シネマトゥデイ

シネマトゥデイ
.
今週のクローズアップ アート作品からトンデモな迷作、アカデミー賞ノミネート作まで天才監督ダーレン・アロノフスキーを徹底研究

 旧約聖書の創世記に記された「ノアの箱舟」の物語を壮大なスケールで映画化したスペクタクル『ノア 約束の舟』が公開される。監督のダーレン・アロノフスキーは、長編監督デビュー作『π』からアカデミー賞の賞レースをにぎわせた『ブラック・スワン』まで、変幻自在の映像マジックで世界を圧倒してきた天才。その魅力に迫ります!

超低予算のインディーズ映画で鮮烈な長編監督デビュー 『π』(1997)

 製作費約6万ドル(約600万円、1ドル100円計算)の超低予算のインディーズ映画『π』が、1998年サンダンス映画祭最優秀監督賞、1999年インディペンデント・スピリット賞新人脚本賞受賞に輝き、長編監督デビュー作にして興行的にも批評的にも成功を収めたアロノフスキー監督。1999年に公開され、日本でも話題になった本作は、「世の中の全ての物事は数字に置き換えられる」ことを信条とし、ある日コンピューターが吐き出した216桁の数字で株式市場を解明できると思い込んだ孤独な天才数学者マックスの数奇な物語。その数字を狙う、株式コントロールをたくらむマフィアやユダヤの秘密結社が現れ、マックスは妄想と現実のカオスへと追い詰められていく。全編を通してセリフや映像に膨大な数字の羅列が用いられていることによる難解なイメージや、ストーリーの運びにも難があるため、好き嫌いは分かれるかもしれないが、独創的な映像、世界観は一度観たら忘れられない強烈なインパクトを残す。

 全編モノクロ映像、強迫観念に駆られる主人公の物語、むき出しになった人間の脳をペンで突き刺すといったグロテスクな描写はデヴィッド・リンチ『イレイザーヘッド』(1976)を彷彿(ほうふつ)させ、アロノフスキーが影響を受けた作品の片りんが見られる。また、マックスと唯一交流のある恩師の趣味が囲碁だったり、コンピューターに囲まれたマックスの部屋、膨大な数式、らせん模様といったモチーフも凝りに凝っていて、現実とも妄想ともつかない迷宮の世界を作り上げることに成功している。そして、映像表現へのこだわりは、第2作の『レクイエム・フォー・ドリーム』で飛躍的な進歩を遂げることになる。

 

『π』
Live Entertainment/Photofest/ゲッティ イメージズ

麻薬撲滅映画としても秀逸!映像センスがさえわたる衝撃作『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000)

 「これは単にドラッグの映画じゃない。テレビやコーヒー、ある意味では何でもいい。どんなものでも(人は)中毒になり得る」とアロノフスキーが語る本作は、孤独な初老の未亡人と、その息子と恋人が麻薬に溺れ、破滅していく姿を描いたサスペンス。原作は、ヒューバート・セルビーJrの「夢へのレクイエム」。アロノフスキーがハーバード大学在籍中に出会い、映画監督を志すきっかけとなったという「ブルックリン最終出口」の原作者でもある。アロノフスキーは「セルビーの著書の素晴らしさは、これらの異なるアディクション(耽溺)の全てが、実は非常によく似たものだと提示している点だ。それらはみな、我々が心の内に持つ穴を埋めるためのものなのだ」と原作の魅力を語っており、この作品が支持された最大の理由は、デフォルメされた世界でありながらも誰にでも起こり得る等身大の恐怖を描いたことにある。

 ある日、テレビのクイズ番組から出演依頼の電話を受けたことをきっかけに、ダイエットを目的に医者から処方された薬の中毒になっていくサラ(エレン・バースティン)。友人から麻薬密売の話を持ち掛けられ、「味」を試すために商品のドラッグに手を出したことから、ハマっていくハリー(ジャレッド・レト)とマリオン(ジェニファー・コネリー)。どちらも、きっかけはささいなこと、というのが恐ろしい。『トレインスポッティング』など、麻薬中毒者の幻覚シーンが際立つ作品は数あれど、「恐ろしさ」の点ではこの作品が群を抜いている。その秘けつに、アロノフスキーが「『π』で試みた表現方法をさらに追求した」と語っているように、映像表現が格段に進歩していることが挙げられる。今回は複数の人物が登場する複雑性を、同じ空間や時間で異なる主観で表現するために、分割スクリーン、ヒート・カム、バイブレイター・カム、カメラを俳優の体に装着するスノーリ・カムなど、多彩な手法が用いられている。

