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石井岳龍&笠松則通、『爆裂都市』を振り返る「皆、僕に死ねと思っていたんじゃないか」(1/2)

石井岳龍&笠松則通、『爆裂都市』を振り返る「皆、僕に死ねと思っていたんじゃないか」
『爆裂都市 BURST CITY』のブルーレイ化作業現場にて。笠松則通撮影監督と石井岳龍監督

 1980年に公開され、いまだカルトな人気を誇っているSFアクション映画『爆裂都市 BURST CITY』のブルーレイ化作業現場で、石井岳龍(当時は石井聰亙)監督と笠松則通撮影監督が、映画さながらに過酷だったその舞台裏を明かした。

 狂気と退廃が支配する近未来の街・破怒流地区を舞台に、ロックとレースに明け暮れる住人たちが、私欲のため原発を推進するギャングや警官隊と激突する本作。製作費約5,000万円を東映が出資したインディーズ映画だが、激しいロックのリズムに乗せ、全編に暴力と怒号が飛び交うパワフルな作品だ。「常に心がけているのは、その時代を映すこと。この映画にも、当時の混沌とした空気が出ていると思う。めちゃくちゃな映画だけど、狙って作ったというよりも、暴動とエネルギーを撮ろうとした結果こうなったという感じはします」と石井監督は語る。

 街の撮影が行われたのは、主に埼玉県川口市の廃工場。何棟も工場棟が並ぶ敷地内に色を塗り、電飾を付けてマーケットやストリートが作られた。笠松は「夜通し撮って、夜が明けると現場で仮眠して昼からまた撮影をする感じ」と当時を振り返る。石井監督は「スタッフは交代で仮眠できるけど、俺と笠松カメラマンはほとんど寝られなかった。おまけに公害問題で潰れた工場の跡地だったから、衛生面でも最悪の環境だった」と明かす。

 荒々しいテイストを出すために、映像にはあえて粒子感を出している。笠松によると「狙ったのは、『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973)で北大路欣也が自殺するラストのざらつき感。今の若い人はノイズって呼ぶけど、ノイズじゃなく粒子なんだよね」という。加えて石井監督は、8ミリフィルムも使ったと語る。「限界まで乱暴な画にするため、8ミリでも撮っています。画は粗いけど、キャメラマンがしっかり撮っているからちゃんと映っている」

 石井監督自ら「あえてセオリーを無視して、カオス状態を作り出した」と語るように、映画はハイテンションなシーンの連続。しかし厳しい現場では、スタッフとの軋轢も生まれていたという。「何も考えず、とにかく限界を突破することだけに集中していた。スタッフに対しては、ひどいことをしているなと思っていました。怒って途中で帰った人もいたけど、その感覚の方が正常でしょうね」と石井監督。「たぶんみんなあきれ返って“死ね”って思っていたんじゃないですかね」と笑うが、そんな現場が生み出した疾走感やパワーこそ、本作が時代を超えて観る者を魅了し続けている理由なのだろう。


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