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本木雅弘
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
映画人として嫉妬さえ感じる作品との出会い
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』本木雅弘 単独インタビュー

取材・文:斉藤博昭 写真:金井堯子

大海原で船が難破し、救命ボートで助かった少年が、同乗していたトラと漂流生活を送る……。奇跡の物語を描き、想像を超えた3D映像も話題の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』で、日本語吹き替え版を担当したのが本木雅弘だ。大人になった主人公パイの声で、外国語映画の吹き替えは初めてのチャレンジという本木は、この作品の奥深い魅力に触れ、人生についてさまざまな問題も考えてしまったという。一体何が彼を夢中にさせたのか。本木がその思いを明かした。

■どんな人物にも共感させる、アン・リー監督のすごさ

Q:吹き替えをするにあたって、作品をご覧になったとき、どのような印象を持ちましたか?

まず3Dの技術がここまで物語に沿っていることに驚きましたね。そんな映像の迫力と共に、物語の余韻に浸りました。クライマックスの展開が、ある意味で衝撃的だったんです。これは原作にも書いてありますが、目の前に広がる世界には、見えるものだけが存在するのではなく、どう感じ、どう理解するのかが大切。理解することで何かが自分にもたらされる。各自それぞれ違うアプローチで考え、その世界が「自分の物語」になると気付かされる作品でした。

Q:確かにさまざまな解釈が可能な物語ですよね。

見終わった瞬間、僕なりの解釈を求めようとしましたが、時間がたつにつれ、さらに原作を読み合わせてみて、いろいろと考えが広がったんです。どんな過酷な体験でも、何らかの希望を生んだ物語の流れは、体験をしていない人でも同じように共鳴するし、それが自分の実人生にもつながってくる。「生きること」の深い部分を突き付けられた感じでしたね。

Q:アン・リー監督の作品には、もともと興味があったのですか?

全ての作品を観ているわけではないですが、職人技を感じさせる監督ですよね。特殊な背景を持ったキャラクターでも、観ている人に親近感をもたらしてくれる。それでいて客観的な視点もあるので、後から余韻が深くなるのでしょう。監督の作品では、登場人物の人生の中で感情が思わぬ方向へ流れていき、そこで笑わせたり、感動させたりする。そして予想外の結末へ導くストーリーテリングの技がさえている。大ドンデン返しではなく、思わず「ええっ!?」ときて、その後「これって、あるよね」とうなずいてしまうんです。

Q:リー作品で一つ例を挙げて、その感覚を説明してください。

男同士の恋愛を描き、一般的に奇抜な設定だった『ブロークバック・マウンテン』でも、例えば脇のキャラクターの人生までうまく語られていました。妻が、自分の夫と男の抱擁を見てしまったときの戸惑いや、その先の感情が妙にリアルでしたね。自分が女性でもないのに「こんな状況になったら、子どももいるのにどうしよう?」と真剣に考えてしまいました(笑)。主役以外への演出まで丁寧に練られているんです。

■有名スタジオでの録音は、裸にされた気分!?

Q:作品そのもの以外に、今回、吹き替えをやってみようと背中を押された理由はありますか?

アン・リー監督とお会いしたいからです(笑)。どんな「たたずまい」なのか。どういうオーラを持った方なのか、自分で確かめたいという思いがありましたね。

Q:本木さんが担当するのは、大人になったパイで、『スラムドッグ$ミリオネア』に出演されたイルファン・カーンが演じています。

イルファン・カーンさんは、まったく僕とイメージがかぶらないですよね(笑)。独特の雰囲気が漂っている方ですし、実際に録音が始まってからも違和感は残っていました。ところが、字幕のない画面を観ながら演じていると、素直にスクリーンの中に入り込めたんです。吹き替えをしながら、映像の魅力をダイレクトに受け止めていたんでしょうね。だから僕の声に違和感があっても、音楽の一部のようなものだと開き直れました。どっちにしろ、声だけで「本木雅弘」を認識する人も少ないですよね(笑)。

Q:録音が行なわれたのは、ロンドンでも有名な、65年の歴史を誇る「ディ・レーン・リー・スタジオ」だったそうですね。

もともとはレコーディング・スタジオで、ザ・ビートルズやクイーンも使ったことがあるそうです。古い建物で天井も低く、意外に質素なスタジオでした(笑)。日本だと通常、狭くてもブースがあって、ガラスの向こうでレコーディングするので、自分一人で集中するわけですが、今回はミキサーの人や演出担当の人も僕のすぐ横にいるんです。まるで裸になった気分(笑)。ちょっと焦りました。

Q:いま振り返って、吹き替えの仕事はいかがでしたか?

難しい仕事だと思いました。実際に演じている人のセリフの間合いや声のトーンを意識したいと思いつつも、セリフはある程度、意訳になるし、決められた時間の中で全てを入れなければならない。日本語と英語は文章の構成が逆だったりするし、表情とセリフがうまく合わないという点も乗り越えながら、説明するように語る。そこは大きなチャレンジでしたね。

■子どもたちに20年後の感想を聞きたい

Q:心に強く刻まれた作品で、初めての外国映画の吹き替えを経験することで、本木さんの人生にも何か影響があったのでは?

実生活において、自分も親として、何か信念をもって生きていこうと感じましたね。仮に今、僕の命が絶たれたとして、「何か印象的な親の姿を残せただろうか」と考えてしまいました。パイの父親は、ヒンズー教より科学を信じて生きているようで、「理性で考えろ。宗教は暗闇だ。自分を信じろ」と息子に教えます。そして全てを背負って長い旅に出る。そこまで家族全員の運命を動かす自信が、僕にはまだないです。

Q:父親として、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』をお子さんたちに観せるというのはどういう気持ちでしょう?

過酷な描写はありますし、結末の意味がどこまで理解できるかはわかりませんが、僕が思っている以上に子どもの心は柔軟ですから、冒険モノとして楽しんでくれるかもしれません。いま観てもらって、感想を聞いておき、もし10年後、20年後に彼らが改めて観たときに、「お父さん、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』ってこういう映画だったんだね」という会話が生まれるかもしれません。

Q:それは楽しみですね。では俳優として生きてきた本木さんに、パイのような運命が訪れたら?

10代からこの世界で生きてきて、本当の自分と向き合う機会が意外に少なかった僕が、もしパイのように裸一貫で投げ出されたら、どんなサバイバルができるでしょう? それを考えるのは面白いですね。おそらく優柔不断な考えで躊躇(ちゅうちょ)しているうちに、トラにパクリと食べられる可能性が高いですけど(笑)。

Q:さまざまな意味で『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』との出会いは、本木さんにとって「運命」だったのではないでしょうか。

いや、まだそこまでは実感していません。「運命の序章」という感じですね。今後、どう運命がつながるか期待したいです。断言できるのは、この素晴らしい作品に出会ったことで、同じく映画界に携わる者として嫉妬も感じたし、実人生にも深く影響を受けたということです。

俳優と映画の出会いは、たとえそれが吹き替えの仕事であっても、この上ない幸福をもたらすケースはそんなに多くないはず。本木雅弘と『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』の出会いが、奇跡のように幸福だった事実は、インタビューの間、ずっと漂っていた。「運命」という言葉を何度か繰り返した本木は、実は人一倍、運命を引き寄せるパワーを持っているのかもしれない。アン・リー監督との念願の対面の瞬間や、子どもたちと『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』を語り合う姿を、ぜひ見てみたい!

映画『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は1月25日よりTOHOシネマズ 日劇ほかにて全国公開

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