小心者のポップコーン食べ方戦術
コラム
ポップコーンの起源は紀元前3600年ごろにさかのぼる。かつてネイティブアメリカンたちは焚き火の中に種を放って弾けたものを食べていたという。映画館で食べられるようなったのは、それからかなりの年月がたった大恐慌時代のアメリカだ。原料となるトウモロコシがもともと安価であったせいか、当時の異常なインフレーションの影響を受けなかったポップコーンは、手軽な嗜好品として人々に愛され、いつしか映画館の定番メニューとなった。
■反ポップコーン主義の台頭
劇場での飲食は、販売されているものに限り、これを認められている。近年では飲食自体を厳禁とする劇場も珍しくない。「映画を静かに十分に楽しんでほしい」との計らいであろう。観客の中に館内での飲食を快く思わない人々が一定数いることも確かで、その中でも音やにおいが気になって映画に集中できないという人がいることは想像に難くない。こうした人々は神経質だと思われがちだが、気になるものを「気にするな」というのも横暴だ。特にホラーやサスペンスといった緊張感のある作品や泣ける映画は注意が必要。ほかの観客の鑑賞の機会を台無しにしてしまうのは、いかなるポップコーン好きといえども望むところではないのだ。
■ポップコーン戦術
そんな時流もあってか、繊細な精神の持ち主ならば気を使ってポップコーンに手をつけるのもためらいがちになるだろう。こうした現在の過酷なポップコーン事情下に生きる「映画といえばポップコーンでしょ。でも人目が気になってポップコーンを買えない」という繊細な愛好家たちのために平和裏にポップコーンを(もとより映画を)楽しむスタイルを紹介しよう。
【短期決戦型】
短期決戦は歴史が語るように実に優れた戦術の一つだ。本編上映開始前の予告編の時間は劇場や作品によって異なるが、10分程度がおおよその目安だといえる。この間にポップコーンを食べきってしまおうというフードファイター顔負けのスタイルが短期決戦型。豪快に食べたいという欲求と誰の迷惑にもなりたくないという優しさが生んだ狂気。映画を選ばないが人を選ぶ。
【サイレントポップコーン型】
慎ましく我慢強い人のための食べ方。口の中に少量のポップコーンを放り込み、口を閉じてゆっくりとふやかし、舌でそしゃくするという技巧が要求される。映画に集中しにくいという難点を除けば、全編にわたっていつポップコーンを食べても良いという夢のようなスタイル。修行僧さながらのストイックさで修練を積めば映画に集中できるようになる。特に音の出やすいキャラメル味ポップコーンでその真価を発揮する。
【デカい音にあわせて食べる型】
ポップコーンを遠慮がちに食べることに一抹の悔しさを覚える人にお勧めの食べ方。あらかじめ片手でポップコーンをストックしておく必要があり、素早い補給が鍵。うまく上映時間内に消化するには勘所が重要だ。常時爆音が流れるようなアクション作品にかなり有効なスタイル。
【流し込み型】
口に入れたポップコーンをドリンクで流し込む。食べ物を味わうということを知らない徹底的な合理主義で水分とエネルギーを同時に摂取可能、音を立てずに食べることができる非常に文明的なスタイル。しかし、時折「何のためにポップコーンを買ったのか」という本質的な問いに悩まされることがあり、そこらへんの映画より泣ける。
【千切り型】
ただでさえ小さなポップコーンをさらに細かくすることで、消音効果を高める加工型スタイル。両手のベタベタ化に拍車が掛かる上に、食べきるのに時間がかかる。解体中に「食べ物で遊ぶな」と知らないおじさんに叱られる可能性も考慮して、隅っこの席を確保しておくのが得策。「サイレントポップコーン型」と組み合わせることで完全な無音が実現する。
■ガサ音問題
口に運んで静かにポップコーンを楽しむ。これで万事解決。と思いきや、中にはポップコーンをカップから取り出す「ガサ音」にストレスを感じる人もいるのだ。「ガサ音」は一見、不可避のように思えるが、ちょっとした工夫で案外どうにかなってしまうものなのだ。一番上のポップコーンをとるように心掛ければ「ガサ音」は発生しない。常にポップコーンを山に見立てその頂から2、3ポップコーンを取る。ポップコーンのカップは基本的に円柱になっているので、減り具合に応じてカップを傾けることで、つかむべきポップコーンを見つけやすくなるはずだ。落ち着いたらカップをホルダーに戻し、したり顔で映画に集中するのが良いだろう。
■メニュー別の危険度
劇場で食べられるものは何もポップコーンだけではない。中にはポップコーン以上に購入者に過酷な運命を強いるものも存在する。逆にお手ごろで音が出ないものもあるので要チェックだ。
【ポップコーン】
スタンダード。静かに飲食する訓練に最も適したメニュー。フレーバーによって攻略の手法も微妙に異なる。特にキャラメル味は音が出やすいので注意。最近では二種のフレーバーを組み合わせて購入できる劇場もある。
【ナチョス・タコス】
音の発生に関して最大の危険度を誇る上級者向けの一品。しかし、その美味さは無類。テキサスのソウルフード。
【ポテト】
やわらかいので音が気にならない。手がベタベタになる。映画館以外でも食べられるのでプレミア感が希薄だが、消音と腹持ちに優れたダークホース。
【チュロス】
意外にも音が出てしまうチュロス。量はそれほど多くないので短期決戦型で予告編の内に消化できる。チュロスは劇場のほか、テーマパークをはじめとした一部の場所でしか購入できないので、ここぞとばかりに買っておくのも手だ。ポップコーンを食べる前にチュロスを食べて劇場の音響を計るという高等テクニックにも利用できる。
【ホットドッグ】
やわらかくて食べやすい。量も多くないので予告編で消化できる。ケチャップの暴発だけに細心の注意を払えば、赤子のように扱いやすい一品。
【クレープアイス】
においなし、音なし。手の掛からない優等生。安全牌だが腹持ちもそれなり。友人や恋人、家族の「一口ちょうだい」攻撃に遭いやすい上に、劇場の温度環境によっては最悪の結果をもたらす。溶けたアイスが腕を伝ってきたとき、もはや映画に集中するのは難しい。
このようにちょっとした配慮と知恵によって自分が無害で紳士的なポップコーン愛好家だとアピールすることができる。中には人目を気にせずバリボリと音を発しながらポップコーンを頬張る人もおり、禁じられているにもかかわらず持ち込んだ食べ物をガシガシ食べている不逞の輩に遭遇することもある。彼らは心からリラックスして映画を楽しんでいるに違いないが、洗練されたスタイルでポップコーンを食べる我々は、彼らと一線を画す存在となるだろう。ポップコーンを買うのをためらいがちな人、人の目が気になっていつもポップコーンが余ってしまう人に実践してほしい。(編集部・那須本康)