この映画の後は俳優業に力を入れるようになったので、もともと役者になりたかったんでしょうね」と語る。その他にも現在は人気作家となった町田康(町田町蔵)、ザ・スターリン(遠藤ミチロウ)、大江慎也ほか当時の人気ミュージシャンが大挙出演。そんな彼らが放つ熱気にも魅せられる。(取材・文:神武団四郎)

映画『爆裂都市 BURST CITY』ブルーレイ(価格:4,700円+税)は2016年1月6日発売(販売元:東映/発売元:東映ビデオ)


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