 例えば、食欲を紛らわせるためにサラが掃除をするシーンはコマ撮りが用いられており、1秒の映像を撮る所要時間は1分、25秒のシーンに40分費やしたというから気の遠くなるような作業だ。その上、撮影したコマをさらに抜き出し、1秒24コマにすることで動きは猛スピードになり、孤独な時間をやり過ごそうとするサラの危うい精神状態を生々しく表現している。また、ハリーとマリオンがハイになる様子、サラがコーヒーと薬を飲む様子は、シャープな音と映像を音楽のようにつなぐ「ヒップホップ・モンタージュ」という手法が用いられ、これが映画の肝となっている。アロノフスキーはこの意図について以下のように語っている。「ドラッグの使用前、使用後の人間の姿を観客に見せたかった。『ヒップホップ・モンタージュ』の反復性が中毒という強迫観念性を巧みに捉えられていればいいと思う」。ちなみに、この際に使われた音はアロノフスキーが幼少期を過ごしたコニー・アイランドでの記憶が基になっており、頭上をかすめていく飛行機の爆音なんだとか。

 


『レクイエム・フォー・ドリーム』
Artisan Entertainment /Photofest/ゲッティ イメージズ

熱意が過ぎて珍品になった壮大過ぎるラブ・ファンタジー『ファウンテン 永遠につづく愛』(2006)

 愛する女性を救おうとする男性の物語を、過去、現在、未来という異なる時間軸で描く壮大なロマン『ファウンテン 永遠につづく愛』。「現在」では、余命わずかの妻イジー(レイチェル・ワイズ)を救うため新薬開発の研究に没頭する医師トミーを、イジーが書いた物語の「過去」では、女王(レイチェル・ワイズ)の命令で不死の肉体を得られるという「生命の泉」を探す中世の騎士トマスを、「未来」では、愛の悟りを開こうとするその後のトミーを、ヒュー・ジャックマンが1人3役で演じている。そんなあまりにも壮大なストーリーに対して、ヒューが初めに抱いた印象は「混乱したという感じかな」。そして「同時に、希望みたいなもの、何か惹(ひ)き付けられるメッセージを感じた」のだという。本作においてアロノフスキーの右腕となったのが、原案を務めた神経科学者のアリ・ハンデル。脚本を執筆するにあたって、マヤ文明と征服者について調べるためにグアテマラ、ホンジュラス、メキシコと各地に足を運んだという徹底ぶりだ。「7週間でマヤ人が200人とエキストラ800人を集め、ジャングルに27メートルのピラミッドを建てるなんて無謀過ぎる!」とプロデューサーが悲鳴を上げていたが、そんなアロノフスキーの徹底ぶりが過ぎたのか途中、製作中止の事態に追い込まれる一幕も。

 『レクイエム・フォー・ドリーム』で映像表現を追求したアロノフスキーは、当然ながら本作でさらに進化することになる。「過去」の中世に登場する宗教裁判のコンセプトはシンメトリーで、フレーム、照明も左右対称。騎士トマスは、直線状に動くよう設定されている。また、永久の命をもたらす「生命の泉」を見つけたトマスが樹液を飲み、体から生えた葉や花で埋もれるシーンではアロノフスキーがCGを使いたがらなかったため、美術担当が特殊な装置を開発。花はいろんな向きに咲くためにその動きを表現するのは不可能で、しぶしぶ適宜CGの使用が許されたというが、そのかいあってド肝を抜く迫力あるシーンとなっている。同様に、宇宙空間のシーンでもCGの使用を拒み、マクロ写真家のピーター・パークスの協力を得て、シャーレの中でさまざまなモノを使い、天体領域や星雲、超新星を表現したのだという。

