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『怪物』大切なことは沈黙のシーンにある 是枝監督が見た坂元脚本の魅力

映画『怪物』より。校長を演じるのは田中裕子
映画『怪物』より。校長を演じるのは田中裕子 - (C) 2023「怪物」製作委員会

 先ごろカンヌ国際映画祭で坂元裕二が脚本賞に輝いた『怪物』(公開中)。是枝裕和監督にとって、自身のものではない脚本で映画を撮るのはデビュー作『幻の光』(1995)以来となる。坂元と言えば、ドラマ「最高の離婚」「カルテット」などの会話劇に定評があるが、本作では「沈黙」のシーンこそ、最大の魅力だという(※一部ネタバレあり)。

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 物語の舞台は、大きな湖のある郊外の町。軸となるのは、小学5年生の湊(黒川想矢)と依里(柊木陽太)。ある時、湊が母親(安藤サクラ)に担任教師の保利(永山瑛太)から暴力を受けたと告白。事件の顛末が複数の視点で描かれるうちに、切ない真実が浮かび上がっていく。

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 かねてから雑誌やイベントで坂元と対談し、親交を深めていた是枝監督。「加害者遺族(家族)、ネグレクト、疑似家族。タイミングを変えながら同じモチーフを違う角度から光を当てているなという意識をもっていた」と言い、坂元作品の中でとりわけ注目していたタイトルとして、2011年にフジテレビ系木曜劇場枠(夜10時~)で放送された永山瑛太主演のドラマ「それでも、生きてゆく」を挙げる。妹を殺された被害者遺族の洋貴(永山)と、加害者の妹である双葉(満島ひかり)が15年後に出会う……というストーリーだ。

 「『DISTANCE/ディスタンス』はストレートに加害者遺族を描いた実験映画みたいなもので、よく劇場公開できたなと自分でも思いますけど、坂元さんは同じ題材をゴールデンタイムの連ドラにして、しかもラブストーリーに昇華させた。それでいて少しも甘くしていない。並大抵の腕力じゃないですよね。役者もプロデューサーも相当の覚悟を決めて取り組んだと思うし、あんな作品は20年に1本あるかないかだと僕は思います。そのくらい衝撃的でした。完全に脱帽っていう感じ」

 ところで、その「それでも、生きてゆく」や「最高の離婚」など度々坂元作品に出演してきた永山が、本作で初めて是枝作品に参加。キャスティングは是枝監督と坂元、プロデューサーの話し合いのもと決定した。

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 「実は、瑛太さんが演じた保利先生は最初のプロットの段階では輪郭がもう少しぼんやりとしていたんです。プロデューサーたちと何人か候補の名を出しながら、この人だったらどうかということを話していた時に、僕から瑛太さんを挙げさせてもらって。坂元さんはご自分で“この人がいい”とはおっしゃらないのですが、その時に“瑛太さんだとありがたいです。書けると思います”と。そこから2か月後くらいに上がってきた本には(永山が演じる前提の)ディテールが書き込まれていて、もう瑛太さんでしかありえないという感じでした」

~以下、ネタバレを含みます~

 是枝監督が最初のプロットを読んだのは2018年12月のこと。その時点で意欲を掻き立てられたという。「大まかなストーリーラインはもう出来上がっていて、いろいろな意味でチャレンジしている作品だなと感じました。なのでこれはやりがいがあるなとわくわくしました。複数構成もそうですし、子供たちが抱え込んでいる葛藤もどういう風に演じるのかというのは、きちんと専門家の方たちの話も聞きながらやらないといけないなと。その辺りの準備も含めて時間をかけなければいけないというふうに思いました」

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 本作には湊が劇中、度々口にする「生まれ変わる」や、田中裕子演じる校長の「誰かにしか手に入らないものは幸せって呼ばない。誰にでも手に入るものを幸せって言うの」など印象的なセリフが見られるが、是枝監督が注目したのはセリフではなかった。

 「音楽室でホルンとトロンボーンの音が鳴るシーンが3回繰り返されるのが大きなポイントで。人って、ここぞという時には黙るんですよね。だから屋上でその音を聴いた時の保利先生の表情、3回目のシーンでトロンボーンを吹いている湊の表情もそうですが、そこが一番雄弁にならなければいけないと考えていました。きっと、今回の坂元さんの台本はそこを目指していたんだと思う。言葉で語ることは嘘だったり、誤解だったり、人を傷つけるためだけに発せられるものだったりするんだけど、あそこでの沈黙だけが本当のことを語っている。人には言えない言葉や自分の本当の気持ちがあの音に含まれているという風に感じました」

 これまで是枝監督の撮影現場では撮影に応じて脚本を変更し、差し込み台本(修正箇所のプリント)がキャストに配られることがしばしばだった。しかし、本作ではほとんど差し込みを入れず、セリフや動きを微調整する場合も全て坂元の了承を得たうえで進められたという。(編集部・石井百合子)

カンヌで是枝監督『怪物』にスタンディングオベーション!第76回カンヌ国際映画祭レッドカーペット&上映会 » 動画の詳細
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