シネマトゥデイ

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オノ・ヨーコは常にジョン・レノンに付き添い2番手の役でした。彼女は、彼を心から愛し、頼っているように見えました。それが真実であって、この映画内で意図的に取り除いたり付け加えたりした映像は全くありません。−ジョン・シェインフェルド−~この人の話を聞きたい~その8:ジョン・レノンの素顔を彼の元弁護士と、インタビュー映画の監督デビット・リーフに聞く
つい最近、ジョージ・クルーニーが国連に対して、スーダンのダルフール地方で起きている政府と反政府軍の紛争に、すぐに平和維持部隊を送らねば大虐殺を招くと訴えて話題を呼んだ。数年前には、ショーン・ペンがアメリカの一国民として政府の行為の認知を広げるためにイラクを訪問した。さらに去年彼は、ハリケーン・カトリーナの大災害で政府の対応の遅れを批判して注目を集めた。女優では、アンジェリーナ・ジョリーが発展途上国で貧困、幼児虐待、難民問題に貢献し、今では国連の親善大使になっている。
 
このようにハリウッドスターが自分の知名度を生かして、政治に顔を突っ込む事は今では当たり前になってきた。さらに一昔前には、これらのスターが集まっても、歯が立たぬほどの影響力を持った20世紀最高のロック・スター、ジョン・レノンの存在があった。
 
その彼の影響力を示す一例として、自らが「僕たち(ビートルズ)は、今やキリストより人気がある」と発言し、キリスト教保守派の多いアメリカ中西部や南部で、彼らの曲がラジオ局で放送禁止になったり、若者の間でレコードを燃やす騒ぎも起こるほどであった。もっともそんな冗談の種がまき散らした効果より、われわれが着目すべき点は、彼の政治的見解がもたらした反戦活動、平和運動で、それが徐々に人々の間に浸透し、今でも語り継がれていることである。ただ今では、彼の曲を耳にした事があっても、彼の政治的主張を聞いた事のない若者も結構いるはずである。そんな彼の政治的活動の映像と彼のアーティスト仲間、政治家、彼の弁護士、そして奥さんであったオノ・ヨーコからインタビューを取った映画『US vs John Lennon』(原題)が完成した。
 
今回はその監督デビット・リーフとジョン・シェインフェルド、そしてジョン・レノンの弁護士であったリオン・ワイルドにジョン・レノンを語ってもらった。
Q:これだけ目を見張るほどの量のジョン・レノンの人生の瞬間と瞬間をとらえた映像を確保できた事は、非常に素晴らしいことですが、ニュース映像を使おうと考えたことはありましたか?
 
(デビット・リーフ)ジョン(シェインフェルド)は、人々がその映像は存在しないと言ったものを、探し出すことに世界で一番たけている。だから彼に話してもらいます。
 
(ジョン・シェインフェルド)(自分の欲しかった)すべての映像をかろうじてですが見つけ出すことができました。その中でも、われわれの映画の構想の骨組みとして、2つの映像が必要だったんです。一つは、結末近くでジョン・レノンが永住権を手に入れ、「時が、すべての傷を癒してくれる」と言ったシーンで、彼がその発言をしたことは記者のレポートを見て知っていたのですが、映像は探し出せず、約10か月もの間われわれはその映像が存在しないと言われ続けていました。
それでも執拗なまでに追求し、事実上クランク・アップ3週間前に、別のニュース・アーカイブから、間違った名札を貼られファイルされていたのを見つけたんです。もう一つ探していたのは、『イエス(キリスト)より有名とした論争』ですが、通常この映像はビートルズのドキュメンタリーでよく見かけられ、いつも同じ2、3のショットを使用しているんです。しかしわたしとデビットがやりたかったことは、人々が見たことのないシーンを探し出すことでした。
 
そのために繰り返し、繰り返し探索を続けていたところ、今度はTV局A.B.Cのニュース・アーカイブに20分間のフィルムがあり、ある聖職者が『イエスより有名な人はいない』と言ったシーンと若い女性が『ビートルズがわれわれにしてくれたこと』など、今までに映像で見た事のないシーンが見つかりました。これら2つを例に挙げましたが、たいがいはその目的にあった映像を手に入れることができました。
 
Q:一番最初に、誰かに(電話口で)ジョン・レノンがあなたに話したがっていると言われた時、あなたはどうしたんですか?
 
(リオン・ワイルド)わたしにとってジョン・レノンが特別な関係だったのは、わたしが初めてジョンとヨーコのアパートに呼ばれたときに、彼の部屋にマネージャーのアラン・クラインに連れて行かれたことでした。わたしが依頼人のアパートに出向くのはごく稀なんです。そんなわたしは、アランに「申し訳ないけど、このジョン・レノンさんて誰なのか教えてくれませんか?」と聞いたんです。
 
すぐに「えっ、知らないの?」と彼に聞き返えされ、わたしは「知らない」と答えると、彼は「人前では、2度とそれを認めてはいけませんよ」言ってきたんです。その夜帰宅して、ベットで本を読んでいたら、わたしの今は亡き妻が、「あなたが、依頼人の所に赴くほどの人物とは、一体どんな特別な方なの?」と聞いてきたんです。
 
