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今週のクローズアップ 『ヘルタースケルター』の現場から

 一見どこにでもありそうな日常を背景に人間誰しもが持つ「闇」を鋭く描き、多くのファンを魅了してきた漫画家・岡崎京子蜷川実花監督もそのファンの一人で、約7年間思いを募らせ岡崎作品初の映画化を実現させた。沢尻エリカのスクリーン復帰や原作にある過激な性描写に話題は向きがちだが、潜入した撮影現場から見えてくる『ヘルタースケルター』の側面を紹介したい。
蜷川実花監督の思い

 人には言えない「全身整形」という秘密を抱えながら、芸能界という華やかな舞台の頂上まで上り詰めたスターりりこの転落と苦悩が、人間のうそや本音、喜びや悲しみ、怒りや恐怖、愛などをむき出しにして観る者に迫ってくる本作。手術の苦痛に耐えて手に入れたりりこの美しさに、若い女の子は魅了されるが、時代の移り変わりに敏感なため、飽きるのも早い。

 蜷川監督が本原作の映画化を熱望した理由はその意識のギャップで、「消費される側とする側の覚悟の違いに引かれた」。そう力強くコメントする蜷川監督自身から、人気コミックを実写化するにあたっての覚悟がひしひしと伝わる。そして、「全身整形の役なので、誰が見ても容姿が美しいことが絶対条件」「(芸能界に人生を翻弄される)この役を演じられるのは、初めから(沢尻)エリカしかいないと思っていた」と主人公のキャスティングに絶対の自信をのぞかせた蜷川監督。

 沢尻と監督は過去に写真撮影の仕事を一緒にしたことはあるものの、当時はそこまで親しい間柄ではなかったそうだが、本作主演のオファーは蜷川監督自ら携帯メールで行ったという秘話も。沢尻という強力な「武器」を手に「強くて、弱くて、ずぶといりりこを描きたい。最終的にりりこが次のステージへ行ったと見えるように作っていきたい」。撮影期間中に蜷川監督が明かしたこの思いは、現実のものになっている。

 

映画化を熱望した蜷川実花監督
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

ピ~ス!
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

沢尻エリカしかいない!
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

りりこの部屋&撮影の舞台裏

 美術面で本作のこだわりが特に詰まっているのは、主人公りりこの部屋だろう。リビングのソファやクッション、馬のオブジェ、小さなキリストの置きものなど、蜷川監督の私物がすっからかんになるほど大量に持ち込まれ、撮影の美術道具として活用された。また、設定で窓とされる壁の一面には青空と、実際に蜷川監督が撮影した沢尻の真っ赤な唇を合わせた写真が大きく掲げられるなど、極彩色で世界観を作り上げることが得意な蜷川監督が、本作でも見事にその腕前を発揮している。

 そのほか、全身整形の後遺症に煩わされるりりこのセンシティブな性格を表すかのように配置された多くの鏡や、トップモデルであるりりこのパーフェクトな美しさを切り取り、ベッドルームの壁に掛けられた写真の数々。この、りりこのポートレートも蜷川監督が撮影したものであり、キャラクターを構成する要素を磨き上げるためなら自らの手間を惜しまないという蜷川監督の熱意が込められている。

 この部屋で撮影された印象的なシーンがある。後遺症を抑えるために服用している大量の薬のせいもあって、体調不良に陥ったりりこが、桃井かおりふんする事務所の社長に「しばらく休め」と突き放される場面。自分の存在価値がなくなることを最も恐れているりりこは、とたんに吐き気を催し、ベッドの上からキッチンへと猛ダッシュ。付き添っていたマネージャー羽田(寺島しのぶ)も心配そうな表情でりりこの後を追い、「りりこさんは大丈夫!」と力いっぱい励ますという一連のシーンだ。

 当初は、ベッドルームからキッチンまでの距離や、移動ルートの物理的な狭さから、2シーンに分けて撮影されるはずだった。しかし、撮影を担当した相馬大輔が手持ちカメラでりりこたちをとらえ続ける長回しのワンシーンに急きょ変更されたのだ。相馬は言う。蜷川監督の現場は「普段できないことができる、遊び場みたいな感じ」。蜷川監督の意図する世界を表現するために実験を重ね、「(監督との)シンクロ率が高くなった」と蜷川監督と信頼関係を築けたからこそ、出てくる言葉だろう。

