シネマトゥデイ

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同じ場所に立ってポーズをとったり、レッド・スーツを着たり……それが自分の一生かもしれない……という考えにとらわれると、自分の名声を落としていくのではないかと不安に陥り、そういう所に私は共通点を見出したんです。もっともそれが理由で落ち込んで彼のように、朝9時にウイスキーは飲んだりしませんでしたけど(笑)。−ベン・アフレック−~この人の話を聞きたい~その11:スーパーヒーローに押しつぶされた男ジョージ・リーブスを演じたベン・アフレック
星の数ほど俳優のいるハリウッドで、しのぎを削って生き残っていくことがどれほど大変なことか……。
だが現実には、世間に名前が知られ、長い間活躍してきた俳優でさえも、ある日突然電話が鳴らなくなる時期があり、富と名声の代償を払う期間がある。その上、ゴシップなどで形成されたイメージから脱却するのに苦労をわずらうことさえもある。
 
今、そんな窮地に立たされて、起死回生の一撃を狙っている男ベン・アフレックに話を聞いた。今回その彼に、過去の作品、新しい家族形成、初監督作品、友人マット・デーモンやケヴィン・スミス、俳優としての価値観を新作『ハリウッドランド』共にたっぷり語ってもらった。
映画『ハリウッドランド』に関して!
Q:『ハリウッドランド』では素晴らしい演技でしたし、良質な脚本だったんですが、あなたはこの役柄のどこに惹(ひ)かれたのですか?
 
(ベン・アフレック)最初、私の感覚に訴えてきたものは、内容の濃い脚本で、男らしく強靭なイメージを映し出している俳優ジョージ・リーブスですが、彼の実際の内面は悲痛に撃ちひしがれていて、自分を挑戦させる役だと判断しました。それにキャリアップをできる役だと思いました。
 
Q:ジョージ・リーブスを演じるために声量から入っていったんでしょうか?
 
(ベン・アフレック)私にとって声は、演技をする前に(演ずる役の)態度を理解する一つの手段で、当時1950年代(TVスーパーマンが放映されていた時代)は、現在のくだけた口調で表現する時代と違って、もっと形式ばっていたのですが、その時代あたりからマーロン・ブランドーやジェームズ・ディーンのように変化しつつあり彼もそうでした。しかし私にとって彼の声は、比較的ダンディーで人に良く見せようと、TVの中でのせりふは自意識過剰な言い回しに聞こえました。
 
Q:スーパー・ヒーローを演じる事に関しては如何でしたか?
 
(ベン・アフレック)ジョージがずっと同じ場所に立ってポーズをとったり、レッド・スーツを着たり、セットの反対側まで飛べもしないのに、TV内では並外れたパワーを使って戦ってみたりとある一定の時間それを演じ続けると、うんざりする要素があるのです。
 
そしてそれが自分の一生かもしれない……という考えにとらわれると、自分の名声を落としていくのではないかと不安に陥り、そういう所に私は共通点を見出したんです。もっともそれが理由で落ち込んで彼のように、朝9時にウイスキーは飲んだりしませんでしたけど(笑)。
過去の作品からプライベートまで!
Q:ここから過去を少し振り返ってみましょうか。多くの人が気に入っている映画『Dazed and Confused』(邦題『バッド・チューニング』)について聞かせて下さい?
 
(ベン・アフレック)『バッド・チューニング』は、確かにいい映画でした。今観ても色あせてないですね。あの映画の中で僕だけが悪く見えていました。ほかのキャラクターは、興味深い人柄や性格だったのに。この映画の事で、私が覚えているのは、公開する前に私のエージェントが、『学生映画のようなひどい映画だ』と言ってたし、L.Aのパセディーナでテスト・スクリーンをしていた時期には、自分の住んでいる近くの映画館の前で、カードを配っている男に私が「今日は何の映画が公開しているの?」と聞いたら、男が「ポーキーズ(50年代にフロリダにある高校生のセックス騒動を描いたコメディ−映画)みたいにコンドームが後部席にあるような、ティーン・セックス映画だよ、こんなの誰も観ないんじゃないかなぁ~」と言われ、その後、私が「題名は?」と聞くと「バッド・チューニング!」と言われて相当落ち込んだ時がありました。配給会社は、ストナー(ハイの状態の人)映画として宣伝したけど見事に外れてしまった。けれど監督したリチャード・リンクレーターと出演していた俳優ほとんどが、後に成功している映画なんだけどね。
マット・デーモンとの共同制作
同じ時期に『グット・ウィル・ハンティング/旅立ち』の脚本を書いてましたよね。脚本は、草稿の段階からボストンを中心に描かれていたんですか?
 
(ベン・アフレック)その頃インディペンデント映画がちょうど量産し始めていて、誰か一人有名な俳優を自分の映画に出演させれば、自分の映画が製作できると、そんな『レザボア・ドッグス』制作過程をモデルにしたようなアイデアを思い浮かべ、脚本を書き始めたんです。
 
当時自分のリール(役を得るためにプロデューサー、エージェントに見せるフィルム)を持っていることが非常に重要で、ほとんどの俳優はテープを持っていたんだけど、われわれ(友人マット・デーモンも含め)は、所有していなかったんです。もっとも、実際それまでに人に見せられるようなものが無かったんだけど……。そこで何が俳優として優れたリールになるか考えた時、ボストンのアクセントができる人が少なかったので、われわれ自身はボストンで育っていたので、ちょっとごまかした形でリールを作ったんです。
 
Q:あちらこちらでマット・デーモンとの共同制作のうわさをずっと聞いてきたのですが、再びタッグを組む事はあるのでしょうか?
 
