シネマトゥデイ

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 シルベスター・スタローン

『ドリヴン』
2001年/ 8月18日 (丸の内ピカデリー2)/ 1時間57分

配給: 松竹株式会社 / 日本ヘラルド映画

■キャスト■ シルベスター・スタローン キップ・パルデュー エステラ・ウォーレン ティル・シュワイガー バート・レイノルズ ジーナ・ガーション



レースは「生か死か」の世界だ
『ドリヴン』松竹/日本ヘラルド映画

プロのレーシング・ドライバーのことを、ただ車に乗ってサーキットの中をぐるぐる回っているだけだと思っている人もいる。クラッシュしてドライバーが死ぬこともあるが、そういうことでもない限り、別にどうということはない。はっきり言って退屈だ。

俳優シルベスター・スタローンは、そんなレース・ファン以外の声も理解できるという。「『レースの世界へようこそ』と言いたいね。僕も 3年前まではレースについて同じように感じていた。ゴルフしかり、それにチェスもまたしかり。チェスやゴルフがそんなにエキサイティングだって、一体何を言ってるんだ?ってね」。ところが何かをきっかけに、このハリウッドのスーパースターはゴルフ、チェス、そしてレースについての認識を変えた。スタローンはカー・レースの世界を描いた、ハイテクとエネルギー満載の映画『ドリヴン』の脚本を書き、主演もしている。

監督はアクション映画に定評のあるレニー・ハーリンで、キップ・パルデュー、ロバート・ショーン・レナード、バート・レイノルズ、エステラ・ウォーレンらが出演している。ゴルフやチェスで実際に勝とうとすると「感情的な面が頭をもたげてくる」とスタローンは言う。レース界とレーシング・ドライバーの生活をリサーチし始めた2~3 年前、彼はレースについても同じ感触を得た。ロッキーやランボーといった、試練に立ち向かう男を演じてきたことで知られる彼は「レースがいかに過酷な試練であるかが、一般に知られていない」と言う。

「レースは『生か死か』の世界だ。そしてその根底にあるのは、数学対運命のせめぎあいだ。レースにおける数学と科学の比重は相当なものだ。ただ燃料を入れてアクセルを踏んでるわけではない」

生れたときから、すべてがレース(競争)だ

レースを身近に感じながら育つ人たちは大抵、熱烈なレース・ファンだ。それは彼らがこのスポーツをよく理解しているからだ。「彼らは細かな点も、複雑な点も分かっている」とスタローンは言う。

『ドリヴン』でスタローンが目指したゴールは、日曜の午後にレース中継ではなく、古いジョン・ウェインの映画をテレビで見るといった、レース・ファンではない人たちを引きつける映画を作ることだった。ボクシング同様レースも「非常に象徴的なスポーツだ。

ボクシングの試合を観に行くのは、それがカタルシスを得られる体験だからだ。男がもう一方の男を殴る。観客は2 人の男が闘う姿を観ることで、フラストレーションを発散する」と彼は言う。スタローンによると、事実「我々の人生はレース(競争)によって成り立って」おり、カー・レースはその意味で象徴的な存在なのだという。

「ストレスにさいなまれながら、締め切りに追われる日々。生れたときから、すべてがレース(競争)だ。学校でのレース(競争)に、恋愛でのレース(競争)、税金を払うためのレース(競争)に、仕事につくためのレース(競争)。タイム(時間)がすべてなんだ」

「正しい組み合わせを見つけることこそが重要だ」と言ったんだ

これまで映画の脚本、監督、プロデュースを担ってきたスタローンだが、『ドリヴン』に関しては、特に自分で脚本を書きたいと思ったわけではなかったという。彼は、自分で脚本を書かない限り、彼が思い描くレース映画は生れないだろうということに気づいたのだった。当初、レース映画を作るという彼のアイディアに対するハリウッドの反応は、良く言っても、冷ややかなものだった。

「『レース映画はあまり成功していない』と言われた」とスタローンは振り返る。「そこで僕は『ボクシング映画だって成功していなかったが、登場人物に対する理解をベースに、一定の方法で作り上げていけば、肉体的な激しさとビジュアルが一体となる。正しい組み合わせを見つけることこそが重要だ』と言ったんだ」。

実際、結局のところ、スタローンといえはボクシング映画だ。彼が脚本も書き、アカデミー賞を受賞したヒット作『ロッキー』(1976年)と4 本の続編は数億ドルを稼ぎ出した。『ドリヴン』でスタローンは、悲劇的な事故によって競技生活を終えた元レーシング・チャンピオン、ジョー・タントを演じている。

ベテランのカー・オーナー、カール・ヘンリー(バート・レイノルズ)の勧めで、ジョーは才能はあるが、何をしでかすか分からない新人ドライバー、ジミー・ブライ(キップ・パルデュー)を指導することになる。しかし過去に受けた精神的、肉体的な傷に今なお苛まれるジョーにとって、レース競技に再び足を踏み入れることは、まさに挑戦だった。

僕はいいことについても、悪いことについても責任はとる

最後の『ロッキー』映画(『ロッキー5 』)から11年が経過し、54歳となったスタローンが、もはや成長過程の青年やトップでいようと奮闘する役柄を演じることはない。しかし『ドリヴン』のジョー・タントと彼が過去に演じた主人公たちの間には、明らかに共通点がある。

「物を書くということは、自分の知っていることや感じることを書くということだ。僕はいつでも、自分の能力に気づいていないキャラクターと自分とが重なり合う。彼らは自らの能力に気づくと、それを生かしたり、時にはその能力をほかの人に伝えて、そこから学んだりする。つまり僕が描く復活劇の輪郭や概念は、僕の行いのすべてから湧き出てくるものだ。僕はそういう物語が好きなん だ」

『ドリヴン』のなかで、スタローン演じるジョー・タントは再び栄光を手に入れる機会、すなわち2 度目のチャンスを与えられる。しかしスタローンは彼自身の人生、あるいはキャリアにまつわる2 度目のチャンスについて話すことには、あまり乗り気ではないようだ。

「2 度目のチャンス? うーん、どうだろう、分からない」と考え込んでしまう。「2 度目のチャンスか。女性との関係では、2 度目のチャンスを得られたことはあったと思う。私生活では2 度目のチャンスを得られた。愛情面では、妻のことだが、非常に恵まれてきた。仕事の面では、自分が下した選択とその結果生じた責任がすべてだ。自分の選択に責任を負わなければならない。他人のせいにすることができると思うこと、これは人間が抱くもっとも醜い感情だ。責任はとらなくてはいけない。出演料を受けとり、選択をしたのは自分だ。信じ切れないような映画に出演したのなら、その代償を払わなければならない……僕はいいことについても、悪いことについても責任はとる」

(ジョシュア・ムーニー/訳 西尾 桂)
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