 

へ、部屋に馬が!!
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

沢尻の唇です。
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

りりこのポートレートはもちろん蜷川監督が撮影!
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

「羽田ちゃん!」byりりこ
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

沢尻エリカVS寺島しのぶVS桃井かおり

 このトライアングルが生み出す熱量はものすごい。個性派の女優三人が迫真の演技でぶつかり合うのだから当然といえるのだが。桃井演じる事務所社長・多田は野暮ったいりりこを拾い上げ、自分の理想の美しさを財産はたいてりりこに投影したすご腕女社長。りりこは彼女をママと呼び、ママの指示となれば枕営業だってする。強欲な二人にいいように扱われるのが寺島演じるマネージャー羽田。

 とにかく、すっぴんめがねで地味な彼女のいたぶられっぷりったらない。例えば、三人が顔を合わせた事務所で、芸能人にはご法度(付き物?)の熱愛スキャンダルがりりこを襲うシーン。マネージャーとして立場のなくなった羽田に、社長は「何やってんだ!」と罵声を浴びせるが、実は情報のリークを羽田に依頼したのはりりこ本人。もくろみどおりに事が運んだことに機嫌を良くしたりりこは「サンキュ!」と言って、羽田の耳にキスをする。

 欲と感情が入り乱れる複雑なシーンで、謝ってばかりの頼りなげな羽田を体現する寺島。オレンジメッシュ入りの左右イレギュラーなボブヘアで、身なりの整った敏腕社長に成り切る桃井。小悪魔的な魅力をゾクッとするような“憑依(ひょうい)演技”で見せた沢尻。細かな調整が行われる撮影の合間には、桃井をムードメーカーに笑顔で談笑する三人の姿も見られたが、本番では一転、テイクを数回重ねても三者三様の熱演が途切れることなく続き、息をのむような演技合戦が繰り広げられた。

りりこ様のお通りだいっ!
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

真剣なまなざしで向き合う寺島しのぶと蜷川監督
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

女優・沢尻エリカのリアル

 沢尻にとって2007年の映画『クローズド・ノート』以来、約5年ぶりの銀幕復帰主演作となる本作に、緊張がないはずはない。今年2月に行われた製作会見で「自分自身も闘っている。スタッフやキャスト、みんなの支えに恵まれている。この仕事をやれて本当にうれしい」と時折声を震わせながら思いを語った姿からもそれが見て取れた。

 沢尻の言葉は素直な気持ちだったはず。そう思わせるのは、ベッドからキッチンに駆け込むシーンで、「あんたなんかにわかってたまるか!」と泣き叫ぶ壮絶なひとコマがあったからだ。撮影前、りりこの特徴でもある前髪パッツンのストレートロングヘアーでランジェリーに近い衣装を身に着け部屋に入ってきたときから、沢尻はもうりりこだった。

 沢尻は人生の岐路に立っている孤独な主人公のオーラを漂わせ、伏し目がちな表情からは体温が感じられない。緊迫した空気が流れる中、ベッドから転げ落ち床に思い切り体をぶつけても、変わらない顔色。高い集中力が彼女を支配し、ただただ圧倒されるばかりだった。

 全身整形で作られたスタイル抜群の美しいトップモデルという難役に、体重コントロールを含めた自制の上で挑んだ沢尻。蜷川監督とは連日、現場だけでなく、撮影が終わってからも電話で翌日のシーンをどう演じるか話し合う時間を作ったという。全裸もいとわなかった彼女の本気度は誰もが認めるところであり、女優・沢尻エリカの映画復帰作として『ヘルタースケルター』は申し分ない衝撃作に仕上がっている。

映画『ヘルタースケルター』は7月14日より丸の内ピカデリーほか全国公開

涙の熱演!
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会

高い集中力……
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会
沢尻の覚悟を目撃せよ!
(C) 2012 映画『ヘルタースケルター』製作委員会
文・構成:シネマトゥデイ編集部 小松芙未

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