シネマトゥデイ

山田洋次監督&黒木華
『母と暮せば』
広島と長崎はカタカナやローマ字にすると別の意味を持つ
『母と暮せば』山田洋次監督&黒木華 単独インタビュー

取材・文:轟夕起夫 写真:高野広美

終戦から3年後、長崎の原爆で亡くなった青年が、ある日母親の前に現れることから始まる『母と暮せば』。巨匠・山田洋次監督が手がけた85本目となる最新作は、ファンタジーの匂いを漂わせつつ、ずしりとした愛情のドラマを観る者の胸に届ける。主演の吉永小百合と二宮和也が体現する親子の物語に複雑な味わいをもたらすのは、監督の前作『小さいおうち』でベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)を受賞した黒木華。もはや名コンビとも言うべき二人が、作品に込めた思いを語った。

■黒木華が演じた「町子」という役名の秘密

Q:黒木さんは『小さいおうち』(2014)で山田監督の現場は経験済みですが、今回、どんなときに“山田組”に戻ってきたという実感を噛みしめましたか?

黒木華(以下、黒木):うーん、いろいろと思い浮かべるんですけど……その日の撮影が夕方ぐらいに終わると、「ああ、やっぱり“山田組”だな」って。

山田洋次監督(以下、監督):僕(の現場)はいつも、大体定時に終わるんです。それは珍しいことなんだね。二宮くんもよくそう言っていたよ。

黒木:早く帰れた分、家で“明日のお芝居”について考えられるんです。これって贅沢なことなんです。それから一番“山田組”を感じたのは、セットや衣装、スタッフワークの全てに愛情が行き届いているんですが、どこかにピリっと緊張感が走っている。そこに山田監督の演出される声が響きわたると、もう!

Q:例えば黒木さんふんする小学校の教師、町子先生が教え子を引率して復員局へ行くところ……終戦から3年経っても戦地から帰ってこない父親の安否を尋ね、気丈な振る舞いを見せる少女に町子先生が号泣してしまうシーンはどんな感じだったんですか?

監督:あそこは結構テストを繰り返して、時間をかけてつくっていきましたね。町子は基本、少女を見つめているだけだから、黒木くんは大変だったと思います。芝居のやりようがない。いろいろ動いたり表情を変えたり叫んだりするほうが意外とラクなんでね。町子はじーっと見つめている。悲しみがこう、どんどん深まっていく。俳優としてはなかなか、難しいシーンだったんじゃないかな。

黒木:はい……とても難しかったです。監督は、わたしたち役者だけでなく現場の隅々にまで目を配られ、全体の空気づくりも大切にされている。復員局で順番を待つたくさんのエキストラの方々にも細かく演出をつけられていました。

監督:みんなよくやってくれた。エキストラの人たちが本当によかった。

黒木:あの復員局全体の空気感に、わたしは随分と助けられました。

Q:ちなみに少女役は本田望結さんなんですが、名前は「民子」。山田監督の映画のファンにとっては特別な役名ですよね。

監督:そうです。「風見民子」という名前をあの少女に捧げたんです。僕が以前、倍賞千恵子さんと撮った『家族』(1970)と『遙かなる山の呼び声』(1980)のヒロインの名ですよね。

Q:では黒木さんの「町子」という名前も、やはり監督が倍賞さん主演で撮られた『下町の太陽』(1963)のヒロイン「寺島町子」から来ているのでしょうか?

監督:ええ。「町子」の“まち”っていう響きが何だか温かく、かわいらしくて、僕が好きなものですから。

黒木:うれしい……そうだったんですね!

■主人公の浩二の、そして山田監督の“思いやり”

Q:本作で二宮さんが演じられた“浩二”は原爆の犠牲となり、母親の伸子(吉永小百合)とともに恋人の町子は悲しみを耐えている。しかし監督は、町子に“戦後の希望”を託してもいますよね。

黒木:どこか前向きなんです。監督には「どっしりとした明るさが欲しい」と言われました。伸子さんもそうですが、町子はたくましい“長崎の女”で、原爆で受けた心のキズについて話すところも「そこはそんなに暗くはしないで」と演出してくださいました。

監督:町子はね、幸せにならなければいけない人だと思う。浩二や伸子のことは忘れていくべきなんです。もちろんそれはとてつもなくツラく苦しい選択で、町子だっていつまでも思い返すでしょう、二人のことは。でもいずれは新しい恋人と出会い、結婚をし、家庭を持っていく。それが人間の運命っていうものですからね。

黒木:そうですね……(小さくうなずく)。

Q:この映画では母親の伸子しか、“亡霊”となって現れた浩二を見ることができないのですが、もし町子にも浩二の姿が見えてしまったらどうだったでしょう?

