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“生ける伝説”N.W.A.のDJイェラ来日!イージー・Eはバディ的な存在だった…

“生ける伝説”N.W.A.のDJイェラ来日!イージー・Eはバディ的な存在だった…
レジェンドが来日!DJイェラ

 アイス・キューブやドクター・ドレーらが在籍した伝説のヒップホップグループN.W.A.の軌跡に迫る実録音楽映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』の大ヒットを記念し、N.W.A.のオリジナルメンバー、DJイェラが来日。29日に、都内で行われた舞台あいさつに登壇した。

 “リヴィングレジェンド”は大きな拍手で迎えられた。本作の感想をDJイェラは「忠実に描いてくれて気に入っている。メンバーの中でも、私はワイルドな方だったから」と語り、歓声に応えた。監修にも携わった彼は「私たちがどんな服を着て、どんな靴をはき、ステージはどんなだったか、細かく伝えたよ。ちなみに靴は(エア・)ジョーダン3だ」といたずらっぽい笑顔。

 N.W.A.は、1986年、アメリカ屈指の危険地域カリフォルニア州コンプトンで、イージー・E、MCレン、DJイェラ、アイス・キューブ、ドクター・ドレー、アラビアン・プリンスにより結成。社会の理不尽に音楽で対抗して熱狂的支持を集め、後のヒップホップシーンに多大な影響を与えた。警官の黒人への差別的暴力を歌った曲が反対運動を加速させ、社会現象にまで発展。FBIから目をつけられ「世界で最も危険なグループ」と言われた。

 「コンプトンは銃撃戦やケンカが絶えない、まさに戦場だった」とDJイェラ。「ブラザーたちと家族のように付き合い、スタジオで曲を作りツアーに出るのが何より楽しかった」と振り返り「お金なんか関係なく、私は女の子の方がずっと大事な“プレイヤ”(プレイボーイ)だった。1ツアー40公演に、40人の女の子がついてきたよ。本作を見たらわかるだろ」と豪快エピソードも披露。

 時代を作ったN.W.A.の音楽について「ドクター・ドレーと私がプロデューサー的役割で、ターンテーブルでDJするのは、私には初恋のようなものだった。ゲットーの現状をそのまま描こう、みんなの言えないことを言いたいように言う、N.W.A.はそういうスタイルだった」と説明。1995年に亡くなったイージー・Eとの関係を「たまたま最後まで付き合ったということ。でもバディ的な存在だったんだ」と懐かしんだ。お気に入りのシーンは「デトロイトで警官に追いかけられるシーン」とのこと。

 N.W.A.の成功と挫折、権力や偏見とのたたかい、仲間との別れなど波乱の軌跡を、関係者の証言を交えて描きだす本作。音楽伝記映画として、過去最高の全米興行収入を記録。メガホンを取ったF・ゲイリー・グレイ監督も、黒人監督史上最高の興収樹立となった。(取材/岸田智)

映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』は全国公開中


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