 そして、最もスタッフを悩ませたのが「未来」の表現。「宇宙の光にはどんな特性があるのか、星雲や宇宙の果て、死にかけた星では光はどのように変わるのか?」。見当もつかない難問が山積みだったというが、宇宙船を透明の球体にしたところにいかに「独創性」を重視したのかがうかがえる。膨大な手間と時間、巨額の製作費をつぎ込みながらも、修行僧の姿をしたヒュー・ジャックマンが、どこともわからない空間に浮かんで座禅を組んでいる、といった不思議な画が満載で、凡人には理解不能な珍品になってしまった感もあるが、妥協を許さないアロノフスキーの情熱はひしひしと伝わってくる。本作を機に、レイチェル・ワイズと熱愛関係となり1児をもうけたことからも、アロノフスキーにとっては人生の転機となった作品といえるだろう。

 



『ファウンテン 永遠につづく愛』
Warner Bros/Photofest/ゲッティ イメージズ
主演女優にオスカーをもたらしたサイコスリラー『ブラック・スワン』(2010)

 『レクイエム・フォー・ドリーム』でエレン・バースティンがアカデミー賞主演女優賞にノミネート、『レスラー』ではミッキー・ロークが同賞の主演男優賞にノミネート。そして『ブラック・スワン』で、ついにナタリー・ポートマンが主演女優賞を獲得しているように、アロノフスキーは俳優&女優を「化けさせる」力を持つ監督でもある。「『これだ!』と思うシーンが撮れたとしても、他のパターンも撮っておくようにしている。新しい発見があるかもしれないからね。そうすると、大体5割の確率で収穫がある」と、アロノフスキーは自らのスタイルについて語っているが、それに付き合った俳優たちの苦労は計り知れないものがある。「夜中の3時に20回ぐらい連続でカメラを止めずに撮り続けたことがあったわ。次々と演出を変えてね。彼はいかなる時も集中力を切らさないの」と、ナタリーは『ブラック・スワン』の壮絶な現場を振り返っている。

 「ドストエフスキーの『分身』は、分身に人生を乗っ取られる主人公の物語で、いつか映画の題材にしたいと思っていた。そんな中、バレエの『白鳥の湖』を観て白鳥と黒鳥を一人が演じることを知り、これだ! と思ったんだ」とアロノフスキーが制作のきっかけを語る『ブラック・スワン』。テイストは全く異なるものの、落ち目の中年プロレスラーの哀愁を描いた前作『レスラー』と本作は通じるところが多いのだという。「プロレスラーもバレエダンサーも体を使った表現者。年齢やケガといったものが彼らを脅かす。自己表現するための武器はその体しかない」と、アロノフスキーは2作の共通点を解説する。

 この作品の重要なモチーフとなったのが、鏡。プロダクションデザイナーは「とにかく反射する表面なら何でも使うようにしたわ。ニナが分身と混じり合い、誰なのかわからなくなる。それが鏡の主な使い道ね」と、その効果を語る。CGの使用を避ける傾向にあるアロノフスキーだが、本作では300ものCGをスタジオに依頼したといい、特殊メイクと組み合わせることによって、美しくも恐ろしい「白鳥の湖」の世界を作り上げた。そして、最大の見せ場である「黒鳥」のバリエーションでは、モーションキャプチャーとCGを駆使して鳥肌が立つような変身シーンが誕生した。ナタリー演じるニナの腕が羽と化していくシーンでは、まず吹き替えのダンサーの体にマーカーを装着して数台のカメラで全ての動きを記録し、それを基に腕に羽をCGで描き加えるといった手法が用いられている。アロノフスキーは、「化け物に変身するナタリーを描くのが楽しかった」と満足する一方で、「ナタリーは表情では本物のダンサーに劣らないが、肉体では及ばない。ダンサーたちは何年も体を痛めつけているから、足にタコができていたり、体つきが変わっている。本物のダンサーなら見破るはず。経験者以外には満足してもらえるんじゃないかな」と、問題点も自覚しているのがいかにも完璧主義者だ。

 