わたしは「ミュージシャンでジャク・レモンと言う有名な音楽家で、その彼の奥さんは非常に聡明な日本人女性でヨーコ・モトと言うらしい」と言うと妻が、顔を見上げて、「えっー、あなたが言っているのは、ジョン・レノンとオノ・ヨーコのことよ! あなた、彼らのところに行ってきたの!?』と言われたんです。
Q:ジョン・レノンはとても活動的に反戦運動に関わっていたのですが、アメリカ移民局から退去命令を出されたときに、実際に彼を擁護するような団体、あるいは行動などはが今までにあったのでしょうか?
(リオン・ワイルド)特に、ニューヨークのアーティストの間でありました。ノーマン・メイラー(ノンフィクション小説の革新者)、カート・ボネガット(SF小説家)、ピート・ハミル(ジャーナリスト、作家)などの大勢の人々が彼の擁護に決起したんです。確かに運動組織もあり、ちょうどその時、エド・コッチ(後のニューヨークの市長)が、ジョンやヨーコの住んでいた区域の国会議員で、法の改正(移民局法)を国会で押し進めていたこともあります。そういった活動がありました。
 
Q:少し映画内での、音楽の使い方について話してみましょうか、どの場面でどの曲を使うのかはどのようにして決めたのでしょうか?
 
(デビットリーフ)われわれが映画作家として掲げた目標は、出来る限りナレーター無しで、ジョン・レノン自身に語ってもらうことでした。鑑賞されてお気付きでしょうが、非常に膨大な数のビデオやラジオでの彼の声、楽曲の録音を使いました。
 
ジョン(シェインフェルド)と才能ある編集のピーター・リンチは、多数の目標を掲げていて、そのひとつは、実際にジョン・レノンの歌詞が流れているときに、ストーリーが展開しているんです。それでジョン・レノンが刑務所にいる時に、彼の思考や感情を歌詞から聞き出せるんです。
 
もう一つの他の試みとして、全くユニークでビートルズの歴史の魂とも言えるジョンのオリジナル曲のマスタートラックをミックスし、ボーカルの部分を取り除いたんです。
 
要するにまるで、ジョン・レノン自らが、最初から最後まで自分の映画の編曲をしたみたいにしたんです。実際にあなた方が、映画を観てそのことに必ずしも気付かなくても、映画内では起きているすべての出来事に彼が音楽的にコメントしているという訳です。
Q:移民訴訟での転換期について少し話していただけけますか、一つは、F.B.Iが捜査を打ち切った時と、もう一つは、リチャード・ニクソンが辞職したときです。(これはジョン・レノンが大麻不法所持で捕まった出来事で、ジョン自身はそれを全く所有していないと主張していて、政府が平和運動や反戦活動を続けるジョンを追放したかったからという見解もある)
(リオン・ワイルド)訴訟を扱っていた弁護士の立場からすると、どちらも訴訟に関しては重要な要素ではないです。映画で言っていた通り、移民局はお役所自身の仕事として任務は遂行していて以前と全く違いがなかったんです。われわれは、反対判決の訴訟を上告する時にも以前と同じ困難に当時陥っていました。だからニクソンの辞職とF.B.Iが捜査をやめたのは、もちろん、わたしにはその時全く分からなかった。
 
なぜ捜査を取りやめたのか、なぜそれらが同時に起きたのか何も分からなかったんです。ただわれわれが感謝しているのは、その後のニューヨーク控訴裁判所の判決で、これまでの判決を却下し、判事らとの最初の会合で立証した犯罪上の動機なしで有罪にできるイギリスの法令はどこかおかしい事と、自分の所有物に違法であるマリファナがあったことを気付かなかったことなどを認めてくれたことです。あれからイギリスの法は変わりましたけどね。それ以来私は、ミュージシャンとマリファナ訴訟の指導者になったのですがジョン・レノン訴訟があるまでわたしはどちらにも詳しくはなかったです。
 
Q:オノ・ヨーコさんの映像は、わたしは本当に驚きました。それは今までの報道では常に、まるで罪人のようで、邪悪で、すべてを破滅、崩壊させるような人として、いつも表現されているのに(特にアメリカではそういう解釈をされている)、あなたの映像では、彼女が常にサポート役をし続けていましたね。それはあなたの知りうる実際の彼女の姿なのでしょうか?
 
(ジョン・シェインフェルド)はい、そうなんです。われわれ自身にも実に興味深いことでした。われわれが所有していた映像の中では、彼女は常に彼に付き添い2番手の役でした。彼女は、彼を心から愛し、頼っているように見えました。それが真実であって、この映画内で意図的に取り除いたり付け加えたりした映像は全くありません。この関係は、どの記者会見でも彼ら2人が一緒に居た時は同じでした。


最も世界で愛されているミュージシャンの一人であるジョン・レノンの人生を、あまり知られてない視点から見つめ直して、彼のさらなる魅力に遭遇してもらえたら幸いである。
 
彼の曲『イマジン』を聞くと、夢想家が語ったような歌詞であるにもかかわらず、いつの間にか自分たちの体に染み付き、そんな誇大な夢を自分たちも信じてみたくなるのである。
細木プロフィール
海外での映画製作を決意をする。渡米し、フィルム・スクールに通った後、テレビ東京ニューヨ−ク支社の番組モーニング・サテライトでアシスタントして働く。しかし夢を追い続ける今は、ニューヨークに住み続け、批評家をしながら映画製作をする。
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