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“世界で一番美しい少年”の転落劇…一体、何が彼をそうさせたのか?

映画『世界で一番美しい少年』よりビョルン・アンドレセン
映画『世界で一番美しい少年』よりビョルン・アンドレセン - (C) Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF / ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

 イタリア映画界の巨匠ルキノ・ヴィスコンティが1971年に発表した名作『ベニスに死す』で、初老の作曲家を魅了するポーランド貴族の少年タジオ役に抜擢されたスウェーデン人の美少年ビョルン・アンドレセン。当時15歳。ヴィスコンティに「世界で一番美しい少年」と言わしめた、その完璧なまでの美貌は世界中でセンセーションを巻き起こし、日本でも若い女性を中心に熱烈なファンを生み出した。あの少年は、今どうしているのか。なぜ表舞台から姿を消してしまったのか……? およそ50年の時を経て、その波乱に満ちた人生と栄光の影に隠された意外な真実が、ドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』(公開中)で明かされる。本作の監督の一人であるクリスティアン・ペトリ監督が、制作の裏側や現在のビョルンについて語った。

【写真】“世界で一番美しい少年”の50年前と現在

ルッキズムと未成年を巡る問題

ルキノ・ヴィスコンティ監督とアンドレセン

 ビョルンと同じスウェーデン出身で、同世代だというペトリ監督。かつて自身が演出を手掛けたテレビシリーズにビョルンが俳優として出演し、それをきっかけに交流が深まったそうだが、当時のビョルンは『ベニスに死す』のことも、自分の人生に起きたことも語りたがらなかったという。しかし、ペトリ監督との間に信頼関係が生まれたことで、ビョルンはようやく沈黙を破る。これは映画ファンにとって興味深いというだけではなく、「現代の若者にとっても重要な教訓になるかもしれない」とペトリ監督は考えた。その理由は、ヴィスコンティ監督がタジオ役候補の少年を探してヨーロッパ中をまわり、スウェーデンのストックホルムでビョルンと出会った51年前にまでさかのぼる。

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 当時の記録映像で残されているのは、ヴィスコンティ監督の面接を受ける15歳のビョルン。応募したのは孫を有名人にしたいと願う野心的な祖母だった。しかし、その祖母はオーディション会場へ同伴せず、右も左も分からぬまま大勢の大人の前に立たされたビョルンは、さらにその場で衣服を脱ぐようヴィスコンティ監督に指示されて困惑する。彼は、祖母がいわば名声を手に入れるための生贄として差し出されたのだ。そして、映画の公開と同時に世間の注目を浴びた彼は、その名声ゆえに人生を破壊されることとなる。単に外見が美しいというだけで称賛され、大人の男女から性的な欲望の眼差しを向けられる。まだ15歳の少年には耐えがたい苦痛だった。この「ルッキズム(外見に関する差別)」と「未成年の性的対象化」のもたらす負の影響は、この映画でも最も重要なテーマの一つだとペトリ監督は言う。

子供には守ってくれる大人が必要

 「今や世界中で多くの若者が深く考えずに名声を追い、そのプロセスはSNSの発達によって速まったように感じる」というペトリ監督は、「しかし、そこにさまざまな危険が潜んでいることを彼らは気付いていない。ビョルンの頃よりも事態は深刻かもしれない」と警鐘を鳴らす。監督が強く感じるのは、「我々のような大人、特に親であればなおさら子供を守らなくてはいけない」ということ。ビョルンの身に起きた悲劇は、まさにその「守ってくれる大人」が周りにいなかったことが大きい。映画では本人が自身の言葉で、当時の率直な胸中を打ち明ける。ルッキズムの問題や性的対象化の問題は、近年になってようやく認識されるようになったテーマだが、ペトリ監督は「この映画が論議のきっかけになれば嬉しい」と語る。

 それ以外にも、この映画では失踪したビョルンの母親のこと、生後間もなくして亡くなった息子のこと、一筋縄ではいかない娘との微妙な親子関係のことなど、ビョルンにとって非常にデリケートな話題について触れられている。そのため、ペトリ監督は本人の心の準備が整うまで根気強く時間をかけ、結果的に映画が完成するまでに5年もの歳月を要することとなった。そのプロセスについて監督は「彼の心を家に例えるならば、幾つもある部屋のドアを一つ一つ開けてもらうようなもの」と振り返る。その一方で、時間的な余裕は思いがけない発見をもたらした。50年ぶりに陽の目を見るカンヌ国際映画祭での記者会見映像である。3年間探しても見つからなかったそうだが、たまたまイタリアの公共テレビ局RAIの関係者が所有していた古いフィルムを現像してみたところ、それがカンヌの映像だったのだ。ここでもまた、大人たちの熱狂に囲まれて「恐怖を感じた」(本人談)というビョルンの戸惑いが明らかに見てとれる。

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約50年ぶりに再来日したビョルンは何を思ったのか

 さらに、本作ではビョルン自身が世界各国の思い出の地を巡る。その一つが日本だ。劇場公開時にプロモーションのため来日したビョルンは熱狂的な歓迎の嵐で迎えられ、日本のテレビ番組やCMに出演しただけでなく、日本語で歌ったレコードまで発売している。今でも日本のことが大好きだというビョルンだが、当時はあまりにも多忙だったため記憶がおぼろげで、いつかもう一度日本へ行きたいと願っていた。それだけに、今回の撮影で再び来日が叶ったことを、監督いわく「日本を体験するセカンド・チャンス(やり直しの機会)」だと本人は非常に喜んでいたという。

 もちろん、現在のビョルンがスウェーデンでどのように暮らしているのか、過去のトラウマとどうやって向き合っているのかも克明に記録されている。久しぶりの日本での劇場公開作となった映画『ミッドサマー』の撮影風景も見ることが出来る。そこに映し出されるのは、さまざまな困難を乗りこえて人生を取り戻してきた、繊細でありながらもしなやかで逞しい60代のビョルンの姿だ。「あえて言いたいことの全てを語らず、観客が想像したり考えたりする余地を残した」と語るペトリ監督。文字通り天国と地獄の両方を経験したビョルンの波乱の人生に、果たして観客のあなたは何を感じるだろうか。(取材・文:なかざわひでゆき)

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