シネマトゥデイ

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わたしにとって、心の中が引き裂かれる思いだったのは、自分では的確にマーサの家族を描き、もう一方で、また彼らが好むような描き方をしてきたつもりでやっていた。しかし結果的にそれでは最後にわたしが望んでいた映像を得られなかったということだ。 ~この人に話を聞きたい~その19:4歳の天才少女画家とその家族を描いた、アミール・バー・レフ監督
われわれにとって、近代芸術がどういった尺度で判断されているのかということは、どこか曖昧模糊(あいまいもこ)な部分があるのではないでしょうか? パブロ・ピカソの作品を見て、その絵が何十億の価値があるというやや商業主義にある近代芸術の現実に、疑問符を抱いた人たちは少なくないでしょう。そんなわれわれが持つ問いに、真っ向から勝負した映画がアメリカで話題になりました。その映画は、2歳で絵筆を片手に絵を描き始め、抽象画家として有名なジャクソン・ポロック顔負けの抽象画に挑戦した少女マーラ・オルムステッドに焦点を当てた作品です。その彼女の両親の家族としてのあり方やメディアの過熱報道、そして芸術作品の価値判断までを深く追求した映画『マイ・キッド・クドゥ・ペイント・ザット』(原題『My Kid Could Paint That』)を監督のアミール・バー・レフとのインタビューを通じて紹介します。
マイケル・ムーア
Q: これまでに、あなたが監督した『ファイター』(原題『Fighter』)や、プロデュースしたテレビシリーズの「VH1:オール・アクセス」(原題『VH1:All Access』)とはまったく対照的な作品ですが、今回はどういった経緯で、このテーマを取り上げたのでしょうか?
 
なぜこの話に興味を引かれたかというと、4歳の有名人を扱うこと自体が、名声、メディア、子どもとの関係のあり方など興味深い問題を持ち出すことになる。特にこのケースは、人々に神童や抽象画家といわれるマーラが、わたしにとって単なる子どもとしてではなく、何かしら特別な関心を持たせてくれたんだ。それはもし彼女が数学の天才だとしたら、すぐにその答えが明確になるが、抽象画家だとすると、われわれがどういう基準で芸術を判断するのか。また芸術とは何かという問題に触れることになる。このような点が、初めてニューヨーク・タイムズ紙で彼女の記事を読んだときに気になったもので、実際マーラの家族に会ってみると、そのイメージがより映画という形になっていったんだ。
 
Q:両親の信頼を得るために、どうやってアプローチしたのですか?
 
実はそんなに難しいことじゃなかったんだ。わたしが家族に出会ったのが、マーラの作品の信ぴょう性が問われる6か月前で、家族は歓迎してくれたよ。彼らがその決定をしたのが、映画のオープニングに出ている取材班たちの映像を撮ったときと同じ週末でね。それまで撮影してたけど、24時間ずっと一緒に居たわけでなく、ようやく半年後にこの詐欺の可能性が浮上したときに、もし何も隠すことが無いのならわたしを家に入れることができるだろうと彼らに聞いて、それからマーラの家で本格的な撮影に入ったんだ。
 
Q:近代芸術に関してどのようなリサーチをしたのですか?
 
この映画で抽象芸術に関して議論されているのが、ニューヨーク・タイムズのアート部門の主任であるマイケル・キメルマンで、彼がわたしたちに与えてくれた2時間のインタビューが、この映画の主要部分になったうえ、彼が抽象芸術の問題点を提起し、探索しているんだ。その問い自体に、確かな答えは出ないが、問題点を問うことによって得ることがたくさんあると思う。わたしにとって、彼が分かりやすい観点で物事を並べてくれたのは幸運だったね。
Q:この映画を通じて、あなたの抽象芸術に対する価値観は、変わりましたか?
 
現在のわたしは、それほど抽象芸術に関して疑い深いわけではないよ。もちろん300万ドルを出して絵画を買うことはないだろうし、この家族を紹介することによって、なぜ画家たちが抽象画を書き始めたのか、ごくわずかだが、その情報を与えてくれた気がするよ。それは、わたしが映画で人に興味を惹(ひ)き付けようと思った事実と同じであって、まるで時間の入り口のようなものから興味半分に家族をのぞき見したようなものでなく、もっと建設的なものなんだ。多分そういう過程が、最近ずっと芸術家が、物を見たままの形ではない物としての作品を造り続けてきている、1つの答えを示しているのではないかと思う。
 
Q:アメリカのテレビ番組で、マーラの作品が疑問視されたときに、両親は自分の子どもをこの時点で充分に世間にさらさせ、後にこの絵画の信ぴょう性を正すことができようができまいが、今後のマーラの人生を台無しにしてしまうとは、考えなかったんでしょうか?
 
それは、まるで巨大な名声という雪だるまが転げ落ちていったようなもので、いったんメディアを通じて公共の場に出ると、さまざまな情報が行き交って、それをコントロールできないと思う。わたしは、もし仮にマーラの父親(彼自身アマチュア芸術家)であるマークが、彼女の作品にかかわってたとしても、それは欲からではないと思ってる。そして、なぜ彼らがすべて(撮影、信憑性を正すこと)を取りやめずにいたのかと言うと、一連の報道は真実ではなく、自分たちの評判を取り戻そうと決意したからだと考えているよ。
Q:この映画の両親の反応は、いかがでしたか?
 
両親は、この映画に満足していなく、わたしが選択した編集の仕方が気に入らないという声明書をサンダンス国際映画祭に送りつけたらしいね。
 
Q:最後に、この映画の撮影は、あなたにどんな影響を及ぼしたのでしょうか?
 
わたしは現在、まるでマーラの家族にもたらされた影響と少し似た体験をしているんだ。もちろん、それがどれだけわたしに影響を与えたかは、ある程度映画内で観賞することができるが、わたしにとって、心の中が引き裂かれる思いだったのは、自分では的確にマーサの家族を描き、もう一方で、また彼らが好むような描き方をしてきたつもりでやっていた。しかしそれが結果的に、最後にわたしが望んでいた映像を得られなかった。わたしはこの映画を1年間かけて編集し製作したから、日本だろうが、どこであろうが、この映画を観賞した人たちは、それぞれ個人的な結論に達するはず。それは、わたしにとって、彼らが鑑賞後に『これは、しょせん映画だよ』だけでは終わらずに、彼らが『あの家族は、有罪であるとか、あのお父さんが嫌いだとか、いや映像作家が間違っているとか』というような、人によってかけ離れた結論に達することがわたしにとって喜ばしいことなんだ。


ドキュメンタリーというと、事実を忠実に描こうとするものです。ですが実際にその制作者の主観によって、その内容がほかの人達が持つ観念と違ったものが出来上がるケースがあります。しかし仮にそれが違っていたとしても、それは一人の人間の価値判断として尊重すべきものではないかと気付かせてくれた映画でした。
細木プロフィール
海外での映画製作を決意をする。渡米し、フィルム・スクールに通った後、テレビ東京ニューヨ−ク支社の番組モーニング・サテライトでアシスタントして働く。しかし夢を追い続ける今は、ニューヨークに住み続け、批評家をしながら映画製作をする。
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