黒木:見えてしまっていたら……やはり、前には進みづらい気がします。「見える」ってことは「一緒にいることと変わらない」とわたしは思うので。「自分のそばには浩二さんがいる……」と変わらず愛し続けるのではないでしょうか。

監督:あまりにもかわいそうだよね、町子が。浩二はきっと、町子のことをおもんばかって「彼女の前には姿を見せない」と決めたに違いない。それは浩二の精一杯の“思いやり”じゃないですかね。

黒木:わたしは、山田監督の思いやりも感じました。

監督:ああ……「町子よ、早く忘れていいんだよ、浩二のことは」と、そう言ってやりたい気持ちは確かにありましたね。

■二宮和也は歌舞伎役者っぽい!?

Q:ところで聞いた話では、二宮さんの台本の読み方は独特で、自分のセリフを中心に、あとはポイントをおさえる程度しか読まれない、と。そうして監督にすべてを委ねるメソッドらしいんですが。珍しいですよね、役者さんとしては。

監督:初めて聞いたな。そうなの?

黒木:ホン読みもありますし、全体のストーリーもちゃんとつかんでいらっしゃるとは思いますけれども。

監督:そうだよね。かえって難しいよ、そのやり方は(笑)。昔の歌舞伎の役者ならば、そういうことをしたかもしれないけど。

黒木:もしかしたら、二宮さんは歌舞伎役者っぽいのかも(笑)。わたしはいちいち現場で「すごいなあ」と感心していました。柔軟性、反射神経が素晴らしく、監督から言われるとすぐに反応できるんです。わたしの場合は一瞬考え、ワンテンポ遅れてしまう。「それはこういうことでしょうか?」と確認もしちゃいますし。二宮さんは「はい」と言って、トライされて、自分のものにされていくスピードがとても速いんです。

Q:ここは監督、黒木さんの素晴らしさもぜひ一言!

黒木:えっ(困惑気味に手を振る)。

監督:僕がわざわざ言わなくてもすでに、それは観客の皆さんがよーく知っていることなんじゃないかなあ(笑)。

Q:すみません、愚問でした! その通りです!!

■「長崎」、そして「ナガサキ」への思い

Q:クランクインの直前に、二宮さん、吉永さん、黒木さん、そして監督とスタッフの皆さんとで長崎を訪れたそうですが。

黒木:やっぱり、現地の空気を肌で感じて演じるのと、知らないでやるのとでは全然違う気がします。長崎の坂道をたくさん歩きましたし、ここにかつて、本当に原爆が落とされた、ということが今は信じられないくらい美しい街でした。でも何かは感じる。そこかしこに小さい教会があって、マリア様がいて、クリスチャンの皆さんが根付いて、生活が続いている街を実際に体感できたのはとてもありがたかったです。

監督:「怒りの広島、祈りの長崎」って言うんだよね。祈りっていうのはつまり、クリスチャンが多かったということなんだ。2年前にこの企画が僕のところに井上ひさしさんの三女、井上麻矢さんから持ち込まれたとき、ふと「できるんじゃないか」と僕は思った。で、製作スケジュールとか俳優さんのキャスティングが決まっていき、「待てよ、これは封切りはいつなんだ」と考えたら、2015年の夏までに完成させて年内に公開すると。ちょうど“敗戦70周年”だったんですね。そのとき不思議な運命のようなものを感じました。広島と長崎というのはカタカナやローマ字で書いたとき、別の意味を持ち始めるわけです。世界の人たちが知っているし、また20世紀の人類の歴史として記憶に留めなければいけない地名で、その“ナガサキの物語”ってことが重要ですよね。お母さんと息子の話なんですが、「舞台はナガサキ」だと。それは世界中の人の胸に永久に刻み続けてほしい地名なんですよね。

山田監督が「終戦70周年」ではなく、「敗戦70周年」とこだわった理由が本作の肝でもある。つまり、そこからスタートするということだ。世の中には苦しいけれども前に進むために、忘れなければいけないことがあり、逆に、だからこそ絶対に忘れてはいけないこともある。『母と暮せば』はそんな山田監督の“切なる思い”、そして黒木華の真摯な演技が深い余韻を残す映画となっている。

映画『母と暮せば』は12月12日より全国公開

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