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天皇コラージュ作品問題でタブーに触れた大浦監督が、新右翼の活動家・見沢知廉のドキュメンタリーを作った理由とは!(1/2)

天皇コラージュ作品問題でタブーに触れた大浦監督が、新右翼の活動家・見沢知廉のドキュメンタリーを作った理由とは!
とっても穏やかな物腰の大浦監督!

 1994年に獄中で書いた「天皇ごっこ」で新日本文学賞佳作を受賞し、2005年に自宅マンションから転落して死去した思想家・見沢知廉(みさわちれん)のドキュメンタリー『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』を監督した、大浦信行が撮影について、見沢の人間像について語った。

 本作のオープニング、生前あるトークライブに出演して語っている見沢の肉声が響く。始めは静かに、まるで酔っているかのようにゆらゆらと語り始めた見沢の声は、次第に激昂し、最後は壮絶な叫びへと変わっていく。あまりにもインパクトの強かったオープニングだが、大浦監督は「見沢さんの話し方って、薬かなんかでラリってるんじゃ?……って思いませんでしたか? でも、彼は全く酔っていないし、薬を飲んでいるわけでもなく、もともとああいう話し方をする方なんですね。あの語りには、見沢さんが抱えていた時代への焦りや、やるせなさが集約されていた気がしたんです」という。「最初は、ぼそぼそと、おれはダメなんだ、もう三回も死んでいるんだ、没落していくだけだ……などと社会に適応できない焦燥感、自分の弱さ、を語りながら、自分の心の闇におりていく。その後、あるときハッとして、狂ったように外に向けての叫びに反転していく。僕はその両極端な姿にとても惹かれたんです」と話す監督の言葉どおり、心の闇に真摯に立ち向かおうとする自分と、そんな自分に対して嫌悪感が増していき、世界に向かった怒りを吐き出す。その揺れの極端さは、本作のサブタイトルである「たった独りの革命」を生きた、見沢のすべてを語っている。

 見沢には、新左翼として、1978年三里塚闘争で成田空港占拠闘争の最前線を戦ったのち、新右翼へと身を転じ、イギリス大使館への火炎瓶ゲリラなどを指揮。1982年にスパイ疑惑のあった同志を鉄パイプで殴ったすえに、絞殺した遺体を青木ケ原の樹海に遺体を遺棄。懲役12年を言い渡され、千葉刑務所にて12年間収監されたという衝撃的な過去がある。本作では、その壮絶な過去にも触れており、青春時代から見沢とすべての行動を共にした親友の設楽秀行が、当時の生々しい殺害の様子を淡々と語るシーンが登場する。一点を見つめながら、見沢と共に犯した殺人のすべてを語る設楽の姿は、強い印象をスクリーンに残す。大浦監督は、「設楽さんが、おれには見沢が必要で、見沢にはおれが必要だった、と話されたんです。運命の出会いともいえるような二人の関係は、とても印象的でした」と話した。


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