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昭和の大スター・美空ひばりさん23回忌、今だに第一線の歌手として活躍できるのは皆さんのおかげ

昭和の大スター・美空ひばりさん23回忌、今だに第一線の歌手として活躍できるのは皆さんのおかげ
穏やかな表情の美空ひばりさんの写真

 20日、千代田区の帝国ホテルにて、歌手・女優の故・美空ひばりさんの「23回忌法要」が行われ、五木ひろし、秋元康、宇津井健、小林幸子、岸本加世子、綾戸智絵、ジェロ、松平健、デビ夫人、川中美幸、泉ピン子、みのもんた、中尾彬などそうそうたる顔ぶれが出席、昭和の大スターだったひばりさんをしのんだ。

 昭和の大スターである美空さんが、52歳という短い生涯を終えたのは1989年6月24日のこと。この日の法要には、大スターだったひばりさんをしのんで、多くの人々が来場した。花が敷き詰められた祭壇は「不死鳥」をテーマに作られた。これは、1988年4月11日に東京ドームで行われたコンサート「不死鳥 美空ひばり in TOKYO DOME ~翔ぶ!! 新しい空に向かって~」をイメージしたものだった。

 式典のオープニングには、「23回忌美空ひばりの歩み」と題したビデオを上映。1937年5月29日のひばりさんの誕生から、歌手デビューの経緯、映画出演、ブラジル公演、新宿コマ劇場公演、歌舞伎座公演、武道館ライブ、東京ドーム不死鳥コンサート、そして密葬まで、写真や映像などを織り交ぜながらひばりさんのすばらしさを振り返ったおよそ15分強の映像が流されると、集まった人々から大きな拍手が起こった。また、会場に設置されたモニターでは「柔」「悲しい酒」「東京キッド」「真赤な太陽」「川の流れのように」といったひばりさんのヒット曲を多数上映。時代を超えても、なお心に迫る力を持った曲の数々に、モニターに向かって手拍子をする人の姿や、目を閉じてじっくりと浸っている人の姿もあった、

 ひばりさんの子息であり、株式会社 ひばりプロダクション社長の加藤和也氏は「このような素晴らしい23回忌法要を開催させていただき。本当に感謝の言葉しかございません。母が亡くなって、丸22年になろうとしています。体はなくしても、今だに第一線の歌手として活躍する場があるのは、音楽関係、芸能界、メディアの方々、すべての皆さんのおかげです。皆さんが生きているときと同じように大事に思ってくださらなかったら、美空ひばりは現役として歌えませんでした。このような会を開かせてくださり、母も新たなステージに旅立てるのではという気持ちになりました」とあいさつ。

 そんな加藤氏のスピーチに目頭を熱くしていたのが、ひばりさんの大親友だったという中村メイコ。「私の息子といっていい施主の和也が、あいさつをこんなによどみなく、しかも美しく正しい日本語で出来るなんて。これもいろいろと彼に教えていたひばりママのおかげね。とんちんかんなところもありましたが」とステージから賛辞を贈ると、客席の加藤氏は目を両手で覆って、感激した様子を見せ、その夫の姿に隣にいた有香夫人も涙ぐんだ。そして中村が「あたしもひばりさんも大変なのんべいでした。わたしもひばりさんと同じくらいに飲んでいたのに、どうしてあなただけが病気になるの? と聞いたら、ひばりさんは『違うよ、メイコはあたしの半分しか飲んでいない。メイコはね、止めてくれる人がいたの。(夫の)神津さんや、小生意気な(娘の)カンナがね。でもわたしはこの家で一番偉いの。わたしが酒を持ってこいと言えば、持ってこなくちゃいけないの。止めてくれる人がいるって幸せなことよ』って言われたんです」とひばりさんとの秘話を明かしていた。

 この日、会場に集まったのは美空さんに関わりの深かった620名。祭壇に飾られた写真は、不死鳥コンサート用に写真家の篠山紀信氏が撮影したもの。その表情は非常に柔和で穏やかな優しい顔であった。(取材・文:壬生智裕)


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