(ベン・アフレック)われわれは『グッド・ウィル・ハンティング’/旅立ち』の脚本を書いたものの、自分達自身は脚本家だと思ったことがなく、この作品は演技実習みたいなものだったんです。だけどこの成功が俳優として多くのオファーを手に入れる事になり、一度それがあると貪欲に次から次へと食らいついて行く事になってしまいました。けど今お互いに落ち着いてきて、最近も2、3のアイデアについて話をしたし、今度の僕の初監督作でも、マットが手助けするためにセットを訪れてくれました。そうですね……たぶん2、3年後に一緒にやるんじゃないかと思います。
 
Q:マット・デーモンと立ち上げたプロジェクト・グリーンライト(インディペンデント映画の制作に携わり、その制作過程をテレビで流し、配給会社にアピールする企画)は、今でも続行しフィルムメーカーにチャンスを与えているのでしょうか?
 
(ベン・アフレック)今でも続けようとしているのですが、不幸な事にBravo(アメリカ・ケーブル番組)が放映の契約を我々と打ち切ってしまったんです。3シーズンやり、今は低予算でTV番組なしで、インターネットでデジタルムービーを制作しようと思っていて、今ファイナンスを探している状態なんです。この企画に関して私は誇りに思っていて、どれだけインディペンデント映画の制作が初歩の段階から難しいか伝えてくれる媒体になり続けていくと思います。
駆け出しの俳優へのアドバイス
Q:監督ケビン・スミスとの友人関係を聞かせて下さい?
 
(ベン・アフレック)彼と友人である事は、私にとって非常に幸運なことでした。もう6本一緒に制作し、いつも出演させてくれるのです。もっとも最後のはエキストラだったけど……。
彼は聡明だし、クリエイティブで、映画『モールラッツ』でオーディションを受けた時に、たまたまこの映画のキャスティング・ディレクターが『バットチューニング』と同じで、『モールラッツ』ではジェイソン・ロンドンの役を始めにオーディション受けたんです。それが駄目で、他のイジメ役はと言われ、すでに『バッド・チューニング』で似た役を演じているからと乗り気じゃなかったんです。だけど同じ時期に私の母親が映画『クラークス』(ケビン・スミス監督作)を見て、「彼は凄いわよ」と言ってきたんです。それで作品を見てみたら、全く冒涜的な映画でした。ただずっと母親が食い下がってきたうえ、その頃は特に断っていた作品が多かったわけではなく、結局は引け受けたんです。そして制作中に徐々に彼と親友関係になっていったんです。
 
Q:新しい家族形成が俳優のあなたにもたらした影響はありますか?
 
(ベン・アフレック)自分が一人前の大人として子どもを持ち、健全な家庭を作り上げようとする際には、確かにこの影響は明確なビジョンを与えてくれ、作品の決定には強い感覚と意思をもたらしてくれました。
 
Q:初監督作品の話を聞かせて下さい?
 
(ベン・アフレック)映画『ミスティック・リバー』の原作者デビット・レヘインが書いた『愛しき者はすべて去りゆく』という題名です。私はこの監督という職業に惚れ込みました。撮影中は、恐怖を感じたり、陽気だったりと両極端の経験をし、ある時はモニターの前に座って「これは、素晴らしい。俺は天才だ。人々に感嘆をもたらす作品」と思う時もあれば、まったく同じ日に「これは悲劇だ。おれはペテン師で、もうおしまいだ」とまるでピンポンのように2つの感情の打ち返しをしていた。ただ俳優の時と違い責任は一任され、逆にそれが私のとって良いテストになったと思います。
 
Q:今、駆け出しの俳優へのアドバイスはありますか?
 
(ベン・アフレック)私のほとんどの友人は俳優で、皆それぞれ厳しい状態に置かれています。あえて良きアドバイスを与えるとしたら、私の場合だと自分の住む周辺でコマーシャルに出演したりして、それをプロフィールとして、L.AやN.Yなどの仕事の多い地域に持って行くことです。それと唯一自分が磨かれていくのは、常に舞台などで仕事をし続ける事です。その他にYoutubeなどが、今どれほどこの産業に影響を及ぼしてるかは分かりませんが、そういうのも試してみてもいいかもしれません。


過去には、テレビ番組『ビバリーヒルズ 青春白書 90210』のオーディションを受けたり、長い間ソファーの上で寝ていた時代もあった彼。インタビューでは、所々ユーモアを飛ばしながら質問に応じる姿勢は、いつものベン・アフレックの姿だったが、家族を得たり、一部のメディアから叩かれたりしたせいか、今は我々一般が持っているイメージを覆し、一皮むけた男に変化していた。今後の活躍を期待してみましょう。
細木プロフィール
海外での映画製作を決意をする。渡米し、フィルム・スクールに通った後、テレビ東京ニューヨ−ク支社の番組モーニング・サテライトでアシスタントして働く。しかし夢を追い続ける今は、ニューヨークに住み続け、批評家をしながら映画製作をする。
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