『ブラック・スワン』
Fox Searchlight Pictures/Photofest/ゲッティ イメージズ
ナタリー・ポートマンが第83回アカデミー賞主演女優賞を受賞したときのスピーチの模様
Michael Yada / (C)A.M.P.A.S
長年のキーワードである聖書に真っ向から挑んだスペクタクル『ノア 約束の舟』(2014)

 アロノフスキーの監督最新作『ノア 約束の舟』の題材は、旧約聖書の創世記に記された「ノアの箱舟」の物語だが、デビュー作『π』で、ユダヤ秘密結社のレニーが「旧約聖書の“神の名前”が216桁の数字」と語っていることからも、「聖書」はアロノフスキーにとって重要なモチーフとなっているのがわかる。『ファウンテン 永遠につづく愛』では冒頭、「神はアダムとイヴをエデンの園から追放し、炎の剣を置いて『生命の木』を守らせられた」という創世記第3章24節が引用されている。

 「ユダヤ教、イスラム教、キリスト教と主だった三つの宗教の核となる物語で、人類最高の物語の一つ。今までずっと、民話やコメディー、アニメなど子供向けのお話というアプローチばかりだった」と、アロノフスキーはノアの物語が壮大なスペクタクルロマンとして描かれてこなかったことへの驚きを語る。創世記にはノア(ラッセル・クロウ)の感情を知るすべがなかったため、アロノフスキーと共に脚本を手掛けたアリ・ハンデルは、ノアの時代と彼の行動を理解するために、『ファウンテン 永遠につづく愛』と同様、さまざまな宗教、歴史、学術的資料を読みあさってストーリーを紡いでいったのだという。「箱舟を造って罪なきものを救え」という神の啓示を受け、使命を全うするために人類を見殺しにしなければならないノアの葛藤のドラマもさることながら、圧巻なのは地上全てのつがいの動物たちと家族が乗り込む箱舟のセット。

 箱舟が作られたのは、ロングアイランド北部にあるプランティング・フィールズ・アーボリータム州立森林歴史公園。チームは5か月にわたり、創世記に記された寸法の3分の1にあたる約52メートルの大きさ、3階建ての箱舟を造り上げた(創世記に記されたサイズは、およそ高さ13メートル、幅22メートル、全長133メートル)。1階は哺乳類、2階は爬虫(はちゅう)類と昆虫、3階は鳥類と分けられているが、この動物たちは彫刻によるレプリカとCGIを組み合わせて作られている。アロノフスキーは「箱舟が現代の動物園のように見えてほしくなかった。デジタルで描くことであらゆる種類の動物たちを見せられる」と言い、絶滅した動物までも再現している。この、ノア一行の命運を握る、創世記に登場する堕天使の巨人ネフィリム、通称ウォッチャー(番人)のビジュアルも見ものだ。「『ファウンテン 永遠につづく愛』のときは、ほんの小さな水たまりをCGで作ることになっただけですごく怖かった。まだそれだけの技術がなかったからね」と、アロノフスキーは技術の進歩によって映像表現の可能性が広がったことを実感しているようだ。

 『ブラック・スワン』のインタビューで、「監督にはさまざまな能力が必要。物事を伝える力や常に答えがわかっているような態度も必要だ。何が正しいかなんて直感に頼るしかない。時間と創造性と予算、三つのバランスが重要だ」と、監督の資質について流ちょうに語ったアロノフスキー。『ファウンテン 永遠につづく愛』で一時製作中止に追い込まれるという修羅場を経験した彼は確実に成長し、ハリウッドの第一線で活躍し続けている。主演俳優たちがこぞってオスカーにノミネートされ、『ブラック・スワン』では自身も監督賞にノミネートされただけに、彼がオスカー像を手にする日はそう遠くないはずだ。

映画『ノア 約束の舟』は全国公開中

 


『ノア 約束の舟』
(C)2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved
ラッセル・クロウを演出中のダーレン

文・構成:シネマトゥデイ編集部 石井百合子


[PR]

この記事を共有する

映画アクセスランキング
  • Loading...
»もっとランキングを見る«
スポンサード リンク
スポンサード リンク
  1. 記事
  2. 2014年
  3. 6月
  4. 13日
  5. アート作品から迷作、アカデミー賞ノミネート作まで、天才監督ダーレン・アロノフスキーを